第6話 新しい風に吹かれて
「そういやぁシルヴィたち、あの若造の事は聞いたか?」
「若造? 新人冒険者ってこと?」
酒の席も深夜に入り、騒いでいた者たちは次第に夜の闇に溶けていく時間。未だに晩酌の時間を楽しんでいた四人の中に、ジーンとレギーナが見た昼の光景の会話が投げ込まれる。
「ふぅ……そうですわ。その中でも子どもの年齢の冒険者が、いまして、それがまぁ威勢の良い無鉄砲な子どもでしたのよ」
酔い醒ましにハーブを混ぜた水を飲んで、頭も冴えてきたレギーナも、その時の光景を思い浮かべる。
「へぇ、最近は受け口が広くなってるとは言え、そんな若い子も入れるようになってるのね。もしかして最年少かしら?」
「最年少『タイ』……ですわね」
ハーブ水を飲みながら、レギーナは訂正するように一言添える。レギーナの突っかかり方にシルヴィは疑問を浮かべていたが、ふと自分の記憶の中を整理した所で、すぐに彼女の言葉の理由を理解した。
「ああ、はいはい。そう言えばあなたもその歳で入ったんだったわね」
レギーナの訂正に、シルヴィは思い出し笑いを含めてレギーナの意見を持ち上げた。ヴェスパー家以外の生き方を模索していたレギーナが、エリュ・トリの町中で自分の道を探して、冒険者ギルドのロビーを踏みしめたこと。当時を知る人間なら、その様子は珍しくもあり、レギーナはその時から注目される存在だった。
「当時の最年少、何も知らずに入ってきて、ギルドの入団テストを持ち前の才能でクリアしてきた異端児、最初はそんな感じで持て囃されてたわよね」
「そうですわ。わたくしは努力をしてその座にたどり着きましたの。そしてそれからも研鑽は怠ってないつもりですし、あの様な大言壮語は……」
レギーナが自分を誇って語っていると、ある時不意に言葉に詰まる。そんなレギーナの反応を、その理由に心当たりがあるジーンが見逃すはずはなかった。
「へぇ~……レギーナちゃんは入団の時、そんなに立派だったのかぁ。と言うことはカゴ団長に向かって『わたくしをここで一番の冒険者にしてくださいまし』なんて事も言ってないって事だなあ?」
「や、やめなさいジーン! あれはその時の勢いと言うか……その、目標は高くと言うか……」
「いやぁ俺は見てたぜ? 何かにつけて『一人で十分』とか『より難易度の高いものを』とか。しまいにゃ団長に『等級昇格を早めることは出来ませんの?』って聞くんだもんなぁ。俺は自分でも向上心ってのがない方だと思ってたが、やっぱり向上心ってのはあればあるだけ良いんだなと、あの時はつくづく思ったねぇ」
「ぐ、うぅ……」
レギーナは確かに異例の早さで今の地位まで上がってきた。その過程に努力が無かったわけでもない。秀才という言葉の典型例のような人物だ。だがそれと同時に、一刻も早く家から離れたいと焦る気持ちが、彼女の不遜な態度として表れていたと言うのもまた、彼女の一側面である。
「それでぇ? 本当にあの少年にとやかく言えるほど、レギーナちゃんは立派だったのかぁい?」
「ジーン……! いつかあなたには、きっちり仕返ししてやりますからねっ!」
心底楽しそうにレギーナをおちょくるジーンに、言い返す言葉を用意出来なかったレギーナ。悔しさを噛みしめてから、グラスに残っていたハーブ水を一気に飲み干して「これなら酔っていた方がまだマシ…でしたわ」と呟いた。
「まあまあレギーナ。その後は落ち着いたから良いじゃないの」
「とは言っても。落ち着いた原因はスカーでしたけど。今思えばあれもまた若気の至り、あの紛争に参加して、抗えない実力と才能の差を見せつけられたのは、ある意味救いだったのかもしれませんわ」
酔いも恥もハーブ水の香りで洗い流して、レギーナは目を細めて口にした。どんなに大言壮語を吐こうとも、あの光景の前では無意味。そんな心持ちが、ここにいるレギーナ、エリオ、シルヴィにはあった。
「だが、今でも君は若い。まだ10代の最後なんだから、これから成長できるだろう」
「あら、エリオから珍しく先輩風を感じましたわね。今日は素直に受けておきますわ。なにせわたくしはこの中では一番の若者ですから」
その言葉の悪意のなさは三人とも気づいていた。どれだけ背伸びをしても、先人には届かない。ならばせめて、そこについていけるように……そんな意味が言葉の中に含まれていることは、三人にはすぐに分かったからだ。
「あの少年も、お前みたいに成長する日が来るのかね?」
「どうでしょう? また紛争を……なんて冗談じゃありませんが、あの子の頑固さは紛争並みの出来事がないと変わらないと思いますけれど?」
「そんなにすごかったのか、その少年は」
「なんだか、定期的にそう言う大口を叩く冒険者が入ってくるわね。流行の巡りみたい」
四人は深夜が訪れるまで自分の飲み物を肴にそんな無謀な少年の話をしていた。しかし、決して少年を甘く見るわけでもない。
根拠のない勇気は無鉄砲を生むと同時に何かを切り開く可能性を持つ。レギーナもそれを知っているからこそ、その少年のこれからを楽しんでいた。恐れを知らない若さは英雄の糧、そんな格言じみた言葉を、酒の最後の一口に浮かべながら。




