第5話 クロス・リッパー被害者の会
クロス・リッパーが牢に入っている夜、騒動があろうがなかろうが、冒険者たちは変わらず過ごしている。影の時九時、各所で一仕事終えた冒険者や労働者たちは、夜の顔をした町中でこの大人の時間を楽しんでいた。
スカーの仲間たちも、そんな夜を楽しむ喧噪の中に身をゆだねており、夜の酒場となった石炉亭の一卓で、様々な酒の当てをつまみながら酒やジュースを楽しんでいた。
「……ふぅ、昼のレストラン形式もいいですけど、やっぱり冒険者のたしなみと言ったら夜の酒場ですわよね~」
リンゴ酒を片手に、頬を染めて一日の疲れを洗い流すレギーナ。三人が見ている今のレギーナの顔は、ヴェスパー家の令嬢と言う堅苦しいものではなく、ここにいる仲間と過ごす一人の若い冒険者の顔だった。
「相変わらず、リンゴ酒一杯で酔えるのは羨ましいわね。私なんて焼けるようなお酒を飲んでも酔えないっていうのに」
そう言ってシルヴィは男性客が頼むような木造りのジョッキの飲み物をゴクゴクと喉に通していく。時々始まる四人の宴席ではそんなに珍しくもない光景だが、エリオは呆れているしジーンも毎回その飲みっぷりに注目している。そして何より今は、
「なぁ、あのお姉さん、大ジョッキ飲み干したのにケロッとしてるぞ……」
「まるで顔色も変わってねぇ……オレ絶対誘っても飲み負ける自信あるわ……」
この光景を見慣れていない新人の冒険者たちからの目線。シルヴィも気づいており、そんな好奇の目を受ける度に、何処かやるせない気持ちになるのはシルヴィの複雑な心境である。
「しかし、スカーが五日も閉じ込められるというのは久しぶりだな」
「そうね。いつ以来かしら、だいたい一日かそこらで釈放されるから、今回みたいに純粋にひん剥いて捕まったのはずいぶん前の様なイメージなのよね」
エリオとシルヴィは、それぞれがスカーとの関わり合いを思い出して、その数え切れない被害をぼんやりと思いだす。
エリュ・トリにいるうら若き女性はほぼ全員、スカーの悪癖の被害者である。ベーカリー、花屋、武器防具の卸売、屋台市の売り子……余程の新人か、極端に上下の年齢でない限り、スカーにとってはそのターゲットになりうる。
スカーは、以前起きたスミスクラウンの事件の後、仲間たちとの食事の席でこんな事を語っていた。
『あの時は事件の処理で手一杯だったから、結局メイド二人とピアー嬢しか剥くことが出来なかったのよね。シルクさんは警戒してるつもりだったけど、あたしからすれば全然隙だらけだし、他のメイドも言わずもがな。コンパニオンなんて入門も入門、あーあ、簀巻きにされるぐらいギリギリまで脱がせてればよかったなぁ……』
そんな会話をこの石炉亭の、しかも店主のマグリットの耳に聞こえるほどの声で話していたのだから、四人にとっては生きた心地はしない。
「そもそもっ……!」
そんな苦い思い出を語っていると、すでにろれつも危ういほろ酔いのレギーナが、コップをテーブルに打ちつけた。
「スカーは気に入った相手や、嫌がらない相手には何度も何度も服を剥ぎ取るんですぅの!わたくしぃも三年前以来、何度身ぐるぅみを剥がぁされたことかぁ…そりゃぁ、冒険者の先輩としてぇ敬わないことはありませんがぁ……それでもなんかぁ嫌ですの!」
「まあね、私も一回や二回じゃないわ。スカーのお眼鏡に適ってるって言うのは悪い気はしないけれど……だからと言って『それは誇りに思うべきだと思うのよ!』って力説された時は困りものだったわね、はは……」
スカーの考えるうら若き女性に該当する2人は、それぞれの被害を思い浮かべて悲喜こもごもに語る。一方で男性陣は2人で反応が大きく分かれた。
