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妻子が可愛い夫と夫がよくわからない妻(5)

◇◆◇◆ ◇◆◇◆


「お父さま、お母さま」

 夕食の時間。エルシーが両親を呼んだ。

「今日、本当に一緒に寝てくれるのですか?」

 瞳は嬉しそうに輝いているが、その奥からは『約束を守ってくれますよね』と強い意志を感じられた。

「ああ、もちろんだ。先ほどもその話をオネルヴァとしていたところだ。俺の休暇も明日までだし。今夜なら、ちょうどいいだろう」

「お父さま、ありがとうございます」

「エルシー、あまり興奮しては、眠れなくなりますよ」

 オネルヴァは気の高まっているエルシーを落ち着かせようと、声をかけた。

 エルシーはにかっと笑うと、あれほど苦手であった付け合わせの人参をパクリと食べた。

「なんだ。もう、人参は平気なんだな」

「お父さまとお母さまのおかげです。楽しみです。どこで、みんなで寝るのですか?」

 やはりエルシーもそう思うのだろう。

「エルシーの部屋がいいだろう。慣れたところで眠ったほうが、気持ちも少しは落ち着くだろう?」

 イグナーツがそう言うのも仕方のないことだ。先ほどからエルシーは、食事中であるにもかかわらずそわそわとしている。

「準備ができたら、エルシーのお部屋にいきますね」

 オネルヴァが声をかけると、エルシーは恥ずかしそうにもじもじし始めた。そんな彼女が、愛らしいと感じた。

 食事を終え、オネルヴァは自室へと戻る。

 いくらエルシーがいるとはいっても、イグナーツと共寝をすることになってしまった。

 一体、どのような格好で寝たらいいのだろうか。いつもと同じナイトドレスでいいのだろうか。

 悩んだオネルヴァは、結局ヘニーを頼ることにした。

「まあまあ」

 顔中に笑みを浮かべているヘニーだが、いつもと同じナイトドレスとガウンを手渡された。

「エルシーお嬢様もご一緒ですから、いつもと同じでいいのですよ」

 その言葉に、ほっと胸を撫でおろす。

「ご案内します」

 ヘニーに連れられてエルシーの部屋へと向かう。彼女の部屋は、オネルヴァの部屋の隣の隣であり、間に空き部屋がある。

「エルシー、オネルヴァです」

 扉を叩いて扉越しに名乗ると、部屋の中からパタパタと足音が聞こえてきた。

 勢いよく扉が開き、きらきらとした笑みで輝いているエルシーが、ばっとオネルヴァに抱き着いた。

「お母さま、本当に来てくださったのですね」

「約束ですから。すぐに旦那様も来ると思います」

 オネルヴァが目配せをすると、ヘニーは一礼してその場を去った。オネルヴァはエルシーに引っ張られるようにして部屋の中へと連れていかれる。

 そこは珊瑚色の壁紙に淡い花の柄が描かれ、見るからに子ども部屋といった色調である。部屋の奥に、天蓋つきの寝台がある。

「まぁ」

 オネルヴァがつい声を漏らしたのは、エルシーの寝台にはたくさんのうさぎのぬいぐるみが並べられていたからだ。ぬいぐるみは赤ん坊ほどの大きさであり、オネルヴァでも両手で抱きかかえる必要がある。

「かわいいうさぎさんですね」

「お父さまから、毎年お誕生日にもらいます」

 エルシーは、毎日うさぎのぬいぐるみたちと寝ていたようだ。ぬいぐるみは六体。それはエルシーが六歳だからだろう。

「今日はお父さまとお母さまが一緒なので、うさちゃんはこちらで寝ます」

 エルシーは寝台の上のぬいぐるみを、ソファの上にと移動させる。うさぎがいなくなると、大人二人は余裕で眠れる広さができた。

「お母さま。お父さまが来るまで、ご本を読んでください」

 一冊の絵本を手にしたエルシーが、寝台によじ登った。

「そうですね。ご本を読みながら、旦那様を待ちましょう」

 枕を背もたれ代わりにして、二人で並んで寝台の上に足を伸ばして座る。

 オネルヴァはエルシーから絵本を預かり、読み始めた。

 エルシーはその声に真剣に耳を傾けながら、じっと絵を見つめている。オネルヴァもエルシーの反応を確認しながら、口調や声色をかえて本を読む。

 だから、イグナーツが部屋に入ってきたことに気がつかなかった。

「本を読んでいたのか?」

 それは、オネルヴァが「おしまい」と言ったあとだった。

 彼も湯浴みを終えたのか、寝衣姿である。いつもは後ろに撫でつけられている髪も、今は自然と下がっていた。

「お父さま。お父さまは、ここに寝てください」

 いつからイグナーツはそこに立っていたのだろう。もしかして、絵本を読んでいたところを聞かれてしまったのではないか。

 ぱっとオネルヴァの頬が熱を帯びる。なぜか恥ずかしい。

「ここでいいのか?」

 イグナーツはエルシーに言われるがまま寝台にあがると、その場ですぐに横になった。

「はい。エルシーはお父さまとお母さまの真ん中です」

 エルシーも横になる。

 オネルヴァは手にしていた絵本を片づけると、ガウンを脱いでエルシーの隣で横になった。

「明かりを消そうか?」

「お父さま。明かりは、豆明かりにしてください」

 豆明かりとは、魔石灯を全部消さずに少しだけ灯しておくこと。豆明かりにすれば、部屋は真っ暗闇ではなく、薄闇になる。

「わかった」

 イグナーツが部屋の中心にある煌々と輝く魔石灯にぴっと指を向けた。明かりは次第に弱まっていく。

「お母さまのお顔が見えます。こちらにはお父さまがいます」

 豆明かりであれば、人の姿もなんとなく見える。

 オネルヴァの隣からは、うふふ、うふふと、エルシーの嬉しそうな笑い声が聞こえてくる。

「エルシー。そうやって興奮しては眠れなくなりますよ。気持ちを落ち着かせましょう」

 オネルヴァが手を伸ばし、エルシーの小さな手を握った。

「こっちの手はお父さまと」

 エルシーは手を繋いで寝るのが気に入ったようだ。空いているもう片方の手は、イグナーツと繋ぐつもりらしい。

「お父さまもお母さまもあったかいです」

「エルシーもあったかいですよ。ですが、おしゃべりはやめて、眠りましょうね」

「はいっ」

 エルシーの返事も、どことなく気が昂っているようにも聞こえた。

「おやすみなさい、お父さま、お母さま」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 その挨拶が合図となり、三人は口をつぐんだ。

 オネルヴァは目を閉じなかった。薄闇の中に見える天蓋をぼんやりと見つめている。

 エルシーによって力強く握られていた手からは次第に力が抜けていき、そのうち、すぅすぅと小さな寝息が聞こえてきた。

 オネルヴァは顔だけ横に向ける。ぷくっとしたほっぺのエルシーが、目を瞑っている。

「エルシー」

 オネルヴァは小声で呼んでみた。

「眠ったようだな」

 返ってきたのはイグナーツの声である。

 もう一度オネルヴァは天蓋を見つめた。不思議な気分だ。

 オネルヴァがいつも寝る時間よりも、まだ早い。きっとイグナーツもそうだろう。

「旦那様もお眠りになりますか? 普段よりも、早い時間だとは思いますが」

「そうだな。エルシーが起きた時に俺たちがいないと、がっかりするだろう?」

