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妻を愛している夫と夫を気にする妻(3)

 リオノーラに案内され、庭園の奥へと進んでいく。オネルヴァの右手はしっかりとエルシーと握られたままである。

 案内された先にもいくつか小さなテーブルが並んでおり、女性や子どもたちが多くいた。

「アーシュラ王女様の誕生日パーティーと言ってもね、まだまだこちらにはいらっしゃらないのですよ」

 片目を瞑ってそう口にするリオノーラは、こういった場は詳しいのだろう。

 エルシーも不安なのか、じっとオネルヴァを見上げていた。もしかしたら、オネルヴァ自身も気づかぬうちに、顔が強張っていたのかもしれない。

「プレンバリ将軍が結婚されたと伺ってはおりましたが、なかなか公の場に来てくださらないから」

 オネルヴァは、リオノーラのその言葉に胸が苦しくなった。

 結婚したといっても、書類上の夫婦だ。まして、イグナーツの妻ではなく、エルシーの母親として求められている。いや、イグナーツの妻ではなく、彼の魔力の無効化役だ。

 だから、夫婦といってもリオノーラとレジナルドのような関係ではない。そう思うと、胸の奥が軋んだかのように痛む。

「それに、キシュアス王国からいらしたとなれば、私たちもいろいろとお話が聞きたいのよ」

 その話の内容がどういったものか。緊張で心臓がトクントクンと打ちつけている。

 そんなオネルヴァの気持ちを悟ったのか、エルシーが握っている手にきゅっと力を込めた。彼女が、「大丈夫」と励ましてくれるような、そんな感じがした。

「殿方なんて、こちらの事情のことなどまったくわからないでしょう? オネルヴァ様が、何か不便を感じているのではないかと、思っておりましたのよ」

 そこでリオノーラはパンパンと手を叩く。

「みなさん、新しいお友達を紹介しますわ」

 それぞれ歓談に耽っていた者たちの視線が一斉にこちらに向かった。この場には、女性しかいない。男性がいたとしても男の子と呼べるような、そんな年代の子たちばかりだ。

 リオノーラがその場を指揮って、そこにいた者たちを次々と紹介してくれた。

 他にも東と南の国境を守っている将軍の奥方たちである。そんななか、東の将軍夫人のシャーロットはオネルヴァよりも四つ年上で、子どもも男児でありながら七歳であった。

「おい」

 シャーロットの息子ジョザイアがエルシーに声をかける。

 オネルヴァはそれをハラハラとしながら見守っていた。するっとエルシーの手が解け、ジョザイアの側へと向かう。ジョザイアは満足そうに笑うと、エルシーの手を取って「こっちに面白いのがあるんだ」と、大人の輪から離れていく。

「大丈夫よ。ジョザイアはこの庭園も詳しいから。それにほら」

 シャーロットの言葉で周囲を見回すと、軍服を着ている者たちがちらほらと視界に入る。やはり、一国の王女の誕生パーティーというだけあって、警備に抜かりはないようだ。

 美味しいお茶とお菓子、それから些細な会話で時間をやり過ごす。

 何を言われるのかと身構えていたところではあったが、本当に他愛もないような内容が多かった。

 例えば、今飲んでいる茶葉について、そういったところから会話が広がっていく。あとは身に着けているドレスや装飾類など。

 適当に相打ちを打ちながら話を聞いていた。否定はしない、肯定もしない、自己主張もしない。

 ただ彼女たちは純粋に興味を持ち、その情報を仕入れたいのだろうという気持ちが伝わってきた。ここにいる人たちは、言葉の駆け引きではなく純粋に会話を楽しんでいるのだ。これが国柄の違いなのか人柄の違いであるのか、オネルヴァにはよくわからない。

「お母さま」

 子ども特有の甲高い声が聞こえると、そこにいた女性たちは皆、声の主に視線を向けた。誰もが「お母さま」と呼ばれるのに心当たりがあるのだろう。

「あら、ジョザイア。どうかしたの」

 声が呼んだ「お母さま」はシャーロットであった。

「エルシーがいなくなっちゃった」

 カシャン――。

 オネルヴァが手にしていたカップが滑り落ちると足元で割れた。こぼれたお茶は、地面に吸い込まれ、そこだけ色を変えていく。

 すぐさまメイドが駆けつけてその場を片づけてくれたが、オネルヴァの頭の中は真っ白になり、少しだけ呼吸が苦しくなる。

「オネルヴァ様?」

 リオノーラの声で我に返る。

「エルシーを探してまいります」

「エルシーいなくなったの、僕のせい……一緒に、かくれんぼしていたから……」

 ジョザイアはしゅんと肩を落としている。問い詰めたいところでもあったが、今はエルシーを探すのが先である。

「エルシーはどちらに?」

 逸る気持ちを落ち着かせ、ジョザイアから話を聞く。

 庭園は幾何学的な形を作りながら、子どもの背丈のあるほどの花木が立ち並ぶ。大人であれば遠くを見渡せるが、子どもであれば花木に紛れてしまうのも可能だ。

 ジョザイアから場所を聞き出したオネルヴァは、周囲が止めるのも聞かずに、その場を後にする。

 初めて訪れる場所。エルシーの目線であれば、先を見通すこともできずに不安になるだろう。

 ジョザイアが言うには、花のアーチによって飾りつけられた小路の先には噴水があり、その周辺で遊んでいたとのことだった。

 噴水には水がためられている。水の怖さは、オネルヴァ自身よくわかっている。幾度となく、そういうことをされていたからだ。

「エルシー?」

 探し人の名を呼ぶ。

 カサカサと草花が風によって擦れる音がする。人が集まっている場所からは離れてきたが、それでも風にのって声が流れてくる。

「エルシー?」

 ジョザイアが言っていた噴水が目の前に見えてきた。チョロチョロと水の流れる音が、聞こえてくる。

 噴水の前に辿り着くと、青い空からさんさんと太陽の光が降り注いでいた。その眩しさに思わず目を細くする。それでも鍔の大き目の帽子が日陰を作っているのが、せめてもの救いだった。

 空の明るさは噴水にも反射して、その存在を輝かせていた。

 カサリと、近くの花が音を立てる。

「お母さま?」

「エルシー」

 彼女は軍服姿の女性と手を繋いでいた。

「お母さま」

 女性の手をぱっと離したエルシーは、オネルヴァの元へ駆け寄ってきた。身を低くして、オネルヴァは彼女を抱きしめる。

「あぁ……エルシー。心配したのですよ」

「ごめんなさい、お母さま」

「あの……ありがとうございます」

 エルシーの側にいた女性軍人に向かって礼を口にした。

「どうやら、迷子になられたようでして。広い庭園ですからね」

「ジョザイアとかくれんぼしていたら、わからなくなっちゃった」

「あの、失礼ですが。奥様は……」

 エルシーと一緒にいた彼女はイグナーツの部下だった。イグナーツによく似た女の子がいたから、声をかけたと言う。

「あ。実は、閣下にも……」

 さらに、同僚に頼んでイグナーツに連絡をいれてもらっているらしい。それはエルシーを見失って心配しているだろうという配慮のためでもあった。

 そして彼女は、エルシーと共に会場へと戻るところであったと言う。

「本当に、ありがとうございます」

「子どもたちにとっては、遊び場のようなところですから」

 もしかしたら、彼女自身にもそういった思い出があるのかもしれない。

「あら? 閣下がこちらまでいらっしゃるのは、想定外でした。では、持ち場に戻らせていただきます」

 びしっと頭を下げた彼女は、足音が近づくよりも素早い動きで向こう側へと消えていく。

 響くブーツ音に振り返る。

「旦那様……」

「お父さま……」

 慌ててやってきたに違いない。人前では表情を崩さない彼が、呼吸を乱している。隣には、先ほどの女性と同じような軍服を着ている男性の姿もあった。

 イグナーツが幾言か言葉をかけると、彼はすっとその場を離れていく。

「君たちは……何をやっているんだ。あちらの会場にいたのではないのか?」

 低い声が、オネルヴァの身体の奥に突き刺さった。

 エルシーと共にいた以上、母親であるオネルヴァには彼女の行動に責任を持つ必要がある。

「申し訳……ございません」

 オネルヴァは消え入るような声で、頭を下げた。

「いや、謝ってもらいたいわけではない。ただ……心配をしたんだ」

 イグナーツの手が伸びてきた。

 オネルヴァはびくっと身体を強張らせ、エルシーと繋がれた手にも力が込められる。

 伸びてきた彼の手は宙で止まる。

 チロチロと噴水が先ほどから音を立てていた。


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