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夫42歳、妻23歳、娘7歳(7)

 数年前のゼセール王国の内戦のきっかけとなったシステラ族が処刑から免れたのは、キシュアス王国の助けがあったらしい。

 キシュアス王国は、どこかでシステラ族と通じていたのだ。

 だから逆にシステラ族はあの修道院から二人を連れ出したのだろう。オネルヴァの母親と義姉と。

「弱い者ほど、群れたがる……」

 イグナーツがそうポツリと呟いた。その言葉の真相はどこにあるのか。

 葡萄酒を用意したオネルヴァは、彼の隣に座った。

「キシュアスとシステラの件は、なんとか落ち着いた……。アルヴィド殿も、君によろしくと言っていた」

 あれ以降、アルヴィドとは顔を合わせることなく、彼はキシュアス王国へと戻っていった。

「そうですか。エルシーが残念がっておりました」

「まぁ、また会えるだろう。日取りが決まったからな」

「なんの、ですか?」

 オネルヴァが尋ねると、イグナーツは困ったように顔を背ける。だからオネルヴァは彼の顔をのぞき込み、じっと見つめる。それでもイグナーツは視線を逸らしたまま、困ったように口元をおさえていた。

「……だ……」

 何かを言葉にしたようだが、はっきりとその言葉は聞こえない。

「え、と。よく聞こえませんでした」

「俺たちの結婚式の日取りだ」

 乱暴に吐き捨てるかのように彼は口にしたが、それが照れ隠しであることを知っている。

「結婚式を? わたくしと旦那様が?」

「何もおかしくはないだろう? 俺たちが結婚式を挙げてはならないと?」

「い、いえ……」

 顔を真っ赤にしながらも、結婚式について口にするイグナーツはどこか可愛いとさえ感じる。

「その……驚いたのと、嬉しいのと……」

「嬉しいのか? 俺との結婚式が?」

 どちらかというと、嬉しいのはイグナーツのほうだろう。

「はい。嬉しいです。やはり、結婚式には憧れがありますから」

 オネルヴァはグラスに葡萄酒を注ぐと、それをイグナーツに手渡した。

「これは、ミラーンさんが持ってきてくださったものなのですが」

 オネルヴァの言葉でイグナーツも察するところがあったようだ。ふっと鼻で笑うと、葡萄酒の香りを堪能してから、グラスに口をつける。

「ミラーンが来たのか?」

「あ、はい」

 ミラーンはあのときのことを謝罪しに来た。

 まずは、ジナース酒蔵のレストランでの休憩中に、オネルヴァの飲み物にだけ睡眠薬をいれたこと。彼女に魔法が効かないだろうというのは、ミラーンもイグナーツから聞いて知っていた。

 誰にも知られずにオネルヴァだけあの場から連れ出すにはどうしたらいいか。

 ミラーンは他の客には眠りの魔法を使ったらしい。そしてオネルヴァも薬で眠らせ、システラ族の仲間がいる馬車へと彼女を運んだ。

 ミラーンがオネルヴァを連れてきたことで、システラ族はミラーンをより信用した。

 その後、彼らと共にあの場所へと向かい、オネルヴァを地下牢へと閉じ込めた。オネルヴァが乱暴されても、ミラーンは止めなかった。それが作戦のうちといえばそうなのだが、それでも彼の心の中には葛藤があったようだ。

 その話を聞いたのは今日。ある程度のあらましはイグナーツから聞いていたものの、こうやって直接話を聞くと、ミラーンの気持ちというのも伝わってきた。

 おそらく、あれが最善の方法だった。こちら側に負傷者が出なかったのも、なによりの証拠。

 とにかくミラーンは、葡萄酒と葡萄水を籠いっぱいにいれて、この屋敷を訪れた。そしてオネルヴァの姿を見るなり、床に膝をついて頭を下げて謝罪した。その頭も床につくほど深く。

「ミラーンさんにはいろいろと驚きましたけれども」

「君を巻き込んでしまったことを、悔やんでいるようだな」

「それって、旦那様がお怒りになったからではないですよね?」

「ん?」

 そう言った彼は、右目だけを大きく広げている。意味ありげなその顔に、これ以上を聞くのはやめようと思った。

「わたくしは、もっと旦那様を信じればよかったのですよね」

「そうだな。俺は、君がどこにいても必ず君を守る。だが、ミラーンは信じてはいけない。たまに、暴走するからな」

 彼はオネルヴァの左手の薬指に触れた。そこには彼との関係を示す指輪がはめられている。彼と身体を重ねた次の日。イグナーツがどこか照れくさそうにこの指輪をくれたのだ。そして、互いにその指にはめ合った。

 そのときに、彼は言った。

『君は魔法を無効化してしまうからな。君自身に魔法をかけることはできない。だから、こちらに魔法付与をしておいた』

『魔法付与?』

『君の居場所がすぐにわかるように。いや、この指輪がどこにあるのかがわかるような魔法だな。俺の指輪と対になっている』

 そのときはなんて答えたらいいかがわからなかったが、その指輪の魔法のおかげで今回の作戦はうまくいった。

 そこで、はたと思った。これではオネルヴァの居場所はイグナーツに筒抜けではないのだろうか。

 それを口にしたところ、夫婦とはそういうものなのだとイグナーツは言った。だから、それを信じるし、どこにいてもイグナーツが側にいてくれるような、そんな安心感に包まれる。

「それよりも……」

 オネルヴァは話題を変えた。

「葡萄酒の葡萄は、こちらの領地で作られているものと聞いたのですが」

「ああ。今度は、葡萄園にも連れていってあげよう。こちらでの仕事も落ち着いたから、そろそろ王都に戻らなくてはならないが」

「では、次にこちらに来たときの楽しみにします」

 オネルヴァもグラスに手を伸ばすが、彼女のグラスに入っているのは葡萄水である。

「君は、お酒は飲まないのか?」

「飲んだことがありません。だから、ちょっと怖いのです」

「そうか……」

 イグナーツがグラスの酒を大きく口に含む。そしてオネルヴァの顎をとらえ、そのまま口づける。

「……んっ」

 喉元を通り抜ける熱い液体。飲み干せなかった分が、口の端から溢れ首筋を流れていく。

「どうだ? 怖くはないだろう?」

 唇に舌を這わせている彼の姿に、背筋がぞくりとする。どこか艶めかしい。

「あ、はい。美味しいです。葡萄水よりも少しだけ刺激があるような感じがします」

「もう一口、飲んでみるか?」

「あっ……その……」

 彼がオネルヴァを求めているのをなんとなく感じた。そうやって求められるのも悪くはないのだが、恥ずかしい。

「君が答えてくれないなら、まずはこぼれた酒を拭きとったほうがいいな」

 そう言ってイグナーツは顔を寄せ、唇の脇をぺろりと舐める。

「ひゃっ」

「こことここにも零れている」

 そう言って首から胸元にかけて唇を落としていく。

「あぁ、すまない。やはりあのときのことを思い出したら、どうしても許せなくて……」

「ごめんなさい」

「君のことじゃない。君に触れた男のことだ」

 オネルヴァは優しくイグナーツの手首を掴む。

「イグナーツ様になら、いくらでも触れてもらってかまいません」

 その手を、胸元へと誘った。

「君は……。どこでそういうのを覚えてきたんだ」

「わたくしに閨事を教えてくださったのは、イグナーツ様です」

 イグナーツの表情が、ピシッと固まった。何か言いたそうに口を開くが、その言葉は出てこない。そのまま唇を噛みしめて、まっすぐにオネルヴァを見つめる。

「つまり、もう遠慮しなくていいということだな?」

 彼が何に対して遠慮をしていたのかはわからないが、オネルヴァは静かに頭を縦に振った。頭をあげた途端、抱きかかえられて寝台へと連れていかれた。

 互いの鼓動を感じ合いながら、抱きしめ合う。彼の熱を感じて、幸せをかみしめる。

 自然と涙がこぼれた。


 それから半年後。オネルヴァがイグナーツの元にきてから一年が経った頃。

 雲一つない青空の下で、二人は愛を誓い合った。

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