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第35話 依頼は完了

「ヴェストリー……」


「いまさら何を説教するのか知らねえが、俺はもう終わりだよ。あんたは教える相手を間違えた。そいつは勝手に自滅してあんたの元には何も残らない。それで解決だ。そうだろ?」


 へらへらと笑いながら話すガリンに、それでもなおスラックは悲痛な表情を崩さない。その表情を目にしたガリンは、目の前の男がそう言う事を言うつもりではないと気が付き始めた。


「ガリン・ヴェストリー。お前は確かに模造の能力に長けていた。だがそれ故にもったいなかったんだ。いくつもの製品を真似て、その中で生み出される新しい技術……スミスクラウンが最も大事にしている事だ。だからお前は、そう言う革新的なものに最も近づいていた。いくつもの製品をすぐに模造出来て、その技術そのものを仕事にできるのは、類まれな存在だ」


「だがお前は、それを発展させることはしなかった。安易に複製が出来る才能として、それ以上何も学ばずに日々を過ごしていた。俺が追放を決めたのは、秘密裏に模造品を販売した事ではなく、お前がこれ以上何も学ばなかった事だ」


 スラックの説教に、ガリンは予想外にも、落ち着いて耳を傾けていた。これまでの事を思えば反発の一つはしてもいいものだったが、牢の向こうの六人は、大男の諫言をそのまま耳にしていた。


 ガリンにも、その追放理由の自覚はわずかにあった。技術を身につけていく事を褒められ、数回で同じレベルの商品を作れる模造の能力を褒めらたことで、なんでも真似をすればいいという驕りが心にあった事を否定するつもりはなかった。そして、ひと息ついたスラックは、そのままガリンに話を続ける。


「ガリン・ヴェストリー。お前はこれから商会を危険にさらした罪で厳しい罰を受けるだろう。この商会での罰則に加えて、シャドウクロークのエリュ・トリへの被害の弁済もすることになるだろう。何年も牢から出られない可能性もある。しかしな……」


 スラックは少し考え、首を軽く横に振ってから、牢から背中を向けて出口に向かう。出ていく背中に自然と視線を映していたガリンは、そんなスラックの話の終わり方に納得がいかず、彼の背中が消えるかどうかを確かめるように牢に顔を近づけた。


「……なんだよ。そこまで言って終わりか? あぁ!? そんなのズルいだろ!? 言えよっ!! 言わねえのが罰だってのかっ!?」


 ガリンの訴えに、立ち止まったスラックはしばらく言葉を並べなかった。ガリンの顔を見ていた冒険者一行は、向こうで何を考えているのかわからないスラックの様子を、しばらく待った。


「……しかし、俺がお前を認めて引き入れたのは事実だ。だからこの事件には、俺にも責任がある。勝手を言うようで悪いが、もしお前が全ての責任を全うして、また俺の前に現れたら。そん時のお前は………」




また、俺の弟子だ。




「…あ」


「………う」


「あぁ…あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


「あぁぁぁぁぁぁぁっ………!!!!!」


 ガリンは、言葉が出なかった。


 ここまで、自分が何もかも裏切り続けて、犯罪に手を染めて、当てつけの様に敵対して、こんな大きな事件を起こしてなお、あの大男は、まだこんな自分の事を弟子と呼ぶ。しつこい位の責任感と、うっとおしい程の執着心と、見込んだ人間を見捨てないその強引さ。全てが自分の先を言っている人間。


 そんなスラックの言葉に、ガリンはもう涙を拭くことすら出来なかった。




「皆様、今回はお疲れさまでした」


 図らずも大騒動があった展示会も全て終わり、スミスクラウン家と同じテーブルで食事を囲んだ夜もあっという間に過ぎて、今は依頼完了の朝。スミスクラウン邸を後にする馬車に乗るという所で、シルクから感謝の言葉を貰う。


