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第12話 星空の空洞

 二頭の鹿に接近距離で挟まれる少年、見下ろす火原鹿は既に全ての攻撃準備を終えて少年を見遣っている。ここからの動きなど考えてもいない。考えられるはずもない。鹿に焼き殺される可能性なんて一切考えたこともない。少年は完全に身がすくみ、剣を持つ手も力を緩めかけていた。その時だ。


「少年、やれっ!!」


 見下ろしてくる二頭の鹿の視線にこわばった少年の身体に、スカーの一喝が染み渡る。少年はハッと目を覚まし、すぐさま自分の足元を土のエナジーで踏み固める。


 そして鹿二頭が角を立てて少年を焼き切ろうとした時、持ち前の脚力と自分が作った土のスプリント台でまっすぐ上に飛び上がる。


 ザクッという角が土を穿つ音が聞こえた時、少年は剣を構えて片方の鹿の首を狩りに来ていた。しかし剣を掲げた方の鹿は素早く上を見て少年に敵視を向ける。このままでは少年の剣がまた灼熱の角で受け止められてします。


「少年、そのままやっちゃいなさい!」

「ギィィッ!?」


 向こう側で様子を見ていたスカーが周囲の土を軽く固めて、そのまま鹿の目に投げつけた。土が目に入ったことで鹿は痛みに悶えて顔を降ろして首をむき出しにする。その影響はもう片方の鹿にも映り、それは少年とスカーの姿を見失ったように周りをきょろきょろと見まわしていた。




「これで……終わりだぁぁぁぁっ!!」




ザンッ!




 鈍い剣の音と共に、守るものが無かった鹿の首はその場にずるりと落ちた。頭を失った胴体は足元がおぼつかず、しびれたように膝を折ってその場に倒れる。


 そしてもう片方の火原鹿も、なぜか首を落とした直後に静かに崩れ落ち、まるで眠るようにそこで死んでいった。



「やっ……た?」


 少年は、自分の剣に赤黒い液体が付いていてもなお、今の動きに実感がなかった。今まで簡単だと思っていた狩猟にこれほどまでに時間がかかる感覚が、あまりに衝撃的で自分の頭で理解することが出来ていなかったのだ。そしてそんな鹿狩りをした少年にスカーが駆け寄ってきて、少年の狩猟を喜んだ。


「すごいじゃない! ちょっと手違いはあったけど、少年の隠密は成功したわよ」

「オレの、隠密が……オレが狩ったのか?」


 少年の呆けたような表情に、スカーは自信満々で頷く。そこまでの会話を経て、ようやく少年は今の出来事を飲み込んで、喜びに大きく跳ねた。


「いやったぁぁ! 見たか姉ちゃん! 俺は鹿ぐらいなら平気で倒せる英雄だ! いや、英雄になれる男だ!」


 少年はそう言って、鹿の胴体の上に登り、自分の剣を高らかに掲げて成果を誇示した。


「これが英雄になる男、オーデクス・ブレイザーの実力ってもんだ! なあ、姉ちゃん!」


 満面の笑みで高らかに笑う少年に、スカーは賞賛の拍手を送った。他に獲物のいない狩猟区、もうじき夕方になりそうなこの時間に、少年オーデクスの笑い声と、スカーの乾いた拍手だけがこだましていた。




「さて、鹿を狩ったのはいいけれど、これどうするの?」


 一通り喜びに実を委ねた後、スカーはオーデクスに尋ねる。しかしオーデクスもその後の事について何も知らないようで、首をかしげて質問を返した。


「へ? 鹿を斬って狩ったら終わりじゃないのか?」

「だって、狩った鹿の成果を持ち帰る必要があるでしょう? そう言う話って聞かなかった?」

「あー、俺あんまりそう言う話聞かなかったからなぁ……まあとりあえず持って帰れば成果になるよな! 早速こいつら運ぼうぜ!」


 オーデクスはそう言って、おもむろに首なしの鹿の後ろ脚を担ぎ始める。持って帰れば成果になる。それは言葉の意味そのままで、オーデクスは首の無い鹿の死体をそのまま冒険者ギルドに持って帰ろうとしていた。


「なるほどね、まあ少年がそう言うのならそうしましょう。それよりもちょっと待っててね」

「ん? 姉ちゃんどうしたんだ?」


 スカーはそう言うと、首を斬り捕らえれた方とは別の鹿……何もダメージを受けていないのに倒れた鹿の方を確認する。


 こちらの鹿には外傷らしい外傷は全くなく、身体が隣の鹿と同じくらい細っている以外に特徴はない。この一連の狩猟の中で、何故死んだのかが全く不明なのである。


「手触り、同じ……別に幻影とか幻じゃないわね、それに体の構成も基本は同じ、角、歯、舌、手足に生殖器官、排泄器官……普通の鹿と同じだ」


 スカーは謎の鹿の身体の各所を触りながら、違和感がある場所を探していた。しかしそんな場所は特になく、触れられる箇所のいずれも通常の鹿と何ら変わりがなかった。


「なら、切ってみるか」


 一通りの触診を終えたスカーはダガーで鹿の毛皮を切り裂く。こちらについては特に解体を要さないので多少雑に扱っても大丈夫だと判断した。するとスカーは、やはりジーンたちと同じような異様な光景を見る事となった。


「……星空?」


 ダガーが身体に通り、毛皮を切り分けて中を覗く。その中は完全に空洞で、その空間は他の発見者の証言通り、薄い星空を散らしたような空間になっていた。内臓器官や肉と言った者の無い、まるでカバンの中のような虚無の空間。そして毛皮を切り開いて空間を見る事になった瞬間、スカーは切れ目を開いていた手に違和感を覚えた。


フワッ……


 スカーが切りひらいた切れ目は綿あめのように千切れ、やがて鹿の身体も綿毛のように溶けて行き、切り開いたことを皮切りに、その鹿の全身は骨も毛も残らず消えていった。


「姉ちゃん……今の、なんだ?」

「……さぁ、私にもさっぱりよ」


 オーデクスもその一部始終は見ていたが、それは先ほどまでの勝利の余韻以上に理解の及ばない光景であり、二人はその謎の一幕を記憶に焼き付けつつも、その現実を落ち着いて見極める事が出来ずにギルドへの帰り道を進んでいった。二人がかりで、鹿の胴と首を抱えながら。

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