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第15話 星の国を知るために

 スカーの証言から、一同の表情は神妙なものになる。これが単なる分身であるなら問題ないが、何らかの被害や起きてからでは遅い。そしてこのエリュ・トリと言う場所をして、警戒せざるを得ないのが、


「もしも、これがスィンツーの謀略なら、手をこまねいていられないわね」

「そうだな。この三年で何かを準備していたとしても驚かないだろう」


 そんな意見に、スカーは目を細めた。


 スミスクラウン事件。その背後に暗躍していたスィンツーの諜報員。スカーだけがその黒幕に近づけたが、結果としてその諜報員を捕まえる事は出来なかった。今回も同じようにスィンツーが絡んでいるのなら、スカーにとっては看過できない問題である。


 そして、議論の行き詰まりを感じたレギーナは、コホンと一つ咳をして話題を切り替える。


「机上の空論ばかりをしていても解決しませんわ。ここはそれぞれが個別に情報を集めることに致しましょう。それで、わたくしからお願いがあります」


 全員の視線がレギーナに向き、彼女はひとつ咳払いをして事の続きを話し始める。


「これまでの共通項だった星空の空洞……それに、わたくしはかすかな心当たりがあります。まだ我が家で様々な勉強を受けていた頃、この世界に星と関係のある国があると習ったことがありまして」


 小さい頃の記憶を池から掬って話しているようなレギーナの口調。確証のない、おぼろげな記憶を頼りに話す彼女は、そこから自分の役割を決めた。


「ですので、わたくしは明日から一週間ほどヴェスパー家に戻りたいと思います。もしかしたら、父上や母上の持つ資料の中に、それらに関わる資料があるかもしれませんので」


 そう言ってレギーナが自分の役割を決めると、今度はスカーが名乗り出る。


「それなら、あたしは人間の分身ってやつを追いかけてみるわね。団長に言われてるわけだし、もしも人に危害が及ぶならあたしみたいな冒険者の方が……」

「ちょっと待ちな」


 スカーが意気揚々と立候補したその次に、ポン……とスカーの右肩に手を置いて疑いの眼差しを送るジーン。「こっち見て話そうや?」でも言うようなジーンの目線に、スカーは何も見ていないにも関わらず絶対に視線を向けない。


「大義名分はごもっともだが、お前それ以外にも理由あるだろ、あぁ?」

「いやー……あたしは、そのー……団長が悩んでるからね? えー……市民の手助けを、あー……そう! 分身も増えるかもしれないから早いうちに剥い…撃退しておかないと!」


 しどろもどろのスカーの言い分を一切聞かず、ジーンはレギーナに立候補する事を伝える。


「レギーナ、俺もこいつと人間の調査をするぜ。スカーの動向はさておき、俺たちなら何かあっても対処ができるからな」

「えぇ、ジーンがいるのなら心強いですわ。『何があっても』ジーンが付いていますものね、スカー?」

「ぐぬぬ…」


 「何かあっても」を強調したレギーナの言い分と、未だに肩に手を置いているジーンの圧に、スカーは同行を許す他なかった。


「それじゃあ私たちは、継続した動物の調査をしましょう。二人とも、まだその分身と出会ったことがないのよね」

「あぁ、日増しに依頼が増えるのであれば、その間に変化が起きる可能性もある。それの監視をしよう」


 シルヴィとエリオの候補は動物の継続調査だ。事件の根源を洗い出し、ヒントを得るためには必要な仕事となる。


「エリオ? たまにはジーンと代わってあたしと同行し」

「断る」「断るぜ」


 エリオが動物調査に乗り出すのを見て、スカーはすかさず人員の交代を提案するが、その提案は2秒と経たずにエリオとジーンの二人から断られ、今回の調査のメンバーは決まった。


「それでは、わたくしは実家に帰る準備に戻りますわ。事前に伝書もお送りしなければ」


「そう言うことで決まりだスカー、とりあえず晩飯にでもしようぜ」

「そうね。明日もまた代わり映えのしない巡回の時間かぁ…」

「明らかにテンション下げるなよ」


「夜も遅いから、明日の八時で依頼受けとく?」

「そうだな、間引き依頼なら調査の幅も広い。狩猟区の全域を回っておきたい」

「さすがに、スミスクラウン商会一つ分の範囲は回りきれないかなぁ……」


 こうして、五人の一等級冒険者は次の日からの動きに備えて、各々の準備を始めた。レギーナは伝聞鳥を飛ばして帰省する旨を伝え、シルヴィとエリオはそれぞれの家で長丁場の狩猟に備えた装備の調整を。そしてスカーとジーンは夜の屋台市で夕飯を物色した。不可解な現象である分身の謎は、それぞれの冒険者達の新たな調査にその行く末が委ねられる事となった。