「今回は皆様をご招待した事、非常に有意義だったと思っています。我々もメイドでありこの屋敷を守る私兵として、これから一層研鑽を積んでまいります」

「まあ……そうね。頑張ってくれると、あたしも嬉しい……かなぁ?」


 別れの言葉とは思えないぎこちなさでスカーが返事をする。それというのも原因はスカーの足元にあり、


「スカー様。今度また一緒に手合わせいたしましょう、ねっ?」

「あーうん、そうだねぇ……アンクちゃんも強いもんねー、あははは……」


 スカーの懐には、メイド服姿のアンクがぴったりを寄り添っていた。その理由とは、先の襲撃での戦闘の息の合った戦いと、偽物のアーマーを剥いだ後のアフターケア。そして今回の事件解決までの推理、そう言ったいくつかのポイントが、アンクの心を灯したとのこと。いかにクロス・リッパーとは言っても、恋する女の子の事を無下にする事も出来ず。スカーは最後の最後で、なすがままにされるしかなくなったのだ。


 そして、そんな成すがまま状態になった人物は、もう一人いた。


「エリオ様。またスミスクラウン邸に来てください。依頼でも私用でもいいです」

「機会があればまた来たいが、俺にそんな暇はないと思うが?」

「それなら私が依頼を出します。暗号を決めておきましょう。そうすればエリオ様はどの依頼を選べばいいのか分かりますので」

「そう言うのは自分の仕事でやってくれないか? その方が役に立つこともあるだろう?」


 メイド姿のエルリンは、エリオと程よく距離を保ったままグイグイと詰め寄ってくる。エリオがやたらと近づくことを良しとしない事を完全に理解したうえで、エルリンはそのギリギリのラインでエリオにあれこれと聞いているのだ。


「ねえシルヴィ、エリオってあんなに人から好かれる男でしたっけ?」

「ああ見えて、あいつは人たらしなのよ。尤も本人は誰にもなびかないから、あいつの周りはストーカーだらけなのよね……」

「…………」


 さもありなん。レギーナの顔にはそんな表情だけが漂っていた。


 そんなやり取りを見ていたスラックとピアーは、少し困ったように笑って見せる。そして一同へ見送りの挨拶を交わす。


「ふふっ、メイドたちに気にいられるなんて、素敵な人徳ですね」

「ピアー。今回はありがとうね。おかげで楽しい依頼になったわ」

「こちらこそ。大変お世話になりました。あと、私の市街地での出来事は、ぜひ忘れてくださいね」

「ええ、記憶に刻んでおくわ」

「忘れてくださいね」

「ええ、心に刻み付けておくわ」

「忘れてくださいね?」


 清々しい顔で信念を曲げないスカーと、笑顔を絶やさずに忠告を繰り返すピアー。そんな攻防を傍らに置いて、スラックからも全員に感謝の言葉を伝える。


「今回はありがとう。俺の未熟のせいでこんな事件に発展しちまって、申し訳なかったよ」

「いいって事よスラックさん。何があっても俺たちゃぁ冒険者だ。必要とあれば知恵も力も貸してやるさ」

「頼もしい限りだなジーンさん」


 空にたゆたう天球の光がまぶしくなり始めて、馬車の準備が完了した頃、運転席にいたトラウザーズさんが全員に声をかける。


「それでは皆様、そろそろ出発いたします故、お乗りくださいませ」


 その掛け声で全員が馬車に乗り、各々が手を振る準備をした。そしてムチが跳ねる音で馬は動き出し、あの時とは違うゆっくりとした速度でスミスクラウン邸を離れていった。メイドたちとスミスクラウン家、そして冒険者たちは、道を進んでお互いが見えなくなるまで、どこまでも手を振って分かれていった。


「さて皆さま。座席を空けたクローゼットをご覧くださいませ」


 手を振っての別れが住んですぐ、馬車を操っていたトラウザーズさんは冒険者に言葉をかけた。全員がその言葉に従い、座席の上蓋を開けると、中から様々な武器や防具が出てきた。


「これ……しなりでは最高級クラスの木材の弓……うわっ、弦も植物織りの最高品」

「このレイピア……しなりと剛性のバランスが完璧ですわ! それに柄のサイズがわたくしの手と完全にフィットしています」

「すげえな、このガンナイフ、ナイフブレードの留め具は四点の合金ネジ留め、俺の純鉄の三点止めとは安定性も耐久力もケタ違いだ……待てよ、このライフリング加工……俺の使ってるやつと全く同じ? いや手彫りで……いったいどうやって?」


「それらは今回のために、我が職人とスラック様本人が直接設計・製造されたものです。今回の依頼料の一部としてお使いいただければと申しておりました」


 シルヴィの木製弓、エリオのロッド、レギーナのレイピア、そしてジーンのガンナイフ。これまで各々が愛着を持って使っていた商品のワンランク上の装備を提供され、それぞれがテンションを上げる。しかし、スカーだけは新しい装備が入っている様子はなかった。


「って、スカー? お前は新しいダガーは無かったのか?」

「ん? あぁ、私は実はないのよ。というか、今使ってる戦闘用ダガーの修理と加工だけよ」


 そう言ってスカーは自分の鞘から二振りのダガーを取り出す。


 研磨されて、より強靭な刃となった刀身。そして最も目立つのは、峰に施されているモザイク加工だった。


「こんなモザイク加工ありましたっけ?」

「ううん、なかったわよ? これはあの実験品と同じ、エナジー吸着用のエングレーブ(飾り模様)だから、ほら、文字になってるでしょう?」


 全員がスカーの言葉でそのすりガラスの様な模様をのぞき込む。そして鼻息が当たる程近くで見て、それが文字だとようやくわかった。


「おいおい、この距離で見ても判読できるか分かんねえものが、あの実験品についてたってのかよ」

「まあね。それであたしは報酬として、これを頼んでおいたの。みんなと合流する前にね」

「スカー、それならできればもっと早く合流してほしかったんだが」

「いやいや、まさかあんなに不利になってるとは思ってなかったというか……」


 そこからの道中は、そんな二日間の思い出であっという間に過ぎていった。そして昼を過ぎた頃にはエリュ・トリ冒険者ギルドにたどり着き、スカーたち五人の暮らしは、色々な土産物を得て日常に戻っていった。




「ってことはあれか? 結局はお前のさじ加減であのメイドの子を剥くこともできたってのか?」


 事件が終わり、いつもの石炉亭で五人が昼食を取りながら、スカーはあの事件を振り返る。


「まぁね。エナジーで出来た衣服だって身体で理解できれば、脱がせるのは難しくないわ。けど、それで出鼻をくじいても良くないでしょ? せっかくのスミスクラウンの逸品だもの。楽しむんならタイミングを考えないと」

「そんな澄んだ顔で言われても……」

「1ミリもその意見に同意できませんわ」

「クロス・リッパーの深慮を読み取るのは、俺たちにはまだ早いようだな」


「えっ、何よその反応。これでも結構我慢したのよ?」


 四人の反応に不満げな顔を見せるスカーだったが、そんな彼女の前に、ズシリと重いブーツの音を鳴らして、カゴ団長がやってきた。


「スカー。スミスクラウンで随分とおいたをしたそうじゃないか」

「…………なんの、事かしら」


 カゴの詰問を背中に受けて、素知らぬフリをして背中を向けるスカー。すました顔で自分のステーキを食べているが、その頬には冷や汗が一雫垂れていた。そして、


「連れて行け」


うっす……!


 カゴの一声で、周りにいた男二人がスカーの腕を取り、そのまま足がつかない高さまで持ち上げてギルドまで連行する。


「ち、ちょっとっ! まだ食べてる途中なんだけどっ!? 降ろし……離してっ! あたしの! あたしのステ〜キ〜〜〜〜…………!!」


 スカーが確保された石炉亭は、穏やかで静かな時を過ごした。そしてスカーは、スミスクラウンでの二件の追い剥ぎを立件され、そこから三日間、ギルドの処罰牢で過ごすこととなった。


 スミスクラウンを取り巻く事件は、こうして幕を閉じて、これからも冒険者たちは依頼をこなし、武器や防具を買って生きていく。


 ガリン・ヴェストリーの起こした出来事による弊害は、時間とともに落ち着くことだろう。そして全ての贖罪が終わった時、彼は何処に足を向けるのか……その行方は、スミスクラウンの鉄冠の輝きだけが知ることだろう。

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