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地上のエインヘリヤル

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは、もう来年の進路とか考えているのかい? やはり進学だろうかね?

 特に強い希望がない限り、高校や大学は出ていたほうがいいという考えは、いまなお強いといえよう。学んだ成果も大切だが、そのようなコミュニティに属して本分をまっとうできる証も重要かもしれないね。

 学校で学ぶことがどこで役立つか分からないが、集団に属し続けていくことそのものは社会人になってからも変わらない。和を乱さずに働くことができるかの、ひとつの証明はコミュニティの卒業にある。


 集団の中で新しい風にあたり続ける。

 大事なことと目されながら、怖さも伴うような、勇気ある行いだと思う。自分の色を感じ始めるようになる、大人になってくるとなおさらね。

 そのぶん、自分をまだよく知らない子供であったなら、恐れも少なく飛び込める。その経験が、あとあとで生きていくのかもしれないね。

 集団にまざる特殊なものの例、来てみないかい?


 私もこーちゃんくらいのときに、進路の話はあったものだ。

 私は前々より、行きたい学校が決まっていたからね。それを伝えて、素直に目標へ向けまい進するのみだった。

 同級の友達たちにも、いくらか希望を聞いて回る。進学以外には家業を継ぐっていう人が多かったかな。地元柄かもしれない。

 その中にあって、堂々と胸を張って宣言する子がいた。


「俺は将来、ヴァルハラへ行ってエインヘリヤルになりたい」


 バカか、こいつと思った。

 神話に親しみあるこーちゃんならもう知っていると思うが、ヴァルハラといえば死後の選ばれた戦士たちが集うとされる場所。エインヘリヤルといえば、その死せる戦士たちのことを指し、来たるラグナロクに備えて果てなき鍛錬に臨むのだという。

 そりゃあ、これがバイキングとかの文化に生きる戦士であれば、死後のヴァルハラ行きは最高の名誉とされていたと聞く。戦う者なら、むしろ堂々と宣言すべきものだろうさ。

 しかしここは現代日本。

 フィクションはまりすぎのドン・キホーテといい勝負だ。いや、それ以上かもしれない。

 なにせ戦いは身近になく、何をもって戦士となるのかすら不明だ。せいぜいスポーツが競い合いの場であろうが、命をやりとりする古代の戦に比べたら、不足している感が否めない。

 その子は剣道をたしなんでいたし、ちらりと見る稽古の様子もまあまあ厳しいとは思うが、それでヴァルハラを持ち出すのは時代なり場所なりを錯誤している。

 まあ、本人の熱が入っているうちは、そっとしておいてやるのがいいか……と表向きは彼の目標を尊重していたよ。


 その彼なんだが、冬場の寒い時期はどうも体調を崩しやすかった。

 いわく、冷気というのは死の雰囲気なのだという。体を縮こまらせて、そのまま活動を止めさせる誘い。いわば、ヴァルハラへの招待状なのだとか。


 ――いやいや、戦って逝かないとダメなんじゃないのか、ヴァルハラって。寒さに凍えておっちぬとか、どちらかというと選ばれない死者として、ヘル行きなんじゃあ?


 そんなことを考えながらも、その日はたまたま部活の終わりが彼と重なり、一緒に帰る準備を進めていた私。

 彼はというと、日課だからと帰る前に早素振り100本をこなすと告げてきて、竹刀を手に弾むような足さばきで、どんどんと本数を重ねていく。

 下校時刻間近で、夏場より時間が早くなっているとはいえ、もたもたしているとどんどんあたりが暗くなっていくだろう。

 すでに空にはちらほら星が見え始め、彼の素振りの本数を数えながらも「そろそろ帰ろうぜ~」と急かそうかと思い出したとき。


 チカ、チカ、チカと強く3回。

 空が輝いて、思わず「ん」と見上げてしまった。

 いまの光であり得るとしたら雷のそれ。しかし星が出ている空には、雲の断片もまともに確認できず、どこにいかずちをもたらす元があるのだろうか。

 けれど、驚くのはまだ早かった。

 ぱっと顔を戻したとき、素振りをしていた彼の姿がなくなっていたのだからね。

 彼は私のすぐ前の地面で、早素振りをしていた。土はおおいにぬかるんでいて、軽く踏んだだけでも表面には足跡がありありと残る。四方のどこへ向かおうとも、判断がつく状態だった。


 それが、ない。

 彼は素振りをした形跡のみを、その場に深々と残して消えてしまっている。

 ついあたりを見回す私の頭上で、またチカ、チカ、チカときた。

 あらためてみる暗がりの空。星に詳しくない私だが、ほどなく頭上でマイナス等級並みに強く輝く星のひとつを認める。

 チカ、チカと今度は二回。まともに見ていると、目をくらまされそうだ。でも同時に、先ほどまでの光は、こいつが放っているらしいともわかったよ。

 しかも、光を放つたびに明るさはどんどん増していく。

 それは強くなっているというよりも、はっきりとこちらへ近づいて来るように思われて……。


 その星が、突然大きく右へぶれた。

 見間違いかと目を凝らすうちに、もう一度、さらに一度。

 どんどん押し出される星は、かち合わされた火打ち石のように、そこかしこへ明かりを飛ばすとともに、本体が暗く、そして小さくなっていくんだ。

 何度目かのぶれで、ついに星の明かりがすっかりなくなってしまった直後。

 正面の体育館をはさんで裏手側から、重量物が落ちたらしい音と衝撃が伝わってきたんだ。我に返った私は、あわてて体育館をまわりこんで現場へ急ぐ。


 彼がいた。

 陥没し、すり鉢状になった地面の真ん中へかがみこむような形で、だ。

 その全身は、夏真っ盛りを思わせるような日焼け具合。先ほど素振りをしていたときの、白めな肌とは真反対だ。

 しばし固まっていた彼だが、やがてゆっくり体を起こして私を見ると、にっこり笑った。


「緊急の呼び出しだった。半人前だから、ちょっとした用事を任されただけなんだけどね。

 一人前になるには、この地上での課程も修了しないといけない。守るべきもののことを知らないと、守り手になることはできない、とね」


 彼の「呼び出し」とやらを見たのは、それが最初で最後だ。卒業後は会っていないし、誰も連絡がつかない。

 だが、もしあいつのいうところの、ヴァルハラのエインヘリヤルとなったなら、またあの空のどこかで働いているのだろうな。

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