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第4章 再文脈化装置(RCS)


それは、ただの記録装置ではなかった。


 正式名称、Re-Contextualization System(再文脈化装置)。

 略してRCS。

 和泉進が5年前から密かに研究を続けてきた、“語られた言葉の意味場”を動的に復元する実験機だった。


 仕組みはこうだ。


 人間の音声データ、表情筋の微細な動き、過去の発話履歴、社会文脈の交差点──

 これらを同時に収集し、AIが“話者が意図したであろう意味”を関係の座標として再構築する。


 文章ではなく、意味の“場”として視覚化される。

 たとえば、「ありがとう」という一語にも、


照れ隠しのニュアンス


申し訳なさの陰影


立場逆転の冗談まで、


 コンテキストの層が幾重にも示される。


 「言葉に戻さないことがポイントなんです」

 和泉は、岡本理沙に向かってそう語った。


 「この社会は“意味を再翻訳しようとする”たびに、誤解を生む。

 言語が壊れた今、語られた意味を“再び語ろう”とするのは逆効果だ。

 私たちは、“語りの空気”を再生しなきゃならない」


 初期テストは、ある録音ファイルで行われた。


 7年前、和泉が大学で学生に語った卒業メッセージ。


「どうか、“わからなさ”を恐れずに進んでほしい。

 世界は、説明より前に存在している。」


 今の若者たちは、この文を「わかりにくい」「具体性がない」と切り捨てる。


 だが、RCSにこの音声をかけると、意味の空間マップが立ち上がった。


 そこには、「励まし」「不安の共有」「価値観の尊重」など、

 和泉がかつて思っていた以上に多層的な意図と感情が浮かび上がった。


 「言葉じゃなかったんだ……」

 岡本はそのビジュアルを見て、呆然とした。


 「意味って、音や文字じゃなかった。

 あのときの空気だった。先生の“表情の揺れ”だったんだ……」


 だが、希望は一時だった。


 翌日、和泉の研究室に行政執行官が現れた。

 理由は一つ──


「本技術は、個人の“内的意図”をAIが推定するという点で、

国家の情報秩序と衝突する可能性があります」


 つまり、RCSは「言葉の背後にある“語られていない意味”」を可視化するがゆえに、

 制度的に“曖昧なままにしておくべき部分”を暴いてしまうというのだ。


 岡本は怒った。


 「じゃあ、“意味”を取り戻すことが秩序を壊すとでも?」


 行政官は静かに言った。


 「秩序とは、“解釈の自由を残さないこと”で成り立っているのです」


 研究室が封鎖される直前、和泉はRCSのデータを暗号化し、

 小さなチップに保存した。


 岡本が受け取ったそのチップには、和泉からの一文だけが添えられていた。


「語る力が消えても、意味は残る。

  語りたい者が、それを再起動する限り。」


 その夜、岡本は誰もいない自宅のリビングで、

 RCSを使い、自分の過去の発話を再解析した。


 「……でも、私がそんなことを言えば、責任を問われるから」


 あの言葉の背後に、彼女が込めていたもの──

 誰かを傷つけたくなかった、不安だった、でも伝えたかった──

 そうした意味の断片が、静かに浮かび上がっていた。


 「私たちは、まだ語れる」

 彼女はチップを手に、呟いた。


 「言葉の外で、まだ──語れる」

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