第4話 異変の始まり
影の時、四時を過ぎた頃。ジーンは火原鹿の毛皮と肉を抱えて林を抜けようとしていた。時折新たな獲物を見つけたが、新人のための獲物の確保、間引き過ぎの防止、そして市場の値崩れなどを懸念して観測だけに留めていた。
「ま、二頭分以上の素材は持って帰れねぇしな」
そんな自分の理由も含めて林から平野部に出ようとした時、二頭の火原鹿の縄張り争いを目撃した。
「やってんなぁ、盛りか?」
そんな冗談をかましながらその鹿の様子を流し見していた時、ふとある違和感を覚える。
「……なんだ? 鏡写しか?」
違和感の正体は、二頭の鹿の姿と動きだった。よく見るとその鹿の姿が非常に似ており、特に角の形状がまったく同じように感じた。そして行動。片方が頭を下げるともう片方も下げ、片方が突進しようとしたとき、まったく同じタイミングでもう片方も前に蹴り出す。その姿は、まるで鏡写しのように同一で、他の生態系からは感じられない薄気味悪さを感じた。
「……ちょっと、やってみるか」
そう言うと、ジーンはガンナイフを取り出し、自分の持つ火のエナジーをリボルバーに二発込める。バレルは多少長いが精密な射撃が出来るものではない。となればエナジーの弾丸の方法は「エナジーの操作で弾道を変化させて精確に撃つ」という技になる。
静かに立ち上がる。反動に耐えられる態勢を取り、右手だけで構える。僅かに肘を曲げてリコイルを吸収。両目で鹿の心臓部を狙う、どちらの鹿も気がついてない。
「っ……!!」
ドンッ……!ドンッ……!!
重苦しい射撃音が二回響いて、オレンジの弾道が二つ、曲線を描いて鹿に向かう。そして一発が左の鹿を射抜き、もう一発が右の鹿を射抜く。
「キイィィィィ!!!」
二頭の鹿が同時に叫びを上げ、その場を逃げようと蹴り出すが、ものの数秒でその脚力は力を失い、両方が隣り合わせで倒れた。
「死に際まで一緒かよ……なんだコイツら?」
二頭の鹿に駆け寄り、その死体を確認する。弱りきって前脚をわずかに動かすだけの状態だった二頭、そのうち死ぬと判断して、ジーンは二頭の弾痕を確認する。右側の鹿を弾痕からは僅かな血液が流れており、後で血の処理をするのが大変そうだとぼやく。そして左の鹿を見た時にジーンはハッとした。
「血が……出てない?いやそれよりも、コイツ……!」
左側の鹿から出血はない。そもそも、血の気すら感じられない。そしてジーンは謎の空洞を確認するためにナイフで切りひらいて気が付いた。
鹿の身体の内部に、夜空のような空間が存在することに。
「中身が空洞の鹿?」
持っていた毛皮と肉をギルドに預けて報酬を受けたついでに、ジーンは今しがた見かけた不可解な光景を受付の若い男性に報告した。その男性はジーンの姿を上から下まで見渡して、口元で少し笑ってから気だるそうに返した。
「ああ、それを調査する依頼を出してほしいと思ってな」
「あー、そう言う話をされてもギルドではどうしようもないというか…そもそも現実味が無さすぎて対応のしようがないというか」
「現実味が無くても、ほら……依頼ぐらいは出せるだろう?」
「うーん……とは言ってもそれを示す資料もないですよね?目に見えるそう言った証拠が在ったら助かるんですけど」
「それはさっき言ったんだが、それを持って帰ろうとしたときに消えてなくなっちまったんだよ」
あの時ジーンが見た光景には続きがあった。弾痕の中から空洞のような光景が広がっていた事を訝しんだジーンは、それをナイフで切りひらいて様子を確認する。切り開いた腹の内側はやはり空洞で、夜空のような光景が印象に深かった。しかし何かの証拠を持ち帰ろうとその鹿を持ち上げると、その鹿は綿菓子が剥がれるかのような質感で消えてゆき、最終的にそこに何もなかったかのように雲散霧消をしてしまった。
若い男性の態度を見てジーンもまた少々呆れたような顔を浮かべていた。そして受付の若人は隣り合う男女の受付役とその話の荒唐無稽さを笑い話にしようとする。ただ、他の受付はその若人に顔だけで同調しつつも、目の前にいるのがジーンであることを理解してどこか申し訳なさそうな視線を向けた。そして、若人は更に面倒くさそうに書類の準備を始めた。
「まぁ、ちょっと怪しいですけど、えっと……ジーンさんが言ってたってことで依頼は出しておきますね。けど数が集まるかは運次第なんじゃないですかね?」
「アーベイ君。冒険者はみな平等です。依頼を受けたらまずは作ってからにしましょう。大変ご迷惑をおかけしました。ジーンさん」
アーベイと呼ばれた気だるそうな若者の動きに、後ろから壮年の無機質な声が響いてきた。その声が耳に入った瞬間他の受付スタッフの表情が一気に引き締まった。
「プ、プラーシュ……マネージャー……」
「おやおや、マネージャー直々に出てくるとはね」
「アーベイ君は今回受付役に入ってきた新人なんですよ。親に尻を蹴られて入って来た世間知らずで色々ご迷惑はおかけすると思いますが、まあ長い目で見てやってください」
受付のマネージャーを務めるプラーシュが挨拶をしたところで、さすがに直属の上司が前に出てきてバツが悪そうに顔を逸らした。
「とりあえず希望は承ります。依頼書も可能な限り早く掲載させていただきます。小さくともそう言った情報は重要ですからね、そうでしょう、アーベイ君?」
「……っす」
プラーシュが視線を送った事で、アーベイは何か言葉を挟む間もなく依頼書の作成作業に取り掛かった。プラーシュからの「文句言ってる暇があったらさっさと作れ」という目線は、他の受付達にもすぐに感じ取られ、その一連の流れから、受付達は身を引き締めて仕事に当たるようになった。




