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第1話 拘留、五日間

 世界樹の都、それは【アルヴィス・ニレド】と呼ばれるこの世界において最も広大な面積を持つ大国。


 そこに属する八つの小国の一つ【エリュ・トリ】石の国であり、岩塩の産出国でもあるこの国に、今日もまた昼の時間が訪れようとしていた。




「きゃぁぁぁぁっ!!!」




 日の暖かさがそろそろいい頃合いになる昼前、昼食を求める労働者や市民たちの喧噪に、女性の悲鳴が溶け込み響き渡る。そして声のする方へ、複数人の治安担当の冒険者が駆け付ける。


「おい! クロス・リッパー! これで今月何回目だ!」

「えっと…六回目?」

「冷静に答えてるんじゃねえよ、連行だ連行」


 冒険者、スカー・トレット・フレスベルグ。悲鳴の震源で、スカーは女性の服を丁寧に畳んだ状態で手元に抱えていた。そして彼女の足元には、涙目で下着姿を衆目にさらされているお菓子屋の女性。小国エリュ・トリにとっての日常は、今日も日常のまま始まった。




「死刑」

「まって! 何も言ってない!!」


 エリュ・トリ冒険者ギルド地下、犯罪や迷惑行為によって連行された者を勾留するための処罰牢で、ギルド団長のカゴ・ウェイトレードが、牢の中のスカーと対話をする。


「お前なぁ……これ以上つける薬はないんだからいい加減落ち着いてくれないか?」

「何度も言ってるけど、それはカゴがあたしに戦技を教えてくれたのが原因でしょ?」

「戦技を追い剥ぎに活用するんじゃねえって言ってるんだよ」


 カゴとスカーの関係は数年と言った短い付き合いではない。スカーが未開拓の森で少女時代に拾われた時から、この親子のような関係は続いており、スカーが戦う力を得た時から、彼女の悪癖は始まっている。こうして逮捕されるのも、回数を数えている市民が一人もいない程に、すっかり日常になってしまっている。


「それと、今回は特に意味もなくお菓子屋の店員の服を脱がした。依頼や治安維持に関わらない風紀違反は厳粛に対処するため、勾留期間は五日で決定する」

「えー何で今回はそんなに長いのよ! いつもならその日のうちには出してくれるのに! ケチ! 大男! 頑固もの!」

「絶妙にダメージの少ない悪口で責めるんじゃねえ。とにかくこれから五日間、しっかり反省するんだな」

「ああっ! ちょっと! カゴっ!!」


 かくして『クロス・リッパー』スカー・トレット・フレスベルグは、平和と冒険と緊張のエリュ・トリで、五日間の牢屋暮らしを強いられる事となり、エリュ・トリは有名人不在の日常をすすめる事になった。




「さて……アイツが五日出てこないんなら、俺は俺で仕事をこなすとしますかね」


 冒険者ギルドロビー。多くの冒険者が行き交うこの場所で、男は仲間の勾留期間を聞いて手持無沙汰になっていた。


 ジーン・デニー・ムスタング。スカーと同じく冒険者ギルドの冒険者で、エリュ・トリに於いてはスカーと並ぶ紛争の英雄。そしてスカーの保護者。


 しかし、当の相方は少し長い拘留を受ける事となり、その間は一人で動く必要がある。その事実を頭にいれたジーンは、退屈そうに席を立ちギルドを後にした。




 エリュ・トリ中央部【トリ・セントレ】昼の活気は言わずもがな、最近は露天商も減って屋台市や小道具の店が増えてきた。ジーンにとって、仕事の合間の食事は自分との戦いだった。腹の空き、次の仕事の体力消費、食べやすさ……考える事は多く、そして選択肢は少ない。そんな中で本当に迷ったときはいつも【石炉亭】に向かうのが定番だ。だが今日は少し二の足を踏む。なぜなら今日行けば、十中八九あの店の剛腕店長であるマグリットに、スカーの事を根掘り葉掘り聞かされることだろう。そうなれば、平穏な食事など望むべくもない。


「腹は……半分か。サザンスモークチキンのサンドイッチとかねえかなぁ」


 ジーンは一人、のんびりと屋台市を歩く。冒険者ギルドの外れから繁華街である噴水の広場までの道、それこそが通称屋台市で、冒険者のみならず周りの労働者の食事を提供する食欲に溢れた道である。そんな中を通っていると、ジーンはすぐに自分が目当てにしているものを見つけた。


「おっす兄ちゃん。サザンスモークチキンのサンドイッチ一つ」

「へい、少々おまちくだせえ」


 威勢のいい若者が岩塩プレートのコンロの下にかがみ、足元から煙をまとった鶏肉を取り出し、それをサンドイッチ分に四切れ。耳の取り除かれた食パンのようなそれにチキン、オニオン、葉物野菜、トマト、そして柑橘系の果汁を混ぜたドレッシング。それらを挟んで紙で挟み込むことで完成である。スモークの香りとドレッシングの鼻に抜ける香りが、さっきまでの穏やかだった食欲を一気に押し上げる。


「お待たせしました、450ミネルになります」

「はいよ、ちょっと待ってくれ……ん、50ミネルがねえな。まさか……足りないか?」


 ジーンは自分の小銭入れを開いて、100ミネル硬貨四枚を取り出したところはいいが、残りの50ミネルが出てこない。そして財布との格闘でやきもきしていると、コトッ……という音と共に、もう一つの100ミネル硬貨が支払い場に置かれた。急な恵みに感謝してやろうと隣を見ると、そこには勝手知ったる仲間の冒険者がいた。


「はぁ……まさか自分が買おうとしてる食事の代金も持っていない訳ではありませんわよね?」

「は、はは……そ、そんな分けねえじゃねえか。これぁフリだよフリ」


 ジーンが強がってそんなことを言ったが最後、彼女が置いた100ミネル硬貨はすぐさま元の持ち主の手元に収まり、そしてスタスタと去っていこうとする。

 

「そうですの。じゃあわたくしは何も払わなくてもよいという事ですわね」

「ごめんなさい嘘です500入ってると思ってましたマジで足りてませんよろしくお願いいたします」




「んー……スモークの香りも高く、ドレッシングとの相性もいいですわ」


 繁華街の噴水までやってくると、スカーは代金の一部を肩代わりした冒険者仲間、レギーナ・コルセット・ヴェスパーと合流し、噴水の縁で昼食を食べていた。だが先にサンドイッチの感想を口にしたのは、なぜかジーンが注文したはずの食事を一切れ持っているレギーナであった。


「なあレギーナちゃんよぉ、出してもらった事はケチ付けねえんだが、それにしても二切れの内の一切れを貰うってのは割りに合わねえと思うんだよなぁ?」

「言いますわね。懐事情も顧みずに放蕩的に食事を食べようとした人生の先輩に、言われる筋合いはありませんわ」

「だとしても、お前そもそも金には困ってねえだろ?なけなしの財産をはたいてオッサンが買ったサンドイッチ半分も奪いやがって……」

「わたくしの懐と分け前は、はむっ……別ですわ」


 まくしたてるようにそう言うレギーナは、ジーンの苦虫をかみつぶしたような顔を見てしたり顔を返す。金が足りないから買えなかったという事は事実であり、その分け前を貰おうというレギーナの言い分も、ごもっともだっただけに、ジーンには諦める以外の選択肢はなかった。


「へいへい、オッサンは若い子にゃかなわんよ」

「ふふっ、今度からはきちんと懐の中身を確認する事ですわね」

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