第27話 不信の煙
「……ぶっはっはっは!!! なんという事だ! まさかこの大一番で失敗とは! ぎゃっはははは!!! スミスクラウンも所詮は見掛け倒しと言う事じゃな! あっはははははは!」
会場の空気にそぐわない、愉快をこらえきれない男の笑い声が響き渡る。アダマントは、腹を抱えて膝を叩きながら、今起きた状況を痛烈に楽しんでいた。
「なんという事じゃ! ふふ……あれ程までに自信をもっておったそれが、くくっ……実は全く役に立たん! それを隠して商売をするなぞ、っはははは……おかしくてたまらんわい!」
アダマントは、完全に悪者として笑っていた。そこにいた招待客にとって、アダマントの笑いとは不快極まりないものであったが、それでも今の一撃が生んだ光景は、その不快感とは別に、スミスクラウンの信頼に亀裂を生じさせるには十分だった。
「はぁー楽しんだわい。やはり実験品とは未完成品、わざわざ展示するほどの代物ではなか……っ!!」
さんざん煽り倒したアダマントは、ようやく笑いから閉じていた目を開き、あたりの反応をうかがう。しかしアダマントがその視線に映したのは、恐ろしい程の光景だった。
殺意
アダマントと完全に視線が交錯したスカーの目は、この場で塵も残さず殺したいという、途方もなく深い殺意の感じられるものだった。目線が合った以上、ここで更に煽ったら、次は間違いなく命がない。そんな予感が頭をよぎる程の鮮烈な視線。アダマントは、そのまま笑っていた方がよかったと思うほどに硬直し、今まで何ともなかった背中に、滝ほどの汗が滲むのを感じた。
「あんた、人を利用しておいて、まさか笑って済まそうなんて思ってないわよね」
スカーの一言一言が、アダマントの心臓を揺さぶる。そしてスカーは、腰のダガーに手を掛けつつ獲物を捕らえる猫のように詰め寄る。死を悟ってその場から凍り付いたように立ち尽くしていた彼だが、幸か不幸かその場でしりもちをついたことで、背中を見せて這いつくばりながら惨めに逃げ出す事に成功した。スカーは足を鳴らして詰め寄ろうとしたが、少しの理性が彼女を止めて、それ以上追いかける事はしなかった。
「……ふぅ」
気持ちを落ち着けるように胸で息を吸い込んで、長く吐き出す。そして心と顔を落ち着けてからすぐ、アンクに駆け寄った。
「……アンクちゃん!」
エリオのローブに身を包んで、肌を隠すことが出来たアンクは、駆け寄ってくるスカーの、今までと変わらない顔を見て安心したような笑顔を見せる。そしてスカーも、アンクがそんな顔を見せたことでようやく顔から険しさが抜けた。
「しかし、一体どうなってんだ? 装備を変えた途端にスカーの技が通用するなんてよぉ」
そう言って、ジーンはアンクの足元に転がっていたレザーアーマーを眺める。彼のこの言葉に、周囲の招待客と展示会の関係者たちは別々の反応を示した。
冒険者たちの、特に盗賊の襲撃を直接経験したメンバーは、この事態に冷静に分析していた。先の襲撃で乱戦になった事もあり、盗賊がその間に何かをしたとしても不思議ではないからだ。
「あの盗賊の襲撃で盗まれた商品は存在していません。それにこのレザーアーマーも全く同じものが飾られていました」
「その前提なら、このアーマーはスカーの攻撃に耐える事が出来なかったと見るのも自然な事ね。ただやはり、あの盗賊と無関係とは思えないわ」
そして商談を嬉々として進めていた招待客は、今の一件を鑑みて進展していた取引に及び腰になる。完全なご破算まではいかないにしても、今起きた出来事はやはりそれまでとは違う結果であり、その影響は大きい。また、それまで見世物として見ていた他の客もまた、この結果に厳しい視線を向ける事となった。
「スラックさん、この商談、一旦保留にしても構いませんか?即決とはいかないまでも、この技術の援助という形で……」
「こちらは取り下げにするよ。またこの技術が安定した時にはうちも誠実に対応するという事で……」
「申し訳ない、それについては俺たちも十分に検証をしてだな……」
中でも、これまでずっと装備について解説をしていたピアーは、その足で駆けまわりながら客人一人ひとりに頭を下げて回っていた。
「すみません、今後はこのような事態が起こらないように厳粛に……」
急激に疲労の色が見えたピアーに、ジーンやエリオは心配を吐露する。今回、あの実験品の商会を頻繁に行っていた彼女が、今は一番責任を感じているだろう。
「どうする、このままじゃ娘さんもぶっ倒れちまう」
「だが、俺達には今の状況を検証しようがない。それがあるとすれば……」
そう言ってエリオが見据えたのは、涙をこぼしていたアンクに寄り添うスカーの姿だった。エリオのローブを着た状態で、非常口の近くでアンクの側についてあげているスカー、その近くには、やはりあのレザーアーマーが添え置かれている。
「アンクちゃん、もう大丈夫?」
「はい……わ、私もここのメイドの一人ですから……ちょっとびっくりしたけど、エリオ様もスカー様も、優しくしてくださりましたので」
「気にしないで。この償いはちゃんとさせてもらうから」
次第にアンクが落ち着きを取り戻し、笑顔にも自然さが出てきたことで、スカーは彼女の頭をポンとひと撫でしてから、会場の群衆に足を戻した。そしてすぐに、誰にも聞こえる声で宣言をする。
「……この実験品のレザーアーマーは、偽物の品よ」
スカーの一声は会場中に響き、その言葉で足を止めたピアーが、すぐにスカーの持っていたアーマーまで駆け寄る。
「スカーさん、本当なのですか?」
「気になるのなら、あなたが調べてちょうだい。あなたはこれの真贋を見分ける事が出来るんでしょう?」
スカーからの問いに、ピアーは真剣な表情でゆっくりと頷いた。そしてスカーは手元のアーマーを『上下をさかさまにして』ピアーに手渡した。
受け取った彼女は、しばらくそのアーマーの各所を見まわして、1分もしない内に結論を出した。
「皆さん、このレザーアーマーは、スミスクラウンが作成した者とは別の者です。これは精巧な偽物であると、設計責任者のピアー・スミスクラウンが証言します」
ピアーはそう宣言して、すぐにスカーの方を向いて事を進める。それは、飾ってある他の実験品の検証である。ピアーは残っていた冒険者用ジャケットとフルメタルプレートアーマーを鑑定し、それらが本物であることを確認したうえで、スカーに検証してもらう事にした。さすがにアンクには任せられないという事で、メイドとしての監督官でもあるシルク、そして男性向けの装備については執事のトラウザーズが代わりに装備を着る事で実証する事となる。
「じゃあ、本気で……っ!!」
アトラクションの時と同じ、一筋の線が絡み合うようなスカーの瞬足で、展示場を揺らす風が吹いたのち、シルクとトラウザーズを見ると、二人とも装備を剥がされることなくそこに立っている。スカーは出入り口付近まで移動しており、その手には何も持たず、ただ指でオーケーのハンドサインをしていた。
非常事態が起きたという事で、招待客を一旦客室でおもてなしするという事で、メイドたちが集まり、客人を二階の来客者のスペースまで案内した。そしてスミスクラウンと冒険者の合計七人になったところで、この不可解な事態を究明する。
「とりあえず悪評は落ち着いたけれど、謎は多いわね」
スカーがそう話を切り出すと、全員で今起きている不可解な事態をまとめた。




