第17話 星の手がかり、森の足掛かり
「せんせい……じゅつ? とは、何なんですの?」
「占星術は、夜空の星の動きや、その人間の生まれ・顔・体の様々な情報などの要素から、その人間の人生を予想する学問のようだ。この世界樹の都では聞き馴染みのない学問だな」
ナートリーの説明を聞いても、その意味する所を掴めないと言った悩まし気な顔をするレギーナ。タロキアム以外の国には占星術という文化がない事で、その実態をイメージできないのだ。
「占星術の何たるかはとりあえず置いておきますわ……つまりわたくしが子どもの頃にならった星にまつわる国というのは……?」
「他にそう言った特徴を持つ国はないから、十中八九このタロキアムだろう。だが、仮にそうだとしても疑問は残るな」
ナートリーは、テーブルに置かれた本それぞれの、栞が挟まれたページを開いてテーブルに並べる。
「先に言った通り、国ごとの行き来は難しく、そしてタロキアムはスィンツーのさらに向こうだ。スィンツーを通ってエリュ・トリまで来るというのがまず非常に難しい。それに、今回の出来事がタロキアムと関わるかどうかも分からない。星という関係性があるだけだからな」
「そう、ですわね……」
ナートリーからの推測に、せっかくつかみかけたヒントが逃げていくような感覚を覚えるレギーナ。そんな娘の顔を見て、ナートリーは更に話を続ける。
「ただ、星が他の国では重視されない事も事実。今はまだ予想の息を出ないが、今度はお前がこれらの本を読んでタロキアムについて学ぶといい」
「お父様……分かりましたわ」
ナートリーの言葉で、レギーナは自分なりにヒントをつかむ決心がついた。そして、ナートリーが開いていた本全てを借りて、ここからレギーナはそれらの本をくまなく読み、タロキアムの姿と、今回の事件との関りを探す準備を整えた。
レギーナがヴェスパー家に向かった次の日、シルヴィとエリオは冒険者ギルドで、分身を有する鹿の調査と狩猟の依頼を受けていた。分身の更なる生態を探すため、二人は一等級用の狩猟区にやってきて、鹿の痕跡を辿りながら分身を探していた。
「今日の報告もかなり増えていたな」
「そうね。だんだん分身の数が増えていってる。いやな予感しかしないわね」
草木が土を覆う林の中で、平坦な道を選びつつ狩猟区の境界まで歩いていく二人、倒木や露出した岩の苔などに、僅かな足跡がある事を読み取りつつ、湿った空気が漂う中を進んでいく。そんな時、エリオはふとシルヴィの足取りが重い事に気が付く。
「シルヴィ、疲れていないか?」
「どうしたのよ突然」
エリオからの急な労いに、シルヴィが後ろを向く。エリオが目を細めて彼女の様子を見ると、僅かに肩で息をして、どこか苦しそうな表情を浮かべている。
「シルヴィ……やはり疲れているのか?」
「いやぁ……そう言う訳じゃないんだけれど……」
煮え切らない彼女の返事に、エリオはグイと近づき、すぐにシルヴィの額を手で触れる。わずかに体温が上がっているようにも見えるが、疲労や体調の変化という感じではない。そして目の前まで近寄られたシルヴィは、少し恥ずかし気にエリオを押しのけた。
「ちょっ……!?」
「少し熱があるか? しかし体調が悪いようにも見えないが……」
「もうっ! そんなに心配しなくても大丈夫よ! ただ……最近樹上移動が多かったから、こういう地面を足で歩くと必要以上に体力を使っちゃって……」
「あー」
シルヴィは、調査や警戒のために高い位置を移動する事が多く、その為地上で歩いて道を進むという習慣がイマイチ薄い。
「別に、そんなに疲れてるわけじゃないし、いざとなったら疲労軽減の薬や食料は持ってる……だから気にしないで」
「まぁ、そう言うのなら、了解した」
思わぬ体の鈍りをエリオに見抜かれたシルヴィは、さっきまでとは違う意味で頬を染める事となり、少しの間エリオを見る事が出来なかった。だがそんな閑話もつかの間、シルヴィは真新しい火原鹿の痕跡……倒木に残る焼けたような足跡と、かすかな泣き声を掴んだ。
「エリオ、どうやら近くにいるみたい。樹上から追わない?」
「わかった」
そう言うと、エリオとシルヴィは周囲の針葉樹の幹を蹴って、身体を支えられそうな横枝まで登って行った。
「……ほら、あそこ!」
見下ろして、僅かに聞いた鹿の鳴き声の方へ木々を移っていくと、シルヴィが目的の獲物を発見した。
二人が近づいた獲物……それはまさに、二頭の鹿が争わずに共存している様子だった。シルヴィとエリオは樹上からその様子を観察して、やはり二頭の鹿がほぼ同一の姿をしていると判断する。
「あれが、例の……」
「そのようだな、どうする?」
エリオの質問に、シルヴィは冷静に周囲を見渡す。見たところ、周囲には鹿の脅威になりそうな動物などはおらず、様子見を急ぐ必要はないと思われた。
「まずは観察しましょう。殺した時の結果はもう予想がつくわけだし、何か変な動きが見られるまでゆっくり見ていく方がいいと思うわ」
「わかった」
そう決定した二人は、昼下がりの樹の上で二頭の鹿の生態を観察する準備をする。それぞれがポーチからこういう時用の固形食を取り出して、それを水で流し込む。しっとりとしたクッキーのようなそれは、砂糖と塩の塊とも称される携行食で、シルヴィは何ともない顔で食べているが、エリオはその甘じょっぱさに口元を歪めた。
「慣れないな。このブロック食は」
「そう? 絶妙なしょっぱさと甘さでちょうどいいと思うんだけど」
「甘さとしょっぱさが交互に来るのならまだしも、砂糖と塩を同時に食べて旨いと思う事はないだろう」
「……もしかして、私、味音痴なの?」




