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第2話 クロス・リッパー

「スィンツーの堅水術を食らえぇっ!!」


 男の手に漂っていた水のガラス玉が、男の覇気と共にスカーに向けて射出された。投石並みの速さで向かうその水がスカーに触れる間際、




 スカーは、身を翻して、逆さまで宙を舞っていた。




「なっ!?」




 水の塊はスカーのいた場所を通り過ぎて、向こうの街道の土をえぐる。そしてスカーは宙返りのような状態から一回転して、男の目と鼻の先に着地した。それと同時に、男と顔を見合わせて、これ以上ない笑顔を浮かべて男に向かった。




「あっ、逃げてっ!」




 直後、フレアが声を発して男は自分が置かれている状況をようやく理解する。そしてそのままスカーに殴りかかろうとしたとき、かすかなつむじ風と共にスカーは男を通り過ぎていた。




「は……?」




 そして、風が収まると共に、その場にいた全員がようやく状況を理解できるようになった。




 男の装備は、さっきスカーが宙返りした高さと同じくらいの高さに舞い上がって、男の身体から、まるで脱ぎ捨てたように空を舞っていた。


 男はようやく自分の身体が下着一丁になっていることに気づき、状況に対してあまりにも遅い反応でうろたえ始めた。




「お、オレの法服っ……いや剣も腕輪もっ!? なんで!?」


「ははっ、遅いおそい。戦場で脱がされたことに気が付けなかったら、相手を倒すどころか自分の命すら守れないんじゃないかしら?」


 いたずらっぽく笑うスカーの手には、男が身に着けていたであろう装飾の施された腕輪が握られていた。そしてスカーはそれを身ぐるみは剝がされた男に放り投げた。男はこの一瞬で何が起きたかを察知して、すぐさま周囲に散らばった自分の装備を拾い集めて、その場から逃げるように去っていった。




「お、女ぁ! お前覚えてろよ! 国に帰ったらオレのぶ、部下が黙ってないからな!」


「お、おいラワン! 俺を置いてくなよぉ!」




 ほぼ全裸の男がエリュ・トリから離れるように逃げていくと、付き添いの太った男もそれについていくように町の入り口から去っていった。


 そして騒動が落ち着いたことを確認したスカーは、再び呑気にパンを一口つまんで、やれやれとでも言いたそうに朝の静けさを楽しんでいた。


「フレア、ケガはなかった?」


「あ、はい、ありがとうございます。いつもいつも……」


 スカーに声をかけられたフレアは、申し訳なさそうにスカーに頭を下げる。いつもいつも……とフレアが言うように、フレアがこうして騒動に巻き込まれる事は一回や二回ではない。


「ここはスィンツーとの国境側の出入り口だからね。そんでスィンツーにはこっちの国を下に見ている人間も少なくない。それで言うならフレアがこの場所にお店を構えることのほうがあたしはびっくりよ」


「あはは……私一人でお店を出すには他の場所だと資金が足りなかったので、一番安いところを探したらここになっちゃいました」




――世界樹の都と呼ばれる国がある。この世界はほぼ平面で構成されており、六角環状の巨大な大陸と、その中央に果ての見えない巨大な樹がそびえる。六角環状の大陸には、それぞれ巨大な六つの国が存在し、そのうちの一つが【世界樹の都】だ。




 スカーやフレアがいるのは、世界樹の都の中でも、六国の一つ【スィンツー】との国境地帯に位置するエリュ・トリという小国。隣国との境界という事もあって、スィンツーとの争いもあり、世界樹の都という大陸国において、エリュ・トリという場所は一種の緩衝地帯となっている。――




「そんなに困ってるなら、私が住み込みでボディーガードでもしてあげようか? 私なら同性だしギルドメンバーだからいざとなっ」


「いえ、遠慮させていただきます」


 スカーがフレアに何かを提案しようとしたとき、フレアはその提案を遮って、顔に笑顔を張り付けたまま丁重にお断りを入れた。


 一方断られたスカーはというと、高まっていた気分に水を差された事で、あからさまに眉をひそめた。しかし


「つれないなぁ……せっかく助けてあげたのに、もうちょっとサービスよくしてもいいと思うんだけどなー」


 スカーが拗ねたように言うと、フレアはすぐにハッとして、スカーから距離をとろうと足元を騒がせた。スカーは、顔こそ不満気だがフレアの警戒にも特に態度を変えることはない。二人の間には、生暖かい風が吹いていた。


「そ、それはもちろん感謝してます。もしよければもう一つパンを持って帰ってもらってもいいので、それで、どうにか解決でいいですか?」


「それもいいけど……」


「まっ、待ってください! もういいでしょう! もう何回助けていただいたかわからないですし、その度に、その…とにかくパンはいくつかお分けしますからもう……」


 フレアが焦りを見せながらもテーブルのパンをいくつか見繕ってスカーに渡そうとした刹那、さっきの騒動の時と同じ、かすかなつむじ風がヒュイと吹いて、スカーはフレアの背中側に瞬間的に移動していた。


 そして、フレアが自分の身体を見下ろす頃には、すでに自分の身体を守るロングスカートやエプロンは自分の身から剝がされていた。




「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」




 自分の状況を理解したフレアは下着だけになった自分の身体を隠すようにその場にしゃがみ込み、周りに響き渡るほどの叫び声をあげた。


「す、スカーさん!! やりましたね! またやりましたねっ!」


「へへ、やっぱり剥くんならフレアみたいな可愛い女の子じゃないとね。男の装備を剝いだところで何にも面白いことは起きないし」


「だからって、これで何回目だと思ってるんですか! いい加減にしてください! クロス・リッパーさん!」


 涙目になったフレアの叫びがこだまして、二人の前には別の冒険者が数人やってくる。


 彼らは「スカーから報告を受けて無法者を追いかけに来た」と言い、剥かれたフレアと、フレアの服を丁寧に畳んで持っていたスカーを確認する。


 そしてそこからの流れはまるで“日常”のように淡泊で、スカーがひきつった笑顔を見せたと思ったら、スカーは手錠で連行されて、フレアの服はフレア自身に返されていた。




 スカー・トレット・フレスヴェルグ……エリュ・トリの冒険者ギルドの実力者。そして彼女には特徴がある。それは、周囲の人間の……特にかわいい女性の服を瞬く間に剥ぐという迷惑な悪癖である。


 そしてこのことはエリュ・トリの人間なら須らく知っており、そんな彼女はいつしかクロス・リッパー(服を剥ぐもの)と呼ばれるようになった。

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