 朝、山間のならされた道を馬車で行き、レギーナはゴトゴトと揺れる馬車に乗って、里帰りの道を進んでいた。冒険者の時の軽装とは違う、令嬢らしい青色のワンピース姿でゆられる彼女に、御者が穏やかな声で話しかけた。


「もうすぐヴェスパー家の敷地ですよ」

「ありがとうございます。お手数をおかけしましたわ」


 御者の言葉で、レギーナはその山麓の向こうを見つめる。北部にそびえる細く鋭い山々。その多くが手つかずのままで、ここに潜む岩塩資源の埋蔵量は未だ未知数である。そんな連山の麓に、宮殿のような壮麗な邸宅が建てられている。その場所こそが、レギーナの本家であるヴェスパー邸だ。


「着きましたよ」

「助かりましたわ。4300ミネルでしたわね」

「ありがとうございます。また必要なら寄ってくださいね」


 御者はそう言って馬を操り、来た道をくるりと引き返して、山を降りていった。


「さて……伝聞鳥が届いていれば、おそらく……」


 山々に囲まれた雄大な自然の空気を吸い込み、気持ちを引き締めて門の前に向かう。レギーナが門の前で立つと、ガチャンと重々しい音がして、門は邸宅の方へと開いていく。格子のような門の向こう、レギーナの前には、燕尾服に身を包んだ老人が一人、彼女を待ち構えていた。そしてレギーナは一目見て、ニヤリと笑ってみせる。


「……どうやら伝聞鳥は届いてたみたいですわね、バナジー」

「おかえりなさいませレギーナお嬢様。おっしゃる通り、言伝はうかがっております。さぁさ、どうぞ中へ」


 レギーナにとって馴染みのある、ヴェスパー家付きの執事バナジーは、彼女を見て少しの笑顔を見せ、そのまま邸宅へと案内をする。十数メートルの道のりで、レギーナはバナジーと今日までの冒険者生活の会話をかわす。


「帰ってくるのも、数カ月ぶりですわね」

「そうですな。先日はスミスクラウンとの交流もございましたね。その節はお疲れさまでございました」

「とは言っても、扱いはほぼ冒険者でしたけど。まぁ望んでそうなったのでむしろ喜ばしいことですわ」

「レギーナお嬢様が冒険の道を貫いておられる事、このバナ爺としてはさみしくも有り、嬉しくもあります」


 そんな短い会話をして、白の扉の玄関から中へと帰っていく。先日のスミスクラウンの時と同ような壮麗な家の中を見つつ、レギーナはそのすぐ奥にいた夫婦に目を遣った。


「お父様! お母様!」


 金糸の細工が施された灰色の礼服に身を包んだ男性と、落ち着きある白を基調としたドレスで迎える女性の二人。それこそが、レギーナの両親であり現在のヴェスパー家の当主とその妻である。


「奥様、そして旦那様。レギーナ様が無事戻られました」

「ようやく顔を見せに来たな。姉が恨んでいたぞ?」

「おかえりなさいレギーナ。元気そうで何よりです」


 落ち着きの中に品格を備える母『マグニシア・コルセット・ヴェスパー』はレギーナの近くまで来て、その頬を手で優しく撫でる。


「あら、少し痩せたかしら? あまり食べてないのではなくて?」

「もう、お母様は心配しすぎです。わたくしもそろそろ二十歳になるのですから、自分の事は自分でしますわよ」


 そして当主たる堂々とした姿でレギーナに向かう父『ナートリー・ヴェスパー』が彼女の頭を優しく撫でる。


「まあまあ、いつまで経っても、子どもっていうのは私たちの子どもだ。家に帰ったときぐらい、親娘として接することだな」

「分かりましたわ。それでお父様、伝書でお伝えした件は……」

「あぁ、把握してる。また後で話してやろう。バナジー、レギーナを部屋へ、それと久しぶりのレギーナの帰省だ。料理人に食事は腕を振るうよう伝えてくれ」

「承知いたしました」


 当主、ナートリーの指示のもと、老翁の執事はその見た目によらないハキハキとした動きで、仕事へと向かっていった。

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