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第33話 勝利か、それとも……

ザッ……


「さて、アダマント卿?」

「ひいっ!?」

「駄々っ子をしてるところ申し訳ないのですが、あなたにいくつか……そう『いくつか』聞きたいことがありますの。ちょっと、ご同行願えますでしょうか?」




 スミスクラウン商会市街地。その最も出入り口に近い場所に、身なりのいい六人が悠々と歩いていた。冒険者、商人、この場所に多くいるそんな者たちとは違う、高貴を見せびらかすような姿。その中央に一人、余裕の笑いで周りを見渡す男がいる。


(まったくバカな成り上がり野郎だ。あの逃げるしか能のないアダマントに随行してたら間違いなく捕まるだろう。そんなマヌケが理由で俺たちの……ここまで育て上げたシャドウクロークを潰してたまるかよ)


 展示会の初日、アダマントからガリンと呼ばれていた男は、自分の勝ちを確信していた。その勝利の条件はシンプルで「この商会を正面切って出ていく」こと。この六人が、こうやって堂々と城門から去り、盗んで身に着けているレザーアーマーを着たままエリュ・トリに逃げ切る。


 誰もこの男たちが盗賊だとは気づいていない。場違いな貴族に扮したことで関わり合いにならないように市民は距離を取る。もはや、この六人を邪魔するものはない。


(これで、シャドウクロークは完成する。もうクロス・リッパーを恐ることもなくなり、わざわざどこぞの工房にヘコヘコする必要もない。独自の商圏を作れる上にあいつが作った販路もある。俺たちを不自由から解放できる。それが、この数十メートルの距離に……)


 一歩


 一歩


 また、一歩


 目的を達成する時の時間の長さを噛み締めながら、男たちは出口を目指す。そして、ついにガリンの足が城門を越え




「ガリン・ヴェストリー!」




…………




 足半分、あと足半分が届けば終わりという所で、男は自分に覚えのある名前を背中に受けて、足を止めた。


 女性の声、周囲の人間の沈黙とざわめき、そしてすぐ後にどよめき、ささやき声、それまで勝利で起きていた震えが、心臓の早鐘と共に、真逆の感情で汚染されていく。口が震える。声が枯れる。


 心の中に、一気にうねりが舞い込んだ男は、そのまま逃げるほど心の残量が残っていなかった。


「薄情じゃないの。名前を騙って、しかも黙って古巣を出ていくなんて。もうちょっと挨拶くらいしてもよかったんじゃないかしら?」


 突如、男に湧き上がる怒り。それは首を後ろに振る程度の力を男に供給した。そして、動かなかった口は一周回って冷静に、その会話を続けることを選んだ。


「……なんだ、お前? 私を呼んだのか?」


 あくまで自分のことではない素振りで、男は振り返る。視線の先には、腕を組んで不敵な笑みを浮かべる、あのクロス・リッパーが仁王立ちでそこにいた。


「あら、あなたがそうだと思ったのなら、そうなんじゃない? 少なくとも、あなたは自分と関わりがある名前を無視できるほど、心に余裕を持ってるとは思えないわね」


 この女と会話をすると、心臓を握りつぶされてる感覚になって反吐が出る。


 そんな言葉を口元から飲み込んだ男。その一挙一動が、完全にスカーのペースの中にあった。


 それもそのはず、スカーは最初から男の神経を逆撫でするつもりで会話していた。名前は男が隠したい過去を、古巣は戻りたくない歴史を、心の陽動はこの場から逃げられない束縛を突き付ける。


 スカーは、ここまでの道すがらで、男を……ガリン・ヴェストリーをこの城門から逃さないための戦略を組み立てて、実践していた。


「あんたが誰かもわかったところで、その身につけているスミスクラウンの盗品を返してもらえるかしら?」

「何を言ってるんだ? 俺が盗品を身に着けてる? いきなり現れて何をバカなことを言ってるんだ? 何の証拠があってそんな事を?」


 スカーはその言葉を待ってたかのように、手を口元に添えて笑っていた。


「その言葉が出る時点で、あなたは二つのミスを犯してるのよ」

「ミス? ミスとは……なんだ?」

「いい加減ごまかすのも疲れるんじゃないの? まあそこまでしらを切るなら言うけれど」


 スカーは困ったような顔をしつつも、ガリンが気づいていないことを説明する。


「まずは一つ目。あんたはいま身に着けているレザーアーマーに施された仕組みを理解できていないと言うこと。そのアーマーを観察していればそれは気がつけたことよ」

「仕組み……?」


 ガリンはそれ以上の言葉を口にできなかった。迂闊にその続きを催促する事自体が計画を水の泡にしてしまう。だが同時にガリンはその仕組みが気になっていたのだ。


「そして二つ目。その装備の構造に気が付いていないという事は、あたしたちがどうしてここに居るかもわかっていないという事よ」

「……どういう」


 ガリンは疑問を口にし始めていた。スカーからの指摘に、その理由を聞かずにはいられなくなっていたのだ。


 これ以上、奴の話を聞いていては疑問が湧いてくる。だが聞かずに去ろうとすれば、後ろめたさが奴らにバレてしまう。


 ガリンは自分の状況にいらだっていた。それは、アダマントに知恵を与えた「偽物のアーマーを選ばせるための不自由な選択」を、まさに今この場所で自分がさせられているからだ。


 いやそれよりも酷い。どちらを選んでも、自分がガリン・ヴェストリーであって、なおかつアーマーを盗んだ人物であるとバレてしまうからだ。そしてガリンが心の中で葛藤をしていると、その場に一人の大男が現れた。


「ヴェストリー」

「……スラック…………スミスクラウン……」


 自分の宿敵、自分の恨みの矛先、そして自分を認めていた師匠。ガリンは、スカーが言っていたように、この瞬間に精神を削り切っていた。自分を良いように使った人間がそこにいる。自分の能力を認めてくれた奴がそこにいる。その二つの感情が、ガリンの心に異常な反作用を起こしていた。そして、感情がぐちゃぐちゃになったガリンに、スカーが最後の宣告をする。


「ガリン・ヴェストリー。そしてシャドウクロークの団長。これでもう終わりよ。あんたがしてきた事、この師匠の……スラックが聞いたらどう思うでしょうね」


「……るせえよ」


「ん?」

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