第23話 警備任務
『シャドウクローク』
あの時、ギルド会議で上がったその集団と思しき名前。これまで足取りすらつかめていなかったそれが、こうした場面を見逃すとは思えない。
「オーケー、盗賊についてはギルドとも利害が一致してるし。ここで尻尾を掴めば、まとめて解決できるわ」
「スカーは相変わらず楽観的ですわね。それが出来ていないから苦労していますのに」
「まあまあレギーナちゃんよ。これがクロス・リッパーって女だ。そろそろ慣れろって」
「皆様、本日は来場とともに、スミスクラウンの催しへの尽力、大変感謝いたします」
少しして、シルク、ニット、エルリン、そしてスラックとピアーが集合し、シルクから冒険者へ、主人の挨拶が代弁される。
「さて、現在時刻は影の時五時、今はスミスクラウンの職員のうち、腕に立つものが守衛をしていますが、六時から翌明けの五時までは施錠のみになります。そしてその間の警備を、皆様がた冒険者と……」
そこまで言って、シルクは背中に忍ばせていたレイピアを身体の前に構えた。同時にニットは両手にグローブを、エルリンは左手に手甲をセットした。
「我々、スミスクラウン私兵……計九人で行いたいと思います」
シルクの発言とメイド達の出で立ちに、スラックは口の角を少し吊り上げた。
「ちょっと待ってくれ」
そして、シルクの言葉を聞いたエリオが早速質問をする。
「我々は五人で、そちらは三人だ、九人と言うのならもう一人はどこに?」
「あぁ、それなら彼女です」
シルクは、展示場中央の鎧のトルソーを手で案内する。最初は何もないかのように静かに佇んでいたが、それらのトルソーがガタガタと動き始めて、中から少女が姿を現した。
「こ、こんばんは……アトラクションではお世話になりました」
そこにいたのは、シルク達と同じ清廉なメイド服に身を包んだアンクだった。
だが、それよりも冒険者の目は彼女の持っていた得物に集中していた。
長柄のトールハンマー
140センチそこそこの小柄な表情の手には、成人男性の背丈ほどもある柄を持った戦鎚が握られていた。先端の鎚はもちろん、その柄までもが鈍色に光るそれを、アンクは掃除用のほうきのように持ち運んでいたのだ。
「あ、あの……お客様担当メイド、アンク。ただいま配置に着きました、はい」
アンクがシルク達のそばに歩いて来ると、軽やかな足取りとは裏からの、地を揺らす重厚な足音が響く。
足元を見ると、彼女のブーツは戦鎚の輝きと同じ鈍色の金属フレームに覆われた具足のようなブーツだった。隣に立つスラックのそれとも比べられるほど重厚なブーツが、アンクの足元を固めていたのだ。
「と言うわけで、皆様と共にいらっしゃったアンクにもこの警戒に加わっていただきますわ」
「アンクちゃん……そんな物騒な戦闘スタイルだったのね……」
「こりゃあ、ウチの冒険者の三分の二ぐらいはこの子一人でどうにかなりそうだな?」
片手で戦鎚を支えながら首を傾げるアンクに、冒険者達は末恐ろしいものを感じた。
「さて、六時から翌五時までの11時間、さすがにノンストップでの警戒は、いざという時の対処が遅れるかもしれません。ですのでふたつのグループに分かれて、前半と後半で警備をしようと思います」
顔ぶれが揃った所で、スラックとピアーは挨拶をして部屋を後にする。そして残った九人はこれからの警備体制について話し合う。
「でしたらふたつ提案を。メイド……いえ、私兵の皆さんを最低一名配備いただけますか? 屋敷の構造に明るい人間は必須かと思いますので。それと、深夜から翌明けにかけてが最も隙が出来やすい時間と推測します。均等に分けるのなら後半を五人体制にするのはいかがでしょうか」
「ありがとうございますレギーナ様。我々もその意見には同意いたします。他に何か提案がある方はいらっしゃいますか?」
「俺はオーケーだ。それでメンバー分けだが、俺とエリオは分割して配備すべきだな。俺たちゃ範囲制圧の専門だから、偏っても良いこたぁねえよ」
「それならオレからも。俺は凍結の性質だから足止めを得意とする、エルリンの武器は暗器だろう? 露見状態で敵対した時には俺がサポートになるだろう」
「わたくしは、今回はエリオと組んだほうが良さそうですわね。水の付与ならお任せください」
「そうなると、私とスカーはどうなるか……」
「すごい……あっという間に戦略を組み立て始めた。シルク様みたい!」
「これが、紛争を勝ち残った冒険者……なんですか」
「そうでしょうね。ニット、エルリン、アンク。せっかくだからここは胸を借りるつもりで、みなさんの全力を存分に発揮なさい」
こうして、三十分足らずの短い時間で、警備を行うふたつの組は決定した。そして前半組は展示室に残り、後半組はひとまずスカー達の寝室で待機することとなった。
――
→前半(影の時6:00〜翌明の時0:00)
エリオ、レギーナ
エルリン、ニット
後半(明の時0:00~5:00)
スカー、ジーン、シルヴィ
シルク、アンク
――
