第21話 男たちの語らい
こうして、オーデクスはプラーシュと約束を交わし、三等級の狩猟依頼を受注してからギルドを去っていった。オーデクスが去った後、プラーシュは口元を歪めてマネージャーのデスクへと戻っていく。そんなプラーシュに、アーベイが恐る恐る声をかける。
「あの、マネージャー……その」
「謝る必要はありません。言葉だけならなんとでもできます。我々は冒険者を支えるのが仕事です。それを怠れば冒険者を危険にさらしてしまう。あなたがこれまで自堕落してきたことは咎めませんが、その適当な受け答えで冒険者を危険にさらすのなら、私も相応の指導をします」
決して目を向けずに、つらつらとアーベイに諭すプラーシュ。その言葉に思い当たる所はある様で、アーベイは何も返すことはできなかった。
「冒険者も受付も、基本は人であり対等です。思い上がった考えでその信頼を損ねないよう、次は……気を付けてください」
「はい……」
「次は」その一言は予想以上に重たかった。それは、次で改善できないのならそこから先は無いという意味の言葉である。アーベイもその意味は気が付いたようで、今までの態度から一変して、受付の席について、顔をキョロキョロとさせて、自分の前に来てくれる冒険者を待つことにした。
そんなアーベイを見遣って、自分のマネージャーデスクに着いたプラーシュは、オーデクスの探す冒険者の事を考えていた。プラーシュは気づいていた。それがクロス・リッパーであることに。何せ彼には、オーデクスが受けた依頼というのが悩みの種として根深く残っていたからだ。
「はぁ……」
深いため息と共に、自分が保管してあったオーデクスとスカーの狩猟依頼書を眺める。答えは明白だ。しかしそれをあの場で告げるというのは受付のマネージャーとして許せない。規則は規則であり、三等級の若い冒険者を例外によって危険にさらす事は出来ないからである。そしてプラーシュは、この事を胸に秘めて、オーデクスへの紹介はもう少し伸ばしておこうと考えて、マネージャーとしての仕事に戻っていった。
「よう、悩みっぱなしの団長さんよ」
様々な考えが巡った夜、ギルドの団長室には普段なら、顔を見せる事もないジーンがやってきていた。
「ジーンか」
「そんなしかめっ面ばかりしてねえで、いっぱいやったらどうだ?」
「それならお前の相棒に言っておいてくれ。まっとうに生きろってな」
「おいおい、そりゃ育ての親のあんたこそ言うべきだろう?」
二人して、スカーの責任の押し付け合いから話を始める。それぞれがスカーと深くかかわっている事を確認するのは、この二人にとっての合言葉の様なものになっていた。そしてジーンは、懐に持っていたビンを一本、カゴ団長に放り投げる。
「ほれ、クラフトビアーだ。これでも飲んで、嫌な事一つぐらいは忘れようぜ?」
「一つ忘れた程度じゃ焼け石に水だ。まぁ、ありがたくいただこう」
カゴもそれを受け取り、ナイフを使って栓を開ける、プシュッ!という炭酸の弾ける音がして、麦酒が醸し出す芳醇な香りとアルコールの匂いが鼻をもてあそぶ。二人してそれを掲げ、その液体を一気に流し込む。
「いやぁ、この苦味が最高だねぇ、そうは思わないかい? 団長さんよ」
「そうだな。この味わいをゆっくり感じられる程余裕があればよかったんだが」
カゴ団長の煮え切らない言葉に「へへっ」と笑って返すジーン。そして、まだ半分残っているビアーのビンをもって、エリュ・トリが見渡せる団長室の窓辺までやってくる。
「……この頃よ、なんか賑わいが激しくなったよな」
「確かに、冒険者の新人も増えてきて、随分と活気が出てきたよ」
「それもあるけどよ」
ジーンは、カゴ団長の感慨とは別に、エリュ・トリの妙な違和感を言葉にしていく。
「なんかよ、最近夜の人の数が多い気がしねえか?」
「それは石炉亭とか酒屋とかの人間が……という事か?」
「あぁ、今俺達五人は分身の調査のためにそれぞれで頑張ってるんだが、スカーが五日間拘留されてた時あっただろ? あの時から夜の街の様子がおかしいなって思ってたんだよ。なんというか、異常に人が多い気がしてな」
ジーンの考えに、カゴ団長はその言葉の意図をくみ取る。
「それは、分身が関係してるとでもいうつもりか?」
「人に対して分身が現れたりしたんだろ? ならその筋もありうるんじゃないかと思うんだがな?」
沈黙。
カゴはジーンの発見から始まり、ギルドで対策を講じてきた。つまり分身騒動に対する初動は全てジーンからである。そんな彼がそのような推測を述べると、カゴはその推測の続きを聞かざるを得なくなってしまう。
「確かに、無関係と結論付けるのは難しいだろう」
「だろ? もしかしたら、俺達が気付いてないだけで、もう人の分身ってやつは案外近くにいるんじゃねえかって思ったわけだ。そんで、もう一つ気になってることがあるんだよ。これはもう趣味みたいなもんだけどな?」
「なんだ藪から棒に」
カゴがジーンの話に肯定を返そうとしたとき、ジーンはさらに違う気づきの話をし始める。
「俺は、暇なときスィンツーとの国境線付近で青のストロースモークを吸うのが趣味なんだけどな、あのあたりって光源が殆どねえんだよな、それで、夜空を見てその明るさで周りを見るんだけどな、どうにも最近空がきれいすぎると思ってるんだよなぁ?」
「おいおい、クラフトビアーひとつで酔っぱらってちゃ世話が無いぞ」
ジーンがつらつらと推測を並べる中、カゴは顔をしかめてジーンを見る。だがそこにあったジーンの表情は、遠くを見通す、きわめて澄んだ表情をしていた。
「星空ってあるだろ? あれって時々見てると面白いんだぜ。暇なときにちょくちょく眺めてると、同じ形の星の並びが見えてくるんだよ。でもよ、この頃その並びってのが歪でな。なんつーか、夜が明るすぎるんだよな」
「夜が明るすぎる……」
ジーンの意味深なセリフに、カゴは窓の外を眺める。雲の無い夜空。星もよく見えるその景色を見たカゴは、複雑な気持ちを感じていた。
「危険にさらされれば、そこから後に残るものはない。お前がやりたいようにやってくれ」
「はいよ、エリュ・トリの団長様」
心強い返事を聞いたジーンは、ビンを揺らしながら、足元を揺らして団長室を去っていた。そしてカゴは、貰ったクラフトビアーの最後の一口を飲み干して、これから先に起こるかもしれない事態へ覚悟を決めた。




