第16話 占星都市
「だが、家に帰ったからには、まず休むことだ。無理をしても良いことはないだろう」
「わかっていますわ。まずは休息、それから仕事。お父様がいつも聞かせてくれた仕事の矜持ですものね」
そんな事を言って、他では見せない少し幼さの残る笑顔を見せてから、レギーナは歩き慣れた邸内を巡って、荷物とともに自分の部屋にやって来た。
「はぁ」
自分の部屋に着いたレギーナは、まず一つ溜息を着いた。見上げるほどの天井、白を基調とした部屋の内装、大きな窓にはそれを覆うことの出来るシルクのカーテン、大理石を磨いて作られるテーブルにビロード張りの渋い色調の椅子、そして天蓋付きのベッド。先日スミスクラウン邸で似たような寝室を利用した事もあったが、いずれにせよ今のレギーナには、それらは上質すぎる代物だった。
「……日に日に、自分の部屋の居心地が悪くなりますわね」
冒険者としての仮宿で過ごす日々、こんな華美な部屋とは比べ物にならないその場所が、レギーナにとっては不思議なほど居心地の良いものになっていた。そんな憧憬にふけるのもほどほどに、すぐに自室のドアをコンコンコン…とノックする音が聞こえた。
「入っても大丈夫ですわよ」
レギーナの呼びかけでドアが開き、白のドレスがレギーナの目に留まった。
「部屋の中はレギーナが出てから変えてなかったの。何か必要なものがあれば教えてちょうだいね」
「もう、お母さまってば次女を甘やかしすぎですわ。それに……」
レギーナが母親の心配性を嗜めようとしたとき、マグニシアは穏やかながらも少しの不安を混ぜたような表情でレギーナの近くに寄る。そして、レギーナの青のワンピースの上から、彼女の腹部に手を寄せる。
「ひゃっ!?」
「……」
マグニシアが手を添えた場所、それはスミスクラウン事件で謎の剣士に切り付けられた腹部の傷のある場所だった。マグニシアはその場所をさするなり、表情を歪めた。
「……私には、そう言う隠し事はしないでちょうだい。そう言う事はすぐに分かるんですから」
「お母様……」
マグニシアがそれを知ったのは、水エナジーを作用させる治療術の一つ。身体にエナジーを反応させて、傷やけがを見極めるという性質が、レギーナの傷を見抜いたのだ。そして、同じ目線の高さで悲し気な表情を浮かべるマグニシアに、レギーナはそっと抱き着いて、少しの弱音を吐露した。
「……やっぱり、わたくしはまだまだ子どものままですわね。戦うのは怖いし、斬られれば痛い。それを思い出せば、足がすくむこともある」
「それは子どもだからではありません。誰しもが正しく恐れるべきものです。それに、私たちがいますから、まだまだあなたは子どもでいいんですよ」
愛娘の素直な感想を聞いた母親は、レギーナと同じ力で優しく彼女の身体を抱きしめる。マグニシアの手には、レギーナがこれまで経験してきた多くの傷が伝わり、それらを越えてなお、自分の生きたい道を進んでいる強い心を持っているという彼女の生き方を教えてくれた。
「さて、ここからはお勉強の時間だな」
自宅という事で、気兼ねせずに部屋を使い、久しぶりに食べた料理人の味を楽しんで、あっという間に夜が来る。食事のあと、身体の汚れを落としたレギーナのもとにナートリーがやってきて、今回の目的であるヴェスパー家の地政学を教える準備が出来たことを伝えた。
レギーナはすぐにナートリーに着いていき、彼の書斎へとやってきた。広大な邸宅にあって、人が二人向き合って入れる程度の小さな空間。壁という壁には多段ラックの本棚が並べられており、ナートリーのデスクの上には、十冊以上の本が積まれている。
「相変わらず、本に溢れて狭い部屋ですわね」
「まぁまぁ、レギーナにもそのうち、このロマンが分かるようになるさ……まぁ、それはさておき」
一瞬、童心に帰ったかのように話すナートリーだったが、咳ばらいを一つして今回のレギーナの帰省目的に立ち返る。
「現在エリュ・トリで起きている事については俺も聞いている。協力ができる事があればヴェスパー家としても支援は惜しまない。それで、お前は家で学んでいた頃の地政学の話を聞きたいと言っていたな?」
「はい。現在、狩猟区の動物たちの分身が多発しており、その分身を刈り取ると、中身が星空の模様の空洞になっており、その遺体は消えてしまいます。そこで、星にまつわるこの世界の国の事を思い出したので、その記憶の確認を……と思いまして」
レギーナからの質問に、ナートリーは少し満足げにうなずいてから一つの本を開いた。
「お前の言う通り、星に関係ある国は確かにある。この世界には六つの超大な国が存在しているんだが、それぞれの国は行き来が厳しく制限されている。その為他国の情報を得るのは非常に難易度が高い。だが六つの国の大まかな概要は知ることが出来る」
「やはり、わたくしの記憶は正しかったのですね」
レギーナの記憶のすり合わせに、ナートリーは話を続けた。
「そうだな。それで、レギーナが探している国だが、おそらく占星都市【タロキアム】ではないかと予想する。この国はスィンツーを挟んで向こう側にあり、スィンツーと国境を共有している」
「タロキアム……」
自分の記憶と父親の説明が一致して、レギーナはこの話に一層の興味を持つ。そんな娘の表情を見て、ナートリーも気を引き締めて説明を続けた。
「このタロキアムについて、夕飯までにいくつかの本から調べておいたんだが……まあわかっている所から話していこう」
「ええ、そうですわね」
――占星都市タロキアム
十数個の都に分かれた国で、占星都市の名の通り、国の基盤が占星術によって支えられている。主だった三つの都市には占星術師の為の学び舎が存在し、占星術を学ぶことで国を担う人間を育成している。――




