第10話 小休止
時間は影の時一時のはじめ。昼を越えて未だに成果がゼロの二人、特に少年は一頭も狩ることが出来ていない現状に、いよいよ不満が限界ぎりぎりだった。
「あぁもう! なんでこんなに毎回毎回強敵と当たるんだよっ! これじゃあ俺が英雄だってことが証明できないじゃんかよ! 姉ちゃんは眺めてるだけで役に立たないし! ここの鹿相手だと剣が重すぎて近寄れないし! マジで何なんだよこの依頼っ!」
重ねて言うが少年の強敵は一等級の基準。そして重量のある剣を扱っているのは少年自身である。そしてスカーの傍観については、スカーの目的によるところが大きい。何せスカーにとって今回の狩猟は調査である。これまで何度か発見した鹿はどれも通常の個体で、全く同一の個体と共存している鹿を発見することが出来ていないのだ。
「おい姉ちゃん。今の時間って分かるか?」
「うーん、感覚的には昼を越えた気がするけど……」
「それで腹が減ってたのか、あー何か食事持ってくるんだったなぁ……今から狩猟区を抜けても時間がかかりすぎるし……」
少年の準備の無さがここで自分の足を引っ張る。狩猟が待ち長いものであるという一等級冒険者の常識は、まだ経験していない少年にはまだ早い教えだったようで、剣一つでここにやってきた少年は、芳しくない成果とうなりを上げている空腹で完全にやる気をなくしていた。
さすがにそろそろどちらかを解消する必要があると思ったスカーは、腰につけていたポーチの一つから、赤くツヤツヤしたリンゴを取り出した。
「それじゃあお昼も過ぎているわけだし、これでも食べましょうか?」
「ん? リンゴ? 何かすごい甘い匂いがするな」
「炎蜜リンゴ。火のエナジーで果物の中が高温になる事で、強い甘みとカロリーを保有することになった果物よ。半分ずつになるけど食べる?」
「仕方ないな。その辺の虫とか食べるのは嫌だから食べるよ」
少年の素直じゃない態度に生暖かい視線を送り、スカーは武器のダガーとは別のナイフでリンゴを半分に割り、片方を少年に渡す。やはり空腹感には抗えなかったのか、少年は炎蜜リンゴの豊潤な香りに我慢できずに一口かじる。
「うっわ!甘っ!すっげぇ!なんか舌がビリビリするぐらい甘い!」
炎蜜リンゴは自然作用で火のエナジーを循環させて中に熱を循環させる。それにより水分が減る代わりに果汁が煮詰まったような甘みを引き起こす。熟成時間がかかりすぎると甘みは失われ、黒く炭化するので、上質な品の収穫は至難の業である。
少年はスカーが持っていた上物の炎蜜リンゴを食べて、その急激な甘さに目をぱちぱちとさせていたが、その甘みは全身を駆け巡り、リンゴ一個だけとは思えない体力の回復を与えて、少年はさっきまでの不機嫌も忘れる程元気になっていた。
「……けど、おかげでめっちゃ元気になった気がする。すげえなこのリンゴ!」
「まあね、冒険する時はこういうのを持っておけって、あたしに冒険を教えてくれた人が言ってたのよ」
スカーはそう言って、もう半分のリンゴを少しだけかじってその甘みを噛みしめていた。炎蜜リンゴは確かにエネルギーが高く回復はしやすいが、その反面、少年が言うように甘すぎるという事と、その分だけ糖分が強く、一つ食べるというだけで一日のエネルギーの殆どを補給できる。それゆえ今のスカーにはこの一口で十分な補給になる。
「ところで、三等級って必ずチームを組むでしょ? その時は誰に?」
「ほとんど組んだ事はねえぜ。一応組めって言われて兄ちゃんや姉ちゃんと一緒に行ったけど、俺はすぐに獲物を見つけて速攻で終わらせてた!」
「なるほど、頼もしい訳か」
少年はそれがどういう意味かも考えず、鼻をこすって自慢していた。少年の活躍そのものは評価すべき事だが、それは仮に一人で危険にさらされた時に誰からも助けてもらえない。そして三人が前提だったはずなのに、一人が欠けることで他の仲間を危険にさらすという事を示している。三等級は不意の危険に対処できない、だからこそ誰かと行動することが命じられている。少年のそれは、たまたまそれでうまくいっていただけの、簡単に言えばビギナーズラックの状態なのだ。
「けど、今回はうまくいかねえなぁ。鹿なんて嫌と言うほど戦ってたのに」
「戦ってた?」
「あぁ、家で飼ってたシロンって鹿がいたんだ。あいつといつも訓練してた! 最近はずっとオレの方が強かったんだぜ! いつもシロンが座り込んで負けを認めるポーズをとってたんだ」
それが少年の過剰な自身の理由だとすぐに気が付いたスカーは、この少年の行く末を少し見通す。それは、ある時にスカー以外の冒険者が思っていたものと概ね一緒だった。本当の危険と向き合った事のない勇気。世界を開ける可能性と、むやみに死ぬ危険性を持つものに、スカーは思わず自分が見てきた『同じ目線を持っていた塩商のご令嬢』を思い浮かべて、悩ましいやらおかしいやらの混じった顔を見せた。
「何だよ姉ちゃん、なんかまた気色悪い笑い顔してんな……」
「あぁ、ごめんごめん。ちょっと優秀な冒険者の一人を思い出したのよ。そういえばそんな冒険者からアドバイスをもらった事があってね」
「アドバイス?」
スカーがよそから聞いた話を装って、冒険者ギルドの狩りへの矜持の話をすると、少年は目の前の人間からではなく、あくまで伝聞であるという理由からあまり抵抗なく彼女の話を聞いた。
「鹿は視野が広く逃げる能力も高い。それで強い冒険者は可能な限り逃げる時間を減らすって聞いたわ」
「そりゃそうだろ。だから俺は一撃で……」
「そうだけど、一撃が当たらなければ延々と追っかけっこになってたでしょ? だから人によっては罠だったり、遠距離でのエナジー攻撃だったり、そう言うテクニックを使う訳よ」
スカーの話に、少年は少し考えこむ。言っている事の意味は分かるが、剣一つで戦ってきた自分にはそんな面倒なテクニックは使えない。今使っている物で出来る物と言えば、土をエナジーで固めてスプリント台を作る能力だけだ。
「そんじゃあ姉ちゃんはそんなテクニックがあるのかよ?」
「あいにく、あたしも二つのナイフだから近接なのよね。けどあたしもそれを他の先輩たちに相談したら、そういう時は隠密が一番いいって帰ってきたわ」
「隠密って、隠れてズバァン! ってやつか?」
エリュ・トリの狩猟において、実は罠や遠距離攻撃よりも有効とされているのが何を隠そう隠密である。罠の場合は解体までの時間がかかりやすい。遠距離攻撃はその出力が高くなるため損傷を起こしやすい。そう言った難点を軽減する目的で使われるのが隠密によって素早く息の根を止める方法で、特に近接武器を極めた人間が好んで扱う手法となっている。
「少年の場合、鹿が気付いているのにも構わず突っ込んでたし、一回だけそれでやってみたら?」
「うーん、すげえ地味でかっこ悪い気もするけど、このまま狩ることが出来ないのも悔しいしなぁ、一回やってみるか」
こうして、自分に言い聞かせるように承諾した少年と共に、昼の狩りを開始する。