警備が開始されて、現在は影の時11時。四人は不規則に会場内の各所を歩き、警戒を強めていた。
このグループでは、事前に会場内を四つに区分して、与えられた区分の中を、互いに支援可能な距離を保ちながら不規則に巡回する作戦を実行していた。
法則性のない移動で、侵入の最適化を阻害し、お互いが対応できる支援距離を保ち続けることで、一対一、一対多のような状態を減らすことを想定している。
(人間の温度に対してなら、少しだが熱感知も使える。包括的な警戒は俺が担当しよう)
エリオは、常に他の攻撃手段を使える状態を保ちながら、ほんの僅かな水エナジーを操作して、この室内に熱を探知するフィールドを作り、その変動に気を配る。
「エリオ、疲れたら無理はなさらないでくださいまし」
「疲れるほどの消費はしないつもりだ。エルリンやニットさんも大丈夫か?」
「私は呼び捨てなんですね……いいですけど。私たちは元々私兵として雇われていますから、このくらいの警戒は日常の内です」
「そうそう、お料理だけじゃない所を見せないと」
エルリンもニットも、未だに余裕の顔でエリオに返答する。レギーナなどは言わずもがなだ。
「お疲れ様です。さすがに六時間連続はお疲れでしょう。後半の我々はいつでも準備ができていますので、0時までの時間で交代をしていきましょう」
レギーナとエリオが身を案じてすぐ、シルクが会場にやってきて、交代の時間を伝える。シルクの後ろには後半のメンバーが揃っており、入り口の警戒を固めていた。
「どうやら異常なかったみたいね。ここからはあたし達が担当するから、四人はゆっくり休んでなさい」
「……」
「どうしたの? エリオ?」
スカーが交代を促した時、エリオは真面目なスカーの顔を見つめる。その真剣な表情にスカーは声を掛けるがひとしきり顔を見つめていたエリオが口を開いた。
「スカー、まさか偽物とかじゃないよな?」
「エリオねぇ……警戒心は認めるけれどあたしはスカー本人よ。なんならここでメイドの一人でも剥いて証明してやりましょうか?」
スカーのその一言で、エリオは確信した。これはスカー本人だと。
証明の方法がメイドを剥くである事はともかく、その提案をした時に明らかに口元が楽しさで笑っているのは、少々の悪党にはできないスカーならではの反応だ。
「すまなかった。これで交代だな」
「……何よ、なんか潔くて気味が悪いんだけど。ねえ、いま何を考えたのよ、ねえ、ねぇっ……!」
――
前半(影の時6:00〜翌明の時0:00)
エリオ、レギーナ
エルリン、ニット
→後半(明の時0:00〜5:00)
スカー、ジーン、シルヴィ
シルク、アンク
――
前半組との交代も終了して、展示場には五人が配備された。この五人は配置場所を予め設定しており、シルクとシルヴィが出入り口の警備、スカーとジーンは場内で待機、そしてアンクはトルソーがあった場所で戦鎚を構えて臨戦状態で待っていた。
「あの、この場所で大丈夫なんですか?」
会場的にはど真ん中、出入り口への対応は遅れやすい場所。そしてこの展示場で最も重要な場所でもある実験品の装備をアンクに任せる。この提案はスカーとジーンによるものだった。アンクのそんな心配を聞いて、暢気に展示を見ながら警備をしていたジーンが返事をする。
「ああ、心配しなさんなって。アンクちゃんの所に突っ込むやつは三人以内で押さえられるし、お前さんも戦えるんだろう?」
「それは……そうですが」
ジーンの気楽な答えはアンクの心配を軽くする事にはならず、ジーンとスカーの緊張感の無さに、思わずメイドの上司であるシルクを見つめる。
「そんなに緊張しない事ですよアンク。こう見えても立派な冒険者の皆さまですし、先日はその腕前も見せていただいています」
シルクのそんな言葉に、スカーはバツの悪そうな顔をして、ジーンとシルヴィは冷め切った目で「ああ、やったんだな」とばかりの目線を送った。
アンクはと言うと、自分の同僚であり、先日の被害者でもあるカーデからその話は聞いており、シルクの言葉が意味する所が何かを理解して、スカーへの警戒心と共に、上長のシルクにそう言わしめる能力を信じる事にした。
深夜帯の警戒も、明の時の一時手前となり、何の音もない周囲は、退屈なものとなっていた。
「いやぁ、余りおしゃべりにかまけてもいられないから、退屈が極まるわね」
「だからってここのメイドを剥くんじゃねえぞ?」
「するわけ無いでしょ。プロとしてそこの分別は付いてるわよ。剥くんならもっと気が抜けた時に、なおかつ安心しきった時に突然羞恥にさらされて恥じらうのが」
「静かになさい、クロス・リッパー」
冒険者一同の、どうにも緊張感に染まりきらない会話に、シルクは僅かに口元を押さえ、アンクはどこを見れば良いのかと顔をキョロキョロさせていた。
「まあ良いじゃない。一応警戒はしてるし、前半の様子を聞くにこのまま何もなく」
そうスカーが普段通りの暢気なセリフを口にする明の時一時、静まりきった鍛冶師のねぐらに「コツ……」という誰のものでもない足音が響き。
警備の『始まり』を告げた。




