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秘密を知られた夫と秘密を知った妻(1)

 イグナーツは寝苦しさを感じ、目を開けた。室内は明るい。これは魔石灯の豆明かりの明るさではなく、太陽が昇りカーテンの隙間から入り込んでいる明るさである。

 だが、いつもの部屋ではない。

 ここはどこだろうかとゆっくりと考え、エルシーの部屋であったことを思い出す。

 隣にいるはずの彼女に顔を向けた。

「……っ?!」

 イグナーツは思わず言葉を飲み込んだ。不覚にも、らしくもなく声をあげそうになったが、まだ眠っている二人を起こすのは悪いと思った結果である。

 まず、イグナーツが寝苦しかった理由であるが、エルシーの足が腹部にのっていたからだ。

 そして思わず言葉を飲み込んだ理由であるが、彼女の手と頭はオネルヴァにぴったりと寄り添っていたためである。ただ寄り添っているだけであれば、イグナーツだって朝からこんなに驚かない。

 オネルヴァのナイトドレスは襟ぐりの深いデザインになっていた。胸の下に前身頃を合わせているリボンがあり、それを調整して身体の締め付けをかえられるものだ。

 そのナイトドレスから、彼女の白い肌が覗いている。

 原因はエルシーにあった。エルシーの両手が、オネルヴァのドレスの中に、襟元から入っている。さらにその手は、がっしりとやわらかな双丘に触れており、彼女はそこに頬を寄せていた。

 まるで赤子のようである。母親を求める赤子のように、ひたっとくっついている。

 だからイグナーツが彼女の白くてふわふわな胸を見てしまったのは不可抗力であって、熟れた果実のようなぷっくらとした張りのある先端を見てしまったのも不可抗力なのだ。

 顔を向けただけでその光景が飛び込んできたのだから、やはり不可抗力以外のなんでもない。

 イグナーツは、自身の腹の上にあるエルシーの足をそっと捕まえ、ゆっくりとおろした。

「ん、んんっ……」

 エルシーからは愛らしい声が漏れて焦ってしまったが、目を覚ましたわけではなさそうだ。

 ほっと胸をなでおろす。

 早くこの場から立ち去ったほうがいいだろう。エルシーがいるからと油断したのも事実。

 イグナーツが身体を起こすと、彼の重みによって寝台がギシッと軋んだ。

「ん……。おはよう、ございます……」

 眠そうな目をしょぼしょぼと瞬きながら、オネルヴァはイグナーツを見つめてきた。ばつが悪そうにイグナーツがエルシーに視線を向けると、オネルヴァも自分にくっついている彼女に気がつく。

 オネルヴァがはらりと零れている胸元に恥ずかしがるかと思っていたが、そうでもない。

「あら、エルシーったら。赤ん坊のようですね」

「すまない」

 なぜかイグナーツが謝罪の言葉を口にしていた。娘が彼女のそのような場所に触れているのが、申し訳ないという気持ちになっていた。

 だが彼女はさも気にしないかのように、ゆっくりとエルシーの手を引き離す。見えている乳房をあえて隠そうとはしない。

 見てはいけないと思いつつも、彼女が慈愛に満ちた眼差しでエルシーに接しているため、つい目を離せない。

 その視線に気になったのか、オネルヴァはにっこりと微笑む。

「あ、お見苦しいものを……。失礼しました」

 エルシーをきちんと寝台に横たえたあと、オネルヴァはナイトドレスの中に膨らみをしまい込んだ。

「いや……」

 見苦しくはなかった。

 オネルヴァはエルシーに肩までしっかりと掛布をかける。

「旦那様は、先にお部屋にいかれますか?」

「いや……」

 オネルヴァに聞かれ、ついそう答えてしまった。もう一度、エルシーの隣で横になる。

「エルシーが目覚めたときに、俺たちがいないと寂しがるだろう?」

「そうですね。旦那様は、エルシーのことが大好きなのですね」

「そうだな……。家族だからな」

 エルシーはイグナーツのたった一人の家族である。血の繋がりのある者は、エルシーしかいない。

 オネルヴァからの視線を感じた。それから逃れるように目を閉じる。

 彼女ももう一度横になったようだ。シーツの擦れる音がした。

 ただイグナーツの心臓は早馬が駆けるかのように、ドドドドと音を立てていた。これはよくない兆候だ。

 イグナーツが将軍職についているのは、戦術や技量に長けているためだが、真の理由は別にある。

 イグナーツは魔力が強い。魔力が強ければ、誰よりも強力な魔術を使い、魔導具すら作れる。

 魔術と魔導具は、生活魔法とは異なるものだ。生活魔法は、生活に必要なものに魔力を注ぐ行為を指すが、魔術は魔力を用いて技をなす。物を移動させたり、逆に拘束したりと、その技はそれぞれ。何もないところで火を起こしたり、突風を吹かせたりも術式によっては可能なのだ。

 また、魔導具はそれらの技を起こすための道具である。魔力を注ぎ込まれた魔導具は、組み込まれた術式が展開して技が発動する。例えば、相手に衝撃を与え気絶させる防犯魔導具などがよく知られている。

 生活魔法は誰でも使えるが、魔術を扱える者は限られてくる。また、魔導具に魔力を注ぎ込めるような人間も限られている。だから、魔導具は貴重な道具として扱われていた。

 さらに、その中でも特段に強い魔力を備えているのがイグナーツなのだ。イグナーツが軍人となったのには、その魔力の強さも理由の一つであった。

 強すぎる魔力は、定期的に解放しなければ身を蝕む。

 それを知ったのは、学生の時だった。成長期を迎え、身体が子どもから大人へと変化する時期に、魔力がぐんと強くなった。それは、イグナーツの両親が予想していたよりも強い魔力であった。

 すぐさま両親は魔法医師に相談をしたが、成長期に伴う著しい魔力の成長という診断をされただけ。だが、魔力が急に成長してしまったため、身体がついていかない。

 成長期を終えたイグナーツには、強すぎる魔力が残った。本来であれば喜ばしいことであるが、魔力が強すぎるうえに、身体が魔力に負けてしまう。それの対処方法が魔力を解放すること。

 魔力解放のためには、軍に入るのが手っ取り早いと判断し、学院卒業と同時に軍に入隊した。

 そのなかでイグナーツは適当に魔力の解放する仕方を覚えていく。そうやって軍に居続けて、いつの間にか将軍と呼ばれる地位にまで就いていた。

「んっ……」

 隣のエルシーが、がさりと寝返りを打った。そろそろお目覚めの時間だろうか。

 休暇中、イグナーツを困らせていたのが魔力の解放だった。軍施設にいけば、それを解放する術はあるが、ここにいるかぎりそれはそう簡単にできない。

「あ、お父さま……」

 眠そうな瞼をなんとか開けようとしながら、エルシーはイグナーツを見ている。そして思い出したように顔の向きをかえ、オネルヴァの存在を確認する。

「おはようございます、エルシー」

 穏やかなオネルヴァの声が聞こえる。

「おはようございます、お母さま」

 エルシーの口調がいつもよりたどたどしいのは、まだ眠いからだろうか。

「お父さまもおはようございます」

「おはよう。よく眠れたかい?」

「はい。とってもいい夢をみました。ふわふわの雲の中で遊んだ夢です」

「まぁ、素敵な夢ですね」

「お父さまとお母さまと一緒に寝たからですね。これからも、一緒に寝てくれますか?」

 エルシーの顔は、あっちを向いたりこっちを向いたりと忙しい。

「エルシーが望むなら」

 オネルヴァの声色は柔らかい。

「そうだな。エルシーがしっかりと勉強をしているのなら」

 イグナーツの言葉に、エルシーはぶくっと頬を膨らませた。

「そういう顔をしてはいけませんよ。可愛い顔が台無しです」

 オネルヴァの細い指が伸びてきて、エルシーの膨れた頬をつぷっとつついた。みるみるうちに、膨れた頬はしぼんでいく。

「たまには、朝食の前に庭を散歩でもしますか? エルシーもいつもより早く目が覚めたのでしょう?」

 オネルヴァの言葉に、しぼんだ頬が輝き始める。

「はい」

 エルシーはぱっと勢いよく身体を起こす。

「お父さまは?」

 それはエルシーからの散歩の誘いだ。

「俺は……。少し仕事が残っているから、また、誘ってくれ」

 イグナーツも身体を起こして、エルシーの頭をくしゃりと撫でた。少しだけ、うらめしそうに見つめてくる。

「では、リサを呼びましょうね」

 寝台の脇にある小さなテーブルの上に置かれているベルをオネルヴァが手に取り、チリリンと鳴らす。

 すぐさまリサがやってきた。

 エルシーを彼女に託すと、イグナーツはエルシーの部屋をあとにした。

 とにかく、溢れ出そうとする魔力をなんとかする必要があった。原因はわかっている。オネルヴァを見たからだ。

 身体の奥が疼く。そして、魔力が彼女を欲している。

 よくない兆候だ。

 イグナーツは唇を噛みしめ、力を入れて歩きながら、執務室へと向かった。

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