初恋の子が家に来た
「はあ、まじかよ。なんであいつ勉強やめちまったんだよ。」
目の前が真っ白になる。心にぽっかりと大きな穴が開いたようだ。
(でも、あいつもあいつなりの何か事情があるんだろな。)
俺はさっきとは逆の方向の電車に乗り、自分のアパートへと帰って行く。
「ふう、よし。もう切り替えよう、俺は俺、あいつはあいつ。別々の人間なんだから。」
俺はそういって鍵を出しドアを開ける。俺が入ろうとしたその瞬間、
「お邪魔します。」
どこからともなくフードを深くかぶった背の低い女性が俺が入るより先に入っていった。
「え、ちょっ。」
俺はあまりにも急な出来事なので、驚くことしかできなかった。
「誰ですか、勝手に人の家に入んないでください。」
「え、分かんない。私だよ、高科だよ高科凛。」
俺は意味が分からなかった。まず凛とはそこまで仲もいいわけでもない。連絡先すら交換していないほどに距離は遠かった。ただ俺がずっと一方的に好意を抱いていただけで別に一緒に遊んだりすることなど一切なかった。
「へ、高科。なんで、なんでお前が俺の家に来るんだよ。まずどうして俺の家の場所を知っているんだ。」
「知らなかったし。ただ付いてきただけ。なんかあんた私が無職の人生オワコン野郎って言った瞬間なんか顔色変わって見せ飛び出していったじゃん。それでちょっと気になってついてきただけ。あとついでに今日泊まれる場所も確保したかったし。」
「気になってついてきたって別にお前と俺そんなに距離近くねえだろ。あと泊まれる場所って言っても俺の家はベッド一個しかないし二人で寝れねえぞ。」
俺は内心ついてきてくれたのがうれしくもあったが同時にあまり気にしてほしくないという思いもあった。
「別にいいじゃん。二人で一つのベッドで寝れば。」
「あのなあ、お前俺らはもう二十歳なんだよそんなことできるわけないだろ。」
「え、でもそこまで距離近くないんでしょ私たち、なら別にいいじゃん。」
「いやそういうことじゃないんだよ。」
(まあそうか、確かにこいつこういうところは鈍いんだよなあ。)
俺はもうこの話題を終わらせたくて話を変えることにした。
「ていうか気になってるのはこっちのほうだなんでお前大学行かなかったんだよ。」
「…嫌だったんだよ、もう誰かのために勉強するのが。」
高科は低くちいさい声で言った。
「知らなかったと思うけど私の家は先祖代々みんな医者なの、だから私の親も私に医者になってほしくて、でも私は医者よりミュージシャンにあこがれを持っていた。だから本当はもっと楽器とか音楽の勉強をしたかったのにうちの親はそんなの役に立たないからやめろって。私が反抗したら親に初めてぶたれて。だから私家出したの。でももちろんお金はないし、行く当てもないからフリーターしてそこらをうろついていたの。」
俺は今初めて高科がどんな思いで学生時代を過ごしてきたかを悟った。本当はもっと友達と一緒に遊びに行きたかっただろうでも家族の圧でいけない。だから学校が唯一安心して遊べる場所だったんだなとだからヤンチャをして怒られていたんだなと。
「そうなんだ、だからお前学校であんなふざけたことしてたんだな。」
「うん。」
俺は迷っていた。自分にできることなら助けたい、でも俺にそんな大きな責任をとれるのかと。
「そうか、じゃあ仕方ねえな。俺がお前の夢をサポートしてやるよ。」
なぜ迷う必要がある、自分の好きな子が困っているんだ、夢がある、そしてそれに本気で向き合おうとしているのにそれができない。そんなひどいことあってはならないはずじゃないか。
「え、本当!?」
そういうと高科は初めて目をぱっと見開いて表情にあの頃の輝きを取り戻した。
「ああ、お前にもお前なりの事情があるんだな。それは分かった、だからお前も努力はしろよ。しばらくなんも勉強してきてないからいろいろと忘れてんじゃねえのか。」
「うん、分かった。じゃあこれからお世話になるよ、私の生活も含めね。」
「任せろ俺がお前の生活も、ってお前の生活!?それはどういうことだよそんな約束した覚えないぞ。」
「言ったじゃんサポートするって。私今お金ないんだからしばらくこの家で暮らさせてもらいますよ。」
「いや無理だ出てけ、俺もそんなにお金に余裕があるわけではない、だから出ていけ。」
「ちっ、ついでに楽しようと思ったのに、じゃあ仕方ない私も働きますよ、バイトしかできないけど。」
「まあそんなんじゃ少ししか足しになんないけど、まあいいよじゃあここでしばらく面倒見てやるから。その代わり俺の家っていうことは忘れないこと、いいな。」
「ほいほーい。」
そんなこんなで俺と高科の長い長い勉強合宿が始まるのだった。