第11話 二頭の火原鹿
狩猟区の境界の前後をうろうろするように獲物探しをしているスカーと少年。小一時間歩き回っていたが、問題の同一個体はおろか、火原鹿の一頭も姿を現さず、じり貧な捜索がずっと続いていた。
それというのも実は理由がある。ここ数時間で少年が行っていた狩猟行動が、鹿たちの警戒心を引き上げたことにより、鹿たちは二人が歩き回っているこの場所を忌避するようになっていた。そのため、普通の火原鹿たちは生得的な交流によって近づかないようにとの合図を送り合っているせいで、鹿と遭遇する確率が大きく下がっているのである。しかしそれも必ずしも悪い事ばかりではない。
(これは、チャンスかもね)
スカーは、その様子を一つの好機と見ていた。通常の個体がここに来ないという事は、通常ではない個体はその例外として迷い込む可能性が高まるという事を示している。
更にスカーは、先ほどの炎蜜リンゴのかけらを渡る道にあえてこぼしていた。炎蜜リンゴは鹿も食べる事があり、特にその強い香りは鹿やエナジーを有する動物たちの嗅覚に強く作用して興味を引く。その為、一つ二つと落としておけば、警戒が解けた動物もまたよりついてくる。
「そろそろ日が暮れ始める時間だな。あーあ、今まで一頭も狩猟できないとかなかったんだけどなぁ……」
「まぁ、あたしは時々あったけどね。だからこうして少年と組んでる訳だし」
「それは姉ちゃんが下手なだけなんじゃないのか?」
少年の明け透けな物言いに、面白さすら感じていたスカーだが、彼女の言う「時々あった」とは、一等級になる以前のものなので、少年の言葉はあっているとも間違っているとも言える。そんなやり取りをして、空の色が赤みを帯びてきたころ、先ほどのスカーの行動の結果が出始めていた。
「……なあ姉ちゃん、あそこ!」
「ん?」
最初に気付いたのは少年だった。十数メートル向こう、自分たちが行き交っていた林の一角に、火原鹿が二頭集まっている。鹿は道端に落ちている炎蜜リンゴを確認したのか、それを舐めるようにして栄養を補給している。
「よしっ! これで」
「待ちなよ少年。さっきの事、隠密を試してみるんでしょう?」
「うっ……そうだったぜ」
今すぐにでも動き出したかった少年は、スカーの一言でその衝動を抑えて、鹿たちが餌に夢中な事を利用して少しずつ近づいていく。そして近づくごとにスカーはその二頭の鹿の状況に気が付いた。
(こいつら、同じ毛皮の模様に同じ角、そして動きがシンクロしてる。間違いない、これが依頼の……)
二頭の鹿は、一つのリンゴのかけらを同じように動き、同じように舐めながら食べている。並ぶ二頭の鹿の特徴は非常によく似ており、毛皮、角、顔立ち、所作それらはまるでコピーしたかのように同じになっていた。
少年にはそのあたりの機微は違って見えなかったようで、ただ単純に二頭の獲物と考えてそのまま近づく。スカーはと言うと、その二頭の鹿のうち“どちらが偽物か”を判断するヒントを掴もうとにじり寄っていた。
(なあ姉ちゃん。あとどれくらい近づけばいいんだ?)
(少年の一歩で切りつけられるぐらいかしら。でも二頭とも餌に夢中で結構近づけそうね)
鹿たちは、十メートルを割って近づいてくる二人にはあまり興味を示しておらず、ずっと俯いて食事を大事そうに食べている。スカーが鹿の様子を観察してみた所、僅かに腹にこけた後があり、身体も妙に痩せたような雰囲気を持っている。状況を察したスカーは、おそらくもっと近づけるとふんで五メートル圏内まで寄ってきた。
スカーの見立ては確かだった。腹部のやつれた跡から全身の特徴、二頭は完全に一致している。そして片方が餌に夢中になっているというのに、もう片方も同じ動作をしている。これが今回の依頼のターゲットで間違いない。
(この鹿たち、オレたちに気付いてないな)
(そうね、これは隠密の最高のチャンスよ。やっちゃいましょうか)
スカーと顔を合わせて頷くと、少年は剣を構えて土を踏みこむ。そして今までになく慎重に一撃のタイミングを計り、踏み込んだ土をエナジーで固める。しかし次の瞬間、
「ギィィッ!!」
「なっ、鹿がっ!?」
少年が土をエナジーで踏み固めた所で、片方の鹿が強い警戒の鳴き声を上げる。
「エナジーに反応したのかっ! 少年っ!」
「えっ……?」
少年は急激に敵意を向けてくる鹿に一瞬たじろいだ。そしてその隙に、鹿は反撃を開始する。
「危ないっ!」
少年から見て右手の鹿は火のエナジ―を毛皮から振り乱し、パチパチとした火の粉がはじけ出して少年たちを襲う。更に追撃とばかりに、最初の火原鹿と同じく角を赤熱色に変化させる。
「わぁっ! あっつ! こいつら何で気付いたんだよ!? さっきまで大人しかったのに!?」
「左を見ろ、少年!」
「ええっ!?」
スカーの指示で左の鹿を見ると、先ほどの動きを真似するかのように左側の火原鹿も火の粉をまとい角を赤く染めた。そして今度はそちらからも火の粉が飛び交い、少年を襲撃する。
「くそっ! 卑怯だぞ! 正々堂々と……うあっつっ!!」
完全な迎撃体制の二体一、少年が不利であるどころか、このままでは大火傷に至る可能性すらある。そして二頭分の鹿の攻撃をかわしながらも、どうにか狩りたいという不器用な考えごとをしていた時、少年は完全に進路を見誤った。
「やべ……オレ……」




