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第18話 異質

 鹿の生態観測から六時間、エリオとシルヴィは二頭一組で活動する鹿を、木々を移動しながら追いかけていた。二人にとっては調査や警戒で六時間待つという事はざらであり、樹上移動という事もあって先ほどまでのシルヴィの疲労もかなりマシになっていた。


「もうすぐ夜ね。今の所大した動きはないけれど」

「やはり、それほど危険な生態がないのか、あるいはまだそこまで至ってないのか」


 観測している二人の事に気付かず、ただひたすらに林を駆け回る二頭の鹿。夜が来るという時間になってもその様子であることから、二人はここで調査を切り上げようと考える。


「とりあえず、今日の所は変化なしという事で、そろそろ暗くなるわけだし、一旦出ましょうか?」

「そう、だな…」


 エリオは、どこか引っかかりを感じながらも、シルヴィに賛成して、木々を渡って狩猟区の出口を目指すことにした。しかしそのまま背を向けているのも気になったので、エリオは木々を移動しつつ、時々ちらちらと鹿がいた方を見て、それが完全に見えなくなるまで同じように振り返っていた。


 すると。




……パンッ!




「っ!」


 かすかな、本当にかすかな、何かが弾けるような音。そして目の端で少しだけ知覚出来た光。エリオは、完全に見えなくなる寸前の所で何かを掴んだ。


「シルヴィ!」

「うえっ!? な、なに!?」


 数メートル前方に向かっていたシルヴィにエリオが声をかけると、シルヴィは枝に乗り損ねて、幹を掴んで片足で幹に立つ体勢で振り返った。


「何かが光った、鹿がいた方だ」

「あっ、うん!」


 エリオは一言で説明を済ませると、来た道を再び戻る。シルヴィもそのエリオの言葉を聞いて駆け出して、鹿が最後にいた場所まで戻っていく。




「こ、これは……!?」


 一足先に近くまでやってきたエリオは、その場所の光景に言葉を失った。


「ギィィィィッッッ!!!」


 荒々しい鳴き声を上げる火原鹿、既に角が熱を帯びて赤く光っている。さらに異様なのは、先ほどまで大人しく佇んでいた2頭の鹿が、両方ともそんな警戒態勢をとっている事だ。もう片方の火原鹿もまた、角を赤熱に染めて、お互いにその角を振り回して死闘を繰り広げている。


「これって……本物と偽物が、争ってるの!?」

「そのようだ。しかし、なぜ急に……?」


 気の上からその争いの様子を観察して、その顛末を見守る二人、地上にいる鹿たちはそんな観戦者などお構いなしに相手に向けて角を突き立てる。相手の隙を突いて角が身体に当たれば悲痛な叫びが響き、角同士がぶつかれば火花が散る。そんな決死の戦いが繰り広げられ、二人が観測を始めてから五分ほど経った時に、その勝敗は決した。


 片方の鹿の角から、光が薄れ、頭を垂れる。そしてもう片方が隙を突いて胸元まで一気に角を差し込んだ。


 「ギィッッ! ギィッッ!」という悲鳴のような鳴き声が響いて、熱を帯びた角に持ち上げられる形となり、その熱にもだえ苦しんでいると、やがて体力すらなくなって、前足の力がなくなり、身体の支えは失われ、そして遂に土の上に倒れ伏した。


「勝負あったな」

「これはさすがに、残酷な……あっ、エリオ見て!」


 勝敗が決し、ここまで赤熱の角を保っていた方の鹿は、死にゆくもう片方の命が途絶えると、フッと角の色が解けて、そのままガタガタと四つ足を震わせてから、倒れた鹿のすぐそばで瞬く間に横になり、そして心臓の拍動を止めて死体となった。


「両方とも……死んだ?」

「エリオ、行きましょう!」


 すぐさま二人は、死んだ二頭の鹿の近くによって、その状態を確かめる。エリオは、先に死んだ方の鹿の状態を確認して、その無惨な傷跡を観察していく。


「さっきの争いで、相当傷を受けていたんだな。熱傷が多い」


 一方で、後から死んだ鹿を観察していたシルヴィは、その様子に首を傾げた。


「こちらは……不思議ね、熱傷なんてない、殆どダメージを受けてないみたいに見えるわよ」


 エリオも観察する。確かに毛皮は綺麗で、まだ熱を帯びている角も損傷らしい損傷は全くない。かなりの乱戦だったにもかかわらず、そのダメージはかなり差が出来ているのだ。


「……シルヴィ、このダメージを受けていない鹿を切り開いてみよう」

「切り開くって……まさか!」


 エリオの提案にシルヴィはハッとする。そしてすぐにナイフを使って、後から死んだ鹿に切れ込みを入れて中を開く。




「……やはりか」




 切り開かれた鹿の中からは、何も出てくることはなく、その奥には、夜を蓄えたような星空の空洞が満ちていた。そして、報告にあった他の分身と同じように、傷口が解けるように消え、身体は綿あめのように溶けて行き、その後には何も残らず、傷だらけの一頭の鹿だけが残された。


「どういうこと……これって、偽物が本物を殺しに行ったって事よね?」

「あぁ、そうなるな」


 二人は、今起きたことについて何かを考えようとするも、すぐには答えがまとまらなかった。だが、この光景そのものは現実である以上、それを整理するためにまずは狩猟区を出る事にした。樹上を飛び移り、狩猟区からエリュ・トリの町へ戻る道すがら、二人は今見た光景の考察をする。


「エリオ、あまり考えたくないけれど、あの状況ってやっぱり、偽物が突然本物に襲い掛かって殺した、って事なのよね……?」

「そう考えるのが妥当だろう。さっきの異様な死に様も、それで説明がつく」

「でも、本物が偽物を警戒して攻撃するならまだしも、偽物が本物に攻撃するのは不自然じゃない?そうなれば自分も死ぬのに」

「偽物はそもそも自分が死ぬ自覚がないという可能性もある。星空の空洞が偽物の意識の表れだとしたら、そもそも生物としての思考をしていないのかもしれない」


 エリオの言葉に、シルヴィは少し考えて半分冗談のつもりである推測を口にした。


「そんな……それじゃあまるで、分身の目的が最初から本物を……」


 そこまで言って、シルヴィはエリオの目がそれを肯定するような鈍い輝きを放っているのを感じて、それ以上言葉にできなかった。そしてエリュ・トリに戻り、他の仲間とその推測を語り合うまで、これ以上の推論はするまいと思い、狩猟区を後にした。

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