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第2話 ヴェスパーの娘、ギルドの新風

 二人で二切れのサンドイッチを食べながら、繁華街の平和を眺める。それはジーンとレギーナ、どちらにとっても別々の意味で感慨深い光景であり、それぞれが違う道で歩んできてこの景色を実現した光景でもある。


 ぼんやりと眺めていたジーンだったが、その景色に写るエリュ・トリの名物を見てふとレギーナに質問をする。


「なあ、俺はお前がこうして冒険者になるまで、このエリュ・トリの岩塩商って言う立場にあまり興味がなかったんだ。改めて聞きたいんだが、岩塩商のヴェスパー家ってのはどういう家なんだ?」

「何ですの急に……? ジーンから急にそんな神妙な質問が飛んでくるだなんて、真面目過ぎて偽物を疑うんですが?」

「うっせ、ただの興味本位だよ。答えたくねえんなら別に構わんさ」


 自分が煽った話とは言え、ジーンが柄にもない様子で聞いてきた事。それも、自分の家系の事について聞いてきたと言うのは、レギーナにとっては歩み寄りのようにも思えた。そして、自分がエリュ・トリで名の知れた名家の人間であることも、同時に身につまされた。


――ヴェスパー家。石の町エリュ・トリの創建に際して、採石場から豊富に採れた岩塩に目を付けて、上質な岩塩資源を確保、販売したのが始まり。その後町で岩塩が普及して、質の良さから他の国に輸出。エリュ・トリの経済と交易の要となりました。


 それから事業は拡大していき、岩塩の商売の独占化への危惧と、ひと家系だけでは商業をまとめられないからという理由で、塩商協同組合を設立、採石から岩塩の採掘に乗り換えたストラヴィス家や、輸出・加工・開発・研究の商社……岩塩による経済圏は独占から協同化に切り替わり、その強い決定権を持った家系――


「……という感じですわ」


 エリュ・トリを囲む連峰は、採石の宝庫であると同時に岩塩資源の金脈でもあった。海を凝縮したような量の岩塩ともささやかれるそれらは、採掘量も生成速度も速く、この小国の経済を賄うには十分な資源だった。そんなエリュ・トリにおいて、岩塩が発祥となった文化は多い。料理はその典型例で、二人が眺めている屋台市の3分の2は、ヴェスパー家が切り開いた道から得られる岩塩を用いた料理の店である。


「塩商に目を付けた我が家の先見の明は素晴らしいです。それと同時に協業に切り替えた事もわたくしは尊敬しています。この豊富な資源を独占するとなれば、手に余る事は想像に難くありませんから。我が家ではそれらの歴史を最初に学びます。そして自分たちが務めている物の下に貴重な労働者がいる事を教え込まれます。ですから……」


 レギーナは、そこで一瞬口を結ぶ。


「……ですから、以前のスミスクラウンでの、あの男の勝手な物言いは、到底許せませんでしたの」

「……」


――ヴェスパー家のお嬢さんにはわからない事だと思うぜ。何せあんたもアダマント側だ、その下に労働者がいるんだ。自分たちの商売のために下の人間を使う立場なんだからな――


 それは、装備職人スミスクラウンの失墜を目論んだ一人の男の言葉だった。周りを利用する事を考え続けて、その中で倒錯的に自分の価値を見出だそうとして、凶行に走った。そんな利己主義と、自分が生まれた家とを同一視するというのは、レギーナには腹立たしい事だというのはすぐに理解できる。


 自分が始めた話しからのレギーナの憤りに、ジーンは人生の先輩として何か慰めでも言ってやろうかと思っていたが、かたや名家でかたや冒険者稼業。その立場の差に、かけられる言葉が見つからなかった。その優柔不断な態度がレギーナにも伝わっていたようで、ようやく絞り出した格言を言おうとジーンが顔を横に向けると、レギーナはニヤニヤと煽るような笑みを浮かべていた。


