第9話 追いつかない剣
その一方でスカーは鹿の動きを推測して目で追いかけて眺めていた。少年が走るのを見ながら、鹿の足回りの動き、木々を踏みしめる時に僅かに火のエナジーで推進力を高めている様子。ひと蹴りで速度が高まる為、並みの人間では無為に追いかけても徒労に終わるだけだ。
「おい姉ちゃん! なに突っ立ってるんだよ! 鹿が逃げちまうだろ!?」
「あーごめんね、すぐ追いかけるから」
少年は自分で何とかすると豪語した事も既に忘れて、スカーを呼びつける。スカーもそうなることが分かった上で、いつものように飄々と少年を追いかけていく。
「それで? 何か作戦があるのかしら?」
「んな事言ったって……アイツめっちゃ足早いんだよ! 普通の鹿なら一発で追いつけるってのに…姉ちゃんこそ作戦はないのかよ!?」
他力本願が漏れ出てくる少年を眺めつつ、鹿の動きを眺める。スカーはそれと同時に少年の動きに注目して、なるべく少年の速さに合うように歩調を合わせていた。
「そうは言っても、あたしもそんなに手練れじゃないし、少年がやってくれるって言ったから参加したわけで……」
「あーもうっ! 役立たずじゃないかっ! こうなったら……」
そこまで言って、少年は再び剣を抜いて一旦その場に立ち止まる。そして枯草の溜まる土に力を集中させて、土エナジーの流動をコントロールする。向こうが立ち止まった事を察知した鹿は一旦足を止めてこちらの様子をうかがっている。
「なるほど」
少年の動きとエナジーの流れで気が付いたスカーは少年が行く先の道を開ける様に横によけて、少年の行動を見守ることにした。そして少年は足元の土をエナジーで跳ね上げて、スプリント台の役割を持ってまっすぐに鹿へと向かった。
「いっけぇ!!」
土を固く造成して、発射できる台座にして一気に駆け寄る少年。そして少年の今まで以上に速い動きに火原鹿は身がすくみ、一瞬隙を見せる。更にその隙は少年に攻撃を加えるチャンスを与えてくれた。
「よっしゃぁこれで一匹め……」
剣の届く距離までやってきて、少年が剣を振り降ろした瞬間、鹿は表情を変えて迎撃の姿勢に入る。
鹿の毛皮が火のエナジーを吹き出し、四つ足を低く構えて少年の剣に対して角を構える。その角は鹿の意思に呼応して赤熱を帯び、少年が振り降ろした一頭を強い金属音と共に受けきった。
「なっ、こいつ角で剣をっ!?」
「おっと」
まさか角で剣を受けきられるとは思わなかったのか、少年は全体重を剣に預けた状態でそれ以上の対処が出来ずにいた。一方スカーはその後鹿がどんな反撃をしてくるかの予想が付き、さすがにこれは看過できないと思い、その場所まで駆けだした。そして、剣の絡んでいる鹿の角は炎を帯びてきて、そのまま炎をまとって剣と少年を投げ飛ばした。
「うわぁぁっ!?」
跳ね飛ばされた少年は剣から手を離し、上に飛ばされる事は辛うじて防いで土の上に転がされた。その先に樹木があり、少年は樹木にわき腹を打ってその場で倒れこむ。宙に浮いた剣は熱を帯びており、どこに着地するか分からない状態で待っていたが、すぐに追いついたスカーはその剣を回収して、少年の側に預けた。そしてそんな一瞬の攻防が終わると、炎をまとっていた角が収まり、鹿はスカーの視線を受けてはるか遠くに逃走していった。
「ぐ……」
少しして少年は目を覚まし、身体の痛みを抑えて近く似合った自分の剣を取って背中の鞘に納める。
「くそっ……火を吹く鹿なんて初めてだ。しかもめちゃくちゃ強かった」
自分の狩猟が全く通用しないのは初めてだったようで、少年は土を蹴って悔しがる。スカーは少年の様子よりも、あの鹿が自分の目指しているターゲットではない事の方を気にかけており、鹿の強さに関しては特に脅威とも思ってなかった。
「なあ姉ちゃん。せっかく二人で狩猟に来たんだから、今度は姉ちゃんも手伝えよな。さっきオレが見た時なんにもしなくて立ってただけじゃん」
「あぁ、なんか強そうだったし、あと少年がすごく速く駆け出していったから、追いつく余裕が無くてね、あはは」
スカーの言い分に、不満は感じていたが、その直後にこの女性がまだ未熟な冒険者だという事を思い出して、未だ自分の優位を疑わない事で溜飲を下げる事にした。
「仕方ねえな、また鹿探しからか……まぁあれだけ強い奴は早々出てこないだろうから、次はオレがやっつけてやるぜ!」
気分を入れ替えた少年は、そう言って再び剣を手に取り、狩猟区の境界線を引き返すようにして鹿探しから始めた。スカーも何も言わずについていき、少年の狩猟と自分の調査の進展を期待しつつ捜索に参加した。
結果として、昼になるまでの狩猟は全て失敗だった。目標となる火原鹿は何度も発見しており、チャンスはいくつか訪れたが、チャンスが来るたびに少年は素早く駆け出して、剣を構えて一撃で鹿を捕らえようとする。だが出会う鹿はことごとく最初に苦戦した獲物と同格の力を持っており、人をかく乱する移動力、接敵されて襲われた際に火で相手を撒く判断力、そして火エナジーそのものの扱い、どれも最初に出会った鹿と同レベルまで扱えるので、少年の一本気な狩猟方法はまず通用しなかった。
それもそのはず、狩猟区の調整によりスカーたちが入るこの場所の鹿たちは実力者から逃れるために知恵と能力を付けている。その為、下の等級の冒険者が自分たちの狩猟区で行っている鹿狩りとは何段階もレベルが違う。少年が強敵と称しているそれは、スカーやほかの一等級冒険者にとっては基準となる獲物という事だ。