「ま、俺はあいつと組んで以来、残念だがそんな被害に遭った記憶はねぇよ。何せあいつ、俺が『剥かないのか?』って聞いた時は、歯牙にもかけないみたいな顔してガン無視で仕事に行ったからなあ」
「俺は……」
ジーンがやれやれと両手を広げてあきれ顔で話をしている傍らで、エリオは顔こそ変わらないものの目を伏せて何も語らない。
「エリオ……まさかあなた、剥かれたことあるの?」
答えは、長い沈黙だった。
「あ、あー……なんというか、ご愁傷さま」
「同情しなくていい。それにあの時は俺もスカーも騙されてたんだ。俺が一等級に上がったばかりの時に、同じ一等級の先輩から『上がったからにはスカーの洗礼を受けねぇと』などと言われて、運悪くその場にいたスカーもその空気にながされて、俺にその洗礼とやらを食らわせたんだ。後でスカーが先輩たちをギルドから殴り飛ばして、丁寧に畳んだ服を返してくれたが……何を見てるんだ?」
シルヴィとレジーナは、そんなエリオの被害話を聞いて、なぜか頬を染めていた。いやレギーナは酔いで既に赤かったが、なぜかシルヴィまでそんな反応をした事に、エリオは怪訝な顔をする。
「だ、だって……脱がせた服をスカーが畳んで返すなんて……」
「その対応は……女の子にしかしないと、思ってましたわ……エリオ、あなたまさか……!」
「ドリンクを凍らせて欲しいなら、そう言ってもらおうか?」
スカーのクロス・リッパーには流儀がある。例えば敵の無力化のために行う場合、脱がせた服の扱いは布切れ同然で、その場に放り捨てるのも厭わない。だが自分が好きで脱がせた相手の服は例外なく丁寧に畳んで返す。その上畳み方が丁寧できっちりしているので、ごくごく稀に、返してもらった自分の服の畳み方をスカーの技術から学んでいると言う物好きもいる程だ。そしてそんな流儀を知っている者からすれば、エリオの服に対する扱いは、随分と異質に見えたのだ。
「スカーはその時に言ってたんだ。不本意で脱がすことになって申し訳ない……とな。つまり俺の服の扱いは、スカーなりの誠意だった訳だ」
「ははっ、あいつはそう言うところがクソ真面目だからな、エリオの言う事には嘘はないだろうよ」
「なんだ、つまんないわね」
「つまらない話ですわね」
「本当に、一回頭凍らせてやろうか?」
「はいよ! 追加の酒だ! 何だいあんたたち、いないスカーの会話でずいぶん盛り上がってるじゃないか?」
「そりゃいないから盛り上がるに決まってるだろうマグリットさんよ」
「へっ! せいぜい背中から丸裸にされないように気をつけるんだね。それとあんた達!」
一通りの酒を置いて背中を向けたマグリットがすぐに顔だけ向けて、四人に一喝した。
「……あいつには絶対酒を飲ませるんじゃないよ。今度客を丸ごとひん剥いたら、アタシがスカポンタンに殴って簀巻きにして国境地帯に放り捨ててやるからね?」
「あ、あぁ……よく言っとくぜ……」
「え、えぇ! それはもちろん!」
それは、マグリットが知っている悪夢の話だ。依頼の終わりに夜の石炉亭に行き、肉の料理をつまみながら一人で夜を過ごしていたスカーに、外野から酒が振る舞われた。そして少しだけと飲んだところから最後、翌朝の石炉亭には、全裸から半裸になった男女十数人と、脱ぎ散らかされた服が散乱し、スカーはそのど真ん中で大の字になって寝ていた。
四人は知らないが、その時にスカーはこれまでで最も長い10日間の拘留を受けており、その時の被害の教訓として「クロス・リッパーに酒は近づけない」と言う冒険者内で不文律として守るべきルールがあるとかないとか……惨劇を知らない四人だったが、そのルールだけは聞いており、スカーが酒と距離を縮め始めたら、四人はすぐにそれを制止している。