「そんなに長々と考えないと、若い子のフォローも出来ないようじゃ、いかに先陣の英雄と言えども説得力がありませんわね」

「おまっ……! 可愛くねえなぁヴェスパー家のご令嬢さんよ、少しは年上を見習えっての」

「でしたら見習う程の人徳をわたくしに見せてからにしてくださいな。ちゃんと返してくださいますわよね? さっきの100ミネルは」


 父親と娘ほどの年の差を持つ二人の言い合い。お互いが冒険者として一定の敬意を示す中で、それでもこうして目線を合わせて話すことは、ジーンにとってもレギーナにとっても、ちょっとした安心であることはお互いの心の内だけの話だ。



 少しの昔話を添えて、食事を終えたジーンとレギーナは、午後の仕事を探すために冒険者ギルドに向かう。だが既にギルド内部は人だかりができており、二人は少し出遅れたかと顔をしかめたが、その冒険者ギルドロビーの様子は、普段の依頼で賑わうそれとは違う雰囲気だった。


「やったなお前! ついに冒険者になれたじゃねえか!」

「おめでとう! ねぇ、早速一緒に依頼受けましょうよ!」

「師匠! これからよろしくお願いします!」


 ギルドロビーでの普段とは違う歓声。それは、今回新しく登用されることになった新人の冒険者達の門出を祝う喜びの慌ただしさだった。


「そう言えば、スカーとシルヴィが言ってましたわね、新人の冒険者が何人か入ってくると言う話」

「ほう、まぁ冒険を志すのは良いことだ。そいつらが狩猟とか依頼の解決で食っていけるように俺たちがまも」


 ジーンが先輩風を感じさせる言葉を言おうとした時、そんな和やかな歓迎ムードの中に一石を投じる、甲高い叫び声が響いた。




「この冒険者オーデクス・ブレイザーは、エリュ・トリの新たな英雄になる男だっ!!」




 少年らしい叫び声がギルドにこだまして、ロビー左側のテーブルに立ち上がって剣を掲げる少年は、そんな大言壮語を叫んで笑っていた。茶色の髪をバンダナで持ち上げて、子どもなりにしっかりした軽装鎧を来た彼は、そのひと声で全員の注目を集めた。周りは呆れていたが、すぐにその少年に机から降りるよう説得をしていた。入口側でそんな少年のセリフを聞いていたレギーナは、興味深いとも面倒くさいとも取れる微妙な表情を浮かべて、対するジーンはその少年に生温かい目線を送っていた。


「おうおう、なかなか活きの良いのが入ってきたな。こりゃ冒険者ギルドも安泰だよ」

「冗談はよしてくださいまし。あんな礼儀もなってない子どもが入るなんて他の冒険者にも失礼ですわ」

「へぇ、自分が入ってきた時の事は水に流すってのかい?」

「そっ……」


 ジーンの一言でレギーナは押し黙り、その結果先ほどから嫌と言うほど耳に飛び込んでくる少年の言葉は、より鮮明に聞こえるようになってしまう。




「隣の国はオレ達に勝てなかった! つまりアイツらは大したヤツらじゃなかったんだ! だから、オレもあの紛争に加われば、そんなヘナチョコの奴らなんか一万人やってきたって倒してやるよ!」




 少年の、何も知らないと言った言葉に、周りは説得を諦めて肩をすくめるしかなかった。その一方で、ジーンとレギーナのすぐ側にいた冒険者たちは、ぼんやりと立っている“先陣の英雄”達に気が付き、手を合わせて何度も何度も頭を下げていた。だが二人とも、少年の世間知らずを気にすることはなく、こっそりと頭を下げ続ける周りの冒険者たちに顔を上げろと諭した。そして有頂天で笑っていた少年の前をそろそろと通り過ぎ、ロビーから新しい依頼を引き受けて、ジーンとレギーナはそれぞれの仕事の方面へと分かれていった。

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