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第4話 石炉亭

 市場の喧騒の中にあっても、はっきりと届く凛とした声。ジーンはそれを聞いて声の主を見て、スカーはそれを聞いて苦い顔を声の主に向けた。


「話はカゴ団長から聞いています。ほんっとに懲りないですわね、クロス・リッパー」

「レギーナ、やっぱり私を出迎えに来てくれたんだね!」

「これは出迎えではなく諫言ですわ。どうしてそう才能の無駄遣いをするのですか!」


 呆れながらもスカーを諫める、金のロングヘア―をなびかせた女性。彼女もまたスカー達と同様に冒険者である。そして、彼女の声を皮切りに、さらに二人の冒険者がスカーとジーンの前に集まる。


「俺たち、スカーが事を起こすたびに一堂に会してる気がするんだが」

「まあ、なぜかそういう日に限って、私たち全員非番なのよね。もしかしてスカーが狙ってるんじゃないの?」


 フード付きの暗い紫色のローブをまとった背の高い男性、そして白銀の髪を編み込んだエルフ耳の女性。それらがスカーを前にしてそれぞれあきれた様子で話をする。そんないつもの仲間たちを見つけたジーンが、さっそくと言わんばかりに会話を切り出す。


「よお、エリオにシルヴィ。お前らも昼飯か?」

「ああ、午前中に獣狩りの依頼を終わらせてきた」

「私はそれに同伴して生体分布の定期調査。それでレギーナともども午後はお休みってわけ」


 シルヴィと呼ばれる女性が端的に説明をすると、あとの二人が同意を示すように目を伏せる。そしてスカーが何かを思い立ち、市場の方へと歩き始めて四人へ話を切り出す。


「それならせっかくだからみんなでお昼にしましょうよ。せっかくの集合だしあたしが奢るからさ!」

「ほう、気前がいいこった」

「まったく……そんな程度じゃ罪滅ぼしにはなりませんわよ? まぁ、行きますけれど」

「では遠慮なくいただこう、クロス・リッパー」

「じゃあご馳走にあずかろうかしら? それなら行く場所はいつものあそこね!」




 屋台市を抜けて、冒険者ギルドにほど近い場所に戻ってくると、多くの人が出入りする料理屋がある。【石炉亭(せきろてい)】という看板を携えたその場所で、五人は料理を待ちながら歓談をしていた。


「スカーの剥ぎ癖はさておいて、またスィンツーの人間がこっちにやってくるなんてね」

「スカーの剝ぎ癖はともかく、数年前の紛争から、隣国はずいぶんと焦りを見せているように感じるな」

「スカーの剝ぎ癖はいいとして、わたくしも最近、情勢の不透明をお父様からうかがっています。また紛争が起きないといいのですが」

「スカーの剝ぎ癖は置いといて、また冒険者ギルド全員出向なんて事態は御免こうむりたいね」


 口々に情勢への不安を語らう中、一人肩身を狭くしていたスカーが全員に話を切り出す。


「ちょっと。あたしの癖を枕詞にして話を始めるのやめてくれない?」


 スカーの提案に、四人は呆れたようなまなざしを返す。そして情勢や最近の市場などの話をしていると、木の床をドスドスと踏み鳴らして、五人分の料理を運んできた大柄な中年女性が現れた。


「そりゃあアンタ、日ごろの行いさねクロス・リッパー」

「あー、マグリット姐さんまで言うの?」

「ちっとは反省するんだね。ほらよ! 火原牛(ひげんぎゅう)の岩塩ステーキ、ほうれん草のクレモナパスタ、サザン鶏のグリルと焼き野菜、ポテトポタージュと緑葉サラダ、それとサザン卵のオムライスだよ!」


 大柄な女店主マグリット。この石炉亭の名物店主であり、多くの冒険者の胃袋をつかむ冒険者の母とまで言われるコック長である。そして、マグリットの横には、コック長以上の体格を持っていながら、どこかおどおどした様子の料理人と、給仕服にリボンを結んだ姿で料理を運んできた若い女性が料理を持って付き添っていた。


「スカーさん、今日のお、オレのミディアムステーキ、ぜひ味わってくれ」

「ポテトポタージュとサラダはシルヴィさんですね、そしてレギーナさんにはオムライスです!」


――

岩塩ステーキ(ミディアム):スカー

クレモナパスタ:エリオ

サザン鶏グリルと焼き野菜:ジーン

ポタージュとサラダ:シルヴィ

オムライス:レギーナ

――


「たんと食べな! 残したら倍額取るよ!」


 マグリットの掛け声を合図に、五人の冒険者たちは豪華な昼食を食べることとなった。マグリットたちは店員の女性の「ごゆっくり~」を合図にまたドスドスと厨房へ戻っていき、五人は食事を楽しみつつ、また気になる話題について意見を交換していた。


「そういえば、スミスクラウン商会の製品展示会の話聞いたか?」


 こんがりと焦げ目の付いた焼き野菜を食べながら、ジーンがそんな話を切り出す。そしていち早く反応したのは、オムライスを食べて満足げな表情をしていたレギーナだった。


「それならヴェスパー家として招待状を受け取っていますわ。お父様とお母様は行くつもりはないみたいですので、わたくしだけでも見に行こうと思っていますの」


 レギーナ・コルセット・ヴェスパー……冒険者である彼女は、岩塩の輸出業でエリュ・トリの経済を担うヴェスパー家の娘の一人である。貴族らしい立ち居振る舞いを窮屈に感じて冒険者になった反面、スカーとは因縁浅からぬ仲(主に被害者として)であり、現在は冒険者としての経験をヴェスパー家に共有する役目を負っている。


「今年はスミスクラウン商会もかなり多くの人物に招待を送っているとのことで、他の商会や職人組合からは、何か大きな発表があるのではないかと噂されていますわよ」

「スミスクラウン商会は、エリュ・トリにとって冒険者装備の中核だな。そこがこれだけ騒ぐというのも、風向きがいいのか悪いのか」


 パスタを食べる手を止めて、黒紫の外套の冒険者エリオは不穏を口にする、しかしエリオの懸念もつかの間、そんな空気をレギーナが振り払うように話を続ける。


「エリオの心配は杞憂だと思いますわ。招待状は金の箔押し、それに封蝋は当主のスラック・スミスクラウンにのみ許された『交差する鎚と蝋燭の火の刻印』でしたもの。いつもなら商会の刻印で簡素に済ませるところを、わざわざそんな大げさな物にするのですから、少なくとも喜ばしい事が起きたと考えるのが妥当だと思いません?」

「ほーお? そんなに気合入ってるのか? なら冒険者として、その展示会とやらにぜひ出向いてみたいもんだな、特にスカー」

「んむ?」


 レギーナの説明に興味をそそられたジーンが、口に肉を頬張って、ほぼ食事に夢中になっていたスカーに声をかける。


「お前、そんだけ服を剥ぐのが趣味なら、そういう装備品について興味があるんじゃないか?」

「ないわ」


 ジーンのイタズラめいた話に、スカーは全く表情を変えずに即答した。


「人が身に着けてない装備なんて布だし革だし鉄よ。剥ぐことが出来ないんならそれはただの飾り。私を服フェチか何かだと思ってるんならそれは間違いよ」

「お前ほんとえげつないぐらいはっきりしてんな」


 スカーのバッサリと切り捨てたような意見に、ジーン始め全員が苦笑いを浮かべていた。そして、そんな会話が彼女たちのテーブルで繰り広げられていると気が付いた一人の女性が、スカー達のテーブルに近づいてきた。


「もしかして、あなたがクロス・リッパーですか?」

「ん?」


 五人が座るテーブルに近づいて話しかけてきたのは、凛々しく整った顔をした二十代頃に見える女性だった。


 しかし何より目を引いたのは、深く鮮やかで、輝きを蓄えた藍色の瞳と、カラスの濡れ羽色とも言える深く黒い長髪。


 異質な雰囲気を放つ彼女に、五人は食事をする手が一瞬止まった。

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