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妻を愛している夫と夫を気にする妻(1)

 オネルヴァが嫁いでから、苺の月、雷の月、赤の月と三か月が過ぎた。そろそろ厳しい暑さも落ち着く収穫の月へと入る。収穫の月は、その名の通り農作物の実りの月。

 厳しい暑さも和らぐため、過ごしやすい月だ。夜も長くなり、夜会なども頻繁に開催される。

 だが、この収穫の月はゼセール王が可愛がっている末の第一王女の誕生月でもあった。そのため、誕生日には昼間から夜半にかけて盛大なパーティーが開かれる。

 昼間の部の参加者は、関係者の子息が参加しやすいようにと開かれ、夜の部はもちろん大人の社交の場となる。

 イグナーツはこのパーティーについて、一か月以上も前から口にしていた。というのも、オネルヴァとエルシーも参加するためだ。二人のドレスをどうしたらいいものかと悩んだ結果、新しく仕立てることとなった。

 そうなれば、エルシーはオネルヴァとお揃いのドレスがいいと言い出し、オネルヴァも「そうですね」と微笑んでいる。

 そんな二人の様子を、イグナーツは複雑な気持ちで見つめていた。

 オネルヴァとは口づけを交わし、共に寝る間柄になった。ただそれだけであって、それ以上の関係はない。

 三か月もよく耐えていると、彼自身思っている。


「閣下……。具合が悪そうですが、訓練場に行かれますか?」

 ミラーンが遠慮がちに声をかけてきた。

 執務席に両肘をつき、組んだ手の上に額を押し付けていたその様子が、具合が悪そうに見えたのだろう。

「いや、大丈夫だ」

「ですよね。閣下の魔力、ここのところ、ずぅっと安定しているようですからね。って、顔がにやけてるじゃないですか」

 顔をあげて目の前のミラーンを見た途端、彼は一歩引いた。

「いや、そうか?」

 指摘されたイグナーツは、大きな右手で自分の頬をさする。

 イグナーツ自身は自覚がなかった。心の中でオネルヴァとエルシーのことを考えていただけなのだ。

「うわっ。心配しただけ損したじゃないですか。それよりも、です。それよりも」

 バンと執務席に両手をついて、ミラーンは身を乗り出してきた。

「アーシュラ王女殿下の誕生パーティーの件です」

「ああ。その件のシフト表は承認しただろう?」

 誕生パーティーとなれば、国内のいたるところからお祝いに駆けつける。そのため、東西南北の各軍から警備のために人を出す必要があるのだが、そのシフト内容を確認し、承認するまでがイグナーツの仕事であった。

「はい。その結果を各隊にも伝えてあります」

「なら、問題はないだろう?」

「それが、問題があるんですよ」

 ずずずいと顔を寄せてきたため、不本意ながらイグナーツの前にミラーンの整った顔立ちがある。二十代後半なだけあって、肌がきめ細やかでつやつやとしている。

 青色の目も金色の髪も若々しく、羨ましいとさえ思う。

「キシュアス王国からラーデマケラス公爵もいらっしゃいます」

 イグナーツは、ひくりと右眉を動かした。

 キシュアス国王を討ちたいからと、ラーデマケラス公爵がゼセール王国に援軍を求めたのは一年前のこと。キシュアス王の実弟だった。

 だが、そのラーデマケラス公爵が国王となった今、ミラーンが口にするその人物は。

「息子か?」

「左様です。奥様から見たら、懐かしい義兄(あに)というところでしょうね」

 目の前のミラーンがニヤニヤと笑っているのが癪に障る。

「何が言いたい?」

「いえ? ただ、ラーデマケラス公爵からしたら、義妹(いもうと)がどのような生活を送っているのかは、気になるのではないでしょうか?」

「褒賞の名目でやってきた女だ。俺がどう好きにしようがかまわないだろう」

 本心ではない言葉を口にしたのは、ミラーンへの牽制のためである。

「そうですね。奥様はこちらにとっても人質のような存在ですからね。ですが、命があっての人質ですよ?」

 イグナーツは舌打ちをした。

「まぁ、閣下はそのようなこと一ミリも思っておりませんよね。とにかく、ラーデマケラス公爵の前では、いつものように夫婦の仲睦まじい様子を見せつけておけばいいのです」

「いつものように……だと?」

 イグナーツはミラーンの前で、オネルヴァとの仲を見せつけたことなど一度もない。にもかかわらず、彼がなぜそれを知っていのか。

「あ、なぜ私が知っているのか、という顔をしていますね。けしてのぞきなんてはしておりませんよ。結婚後の閣下の様子を見ていたら、夫婦仲が良好だなって、誰でも気がつきます」

「誰でも?」

「はい、誰でもです」

 なぜ、と問おうとしてやめた。理由を聞いたら、恥ずかしい理由が並べ立てられるに決まっている。

「なぜ? と聞きたそうな顔をしておりますので、私が気がついた理由を思い出すかぎり言いますね。まずは、苺の月のラベンダー……」

「もう、いい。わかった」

「やっぱり、自覚してるじゃないですか」

 勝ち誇った笑みを浮かべたミラーンが、やっと顔を引いた。

 苺の月のラベンダーだけで思い当たる節はある。オネルヴァとエルシーが作ったラベンダースティックを、この執務席の上に飾っておいたのだ。

 頭が痛くなるような書類仕事で疲れて顔をあげると、二人が作ったラベンダースティックが目に入る。すると、ラベンダーの微かな香りも漂ってくるような感じがした。それが、すっと疲れを奪い去っていく。

 エルシーの作ったものは、ところどころ不格好なところはあったが、彼女らしく元気の出るようなものであった。

 オネルヴァが作ったものは、非常に細かくリボンが巻き付けられ、その繊細さが彼女を表現しているように見えた。

 だからあれを見ると、オネルヴァとエルシーが側にいるような錯覚に陥り、一人で顔を緩めていたのは認める。

 だが、それを目の前のミラーンに知られていたとは思ってもいなかった。

「ほら。また、にやけている。ラベンダーのときもそうですよ。結婚してからというもの、閣下はそうやってたまににやけているんです。あぁ、気持ち悪い」

 ミラーンは両手で自分の身体を抱きかかえると、ふるっと震えた。

「気持ち悪いとは、失礼なやつだな」

「自覚がないとは恐ろしい。まあ、でもこれで安心ですね。閣下が結婚に気乗りしていないとは聞いておりましたので、心配していたのですよ」

「お前がか?」

「いいえ、陛下がです」

 また、あいつか。と、口に出そうになった言葉を呑み込んだ。

「そうか。だったら、円満だから心配するなと陛下に伝えておけ」

「承知しました」

 ビシッと背筋を伸ばした格好で深々と頭を下げるミラーンを見て、ため息をつきたくなったが堪えた。

「あ、そうそう。閣下」

 ミラーンとの会話はまだ続くようだ。信頼できる部下ではあるが、あの国王の言いなりになっているところが素直すぎて、心配なところでもある。

「誕生パーティーのシフトの件ですが、あのシフトで特に問題ないとのことです。ですが、陛下は――」

 とまで彼が口にしたとき、イグナーツは盛大に顔を歪ませた。

「閣下、そういう顔をしないでくださいよ。私は、陛下のお言葉を伝えるだけなのですから」

「お前が陛下に呼び出されたのは、そういうことなのか」

「はい」

 まるで伝書鳩のような扱いであっても、ミラーンは気にならないらしい。むしろ、この状況を楽しんでいる。

「だって陛下が、閣下は何を言っても無反応でつまらないとおっしゃっていて……。私の前では、これだけ惚気ていらっしゃるのに?」

「惚気てはいない」

「あ、そうですね。無自覚に幸せな空気を醸し出しているだけですよね。いやぁ、本当、駄々漏れですから」

「そんなことは、どうでもいい。で、陛下はなんと言っていたんだ?」

「あ、そうでした。そうでした」

 左手のひらを、右手で作ったこぶしでポンと叩く仕草すらわざとらしい。

「閣下を今回のシフトから外すように、と。おかしいですよね。私が閣下にお渡ししたシフト表には、閣下のお名前はなかったはずなのに。ということで、閣下の代わりに私の名前に変更をしておきましたので」

「ちっ」

 イグナーツは、夜の部のパーティーのシフトにさらっと責任者として自分の名を書き込んでいた。

 それは、昼の部にオネルヴァとエルシーを連れて出席し、夜の部には仕事で参加しようと考えていたためだ。夜の部のパーティー出席ほど、煩わしいものはない。

「そういうことですので。夜の部には奥様と共に参加するように、とのことです」

 ミラーンの言葉で、イグナーツは眉間に皺を寄せた。



*~*~赤の月二十一日~*~*

『きょうは ドレスがとどきました

 このドレスは しゅうかくの月のアーシュラ王女さまの

 たんじょう日パーティーにきるドレスです


 おかあさまといっしょに 何色のドレスがいいかかんがえて

 どんなドレスがいいか みんなでかんがえました


 おかあさまといっしょに ラベンダー色のドレスをきて 

 パーティーにいくのが たのしみです


 その日 おとうさまも おしごとではないようです

 おとうさまとおかあさまとエルシーと 三人でパーティーにいきます


 とってもえらい人もたくさんいるので

 ちょっとだけ どきどきしています』

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