第13話 立ちはだかる現実
「受付の姉ちゃん! オレ鹿を狩ってきたぜ!」
夜も近くなったころ、ようやくスカーとオーデクスは冒険者ギルドロビーにたどり着いた。町中は夜を楽しもうという時に、突然一頭の鹿をまるまる寄越された受付は、喜んでいいやら焦っていいやら反応に困ったような顔でオーデクスの戦果を眺めていた。
「という事なので、あたしの評価ってことでいいから惜しみなく査定してあげてちょうだい」
その一方で、スカーは受付にそんなことを説明して、自分の受注した依頼とその報告書を手渡した。受付はスカーの言葉に一旦顔を引き締めて、オーデクスが狩った自慢の成果をチェックし始めた。だがそのチェックも15分程度で終わり、オーデクスとスカーには、受付からの忌憚ない評価が寄せられる事となった。
「えー、今回の火原鹿の間引き依頼ですが……まず、基礎評価として頭数については達成です。続いて品質評価ですが…残念ながらこれは最低評価になります」
「えっ!?」
受付の下した評価を聞いて、何より驚いたのはオーデクスだった。
「まず第一に、そもそもこれは解体がされていません。未解体での捕獲ではないのでその時点で評価は著しく下がるのですが、それ以上に毛皮への傷、汚れの付着、そして首が切断されている事による毛皮の不備、また角の回収も行われていません。更に、解体が行われていないという事は同時に血抜き処理もされておらず、肉としての評価も非常に悪い事が予想されます。幸いなのは頭数の制約と期限が守られたという事だけで、今回の依頼の達成という意味では、本来の報酬から40パーセントを減額せざるを得ません」
狩るべき対象の数は正しい、狩猟に必要な期限についても問題はない。ただし、スカーと受付が話していた狩猟評価は最低どころかゼロという事になり、本来受けるべきだった報酬が大きく損なわれる事となった。
「とりあえず依頼については完了です、オーデクスくんもお疲れさまで」
「納得できねえよっ!!」
夕方の穏やかな冒険者ギルドロビーに、オーデクスの怒声が響いた。
「鹿を狩って終わりじゃないのかよ、そんな評価なんてもの初めて聞いたぞ。今までそんなこと言った事ないじゃねえかっ! なんでこんなに苦労したのにそんなに言われなきゃいけないんだよっ!」
「オーデクスくん、これは……」
受付の人が説明を挟む間もなく、オーデクスの怒りの矛先は相棒として戦ったスカーに向けられた。
「お前もだ! 知った風な事言ってたくせに! なんでそんな肝心な事を知らないんだよ! お前が知ってたらこんな悪い評価にならなかったのに! そんなんだからいつまでも上がれないんだよっ! ちょっと役に立ったぐらいでいい気になるなっ!」
「……」
スカー・トレット・フレスベルグに文句を言う経験は、この場にいる他の誰にもできない。スカーが素性を隠していた事を踏まえても、ここまで露わに責任を転嫁する人間は珍しい。そう言う感情が、周囲の全冒険者の中にあった。そして、ロビーの騒がしさを聞きつけたカゴ団長が、重苦しいブーツの音と共にオーデクスの前に現れた。
「そりゃ他人に責任をなすり付け過ぎだオーデクス」
「だ、団長……」
さすがにギルドを代表するカゴ団長についてはよく知っており、カゴがオーデクスの頭を掴んでワシワシと撫でてやると、オーデクスもそれにはさすがに文句をつける事は出来なかった。
「お前は事あるごとに人の話は聞かなかったから知らないだけで、エリュ・トリの冒険者にとって狩りは冒険の根源だ。狩猟における様々な知識は冒険者が身につけるべき知識だ。お前がそれを怠り、お前が失敗したんだ。誰かと組んでいても、最初に責めるべきは他人じゃねえ、自分だ」
「そ、それは……」
団長の言葉に、周囲の人間の反応は分岐した。言い聞かされていて尚、その初心を忘れていたベテラン、三等級らしく成果を上げていたが、オーデクスの現状を見て顔が引き締まった新人、そして団長の信念のもと、着実に仕事を上げていた一等級冒険者たち。全員に言い渡されていた冒険者と狩猟の矜持を、オーデクスは今まさに身につまされているのだ。
「お前が頑張った事はママにでも褒めてもらえ。だがここは仕事をしに来ている冒険者ギルドだ。入った以上はそれを忘れるな、いいか?」
「……っ!」
オーデクスは、カゴの言葉に舌打ちをして、報酬としてテーブルに置かれていたミネルを乱暴に掴む、そして近くの冒険者たちを手で押しのけて「どけっ!」と言いながらギルドを出ていった。
「……スカー。お前こうするためにあいつの同行を許可させたのか?」
「半分はね。あたしに割り込んで依頼を持ってきて、大口をたたいて回るものだからその活躍と行く末を見たくなったのよ」
「そのために自分の狩猟評価を天秤にかけたのか?」
「ああいう子には、えてして大きなきっかけが必要だからね。レギーナのような経験をさせるなんて、今のご時世では無理でしょ?」
影も見えなくなったオーデクスの心配をしながら、育ての親と娘のような二人は、複雑な気持ちでこの依頼の終わりを眺めていた。
「あの、それでスカーさん。狩猟評価はともかく、もう一つの方は……」
「ああ、そうだったわね。ちょうど団長も居るし聞いてちょうだい」
受付の言葉で気分のスイッチを変えたスカーは、オーデクスとの狩りで得た情報を提供する。全く同一の個体、動きの差、死んだ後の経過、そして霧散した遺体。カゴたちギルド側がスカーの情報とこれまでの情報を掛け合わせていく。そして一通り性差が終わったカゴがスカーに礼と報告を返した。
「とりあえず、報告については礼を言おう。これまでの目撃情報と照らし合わせてみたんだが、お前の件もやはり他の件と同じと見ていいだろう。ジーンの目撃からやってきた報告と同じ特徴が表れている。やはり何らかの異変が起きていると考えた方がいい」
「わかったわ、それならあたしもこの調査をちょこちょこやっていくって事でいいかしら?」
「あぁ、それなんだが……」
情報交換を終えて、スカーが仕事に戻ろうとしたとき、カゴは先ほどよりも困ったような顔をしてスカーを呼び止めた。
「何よ団長?」
気まずそうに呼び止められたスカーは、カゴの表情から様子が読めず、カゴの返答を待つ。
「これはもう一つの調査の結果なんだが……実はな」
この現象が、人間の間にも起きているみたいなんだ。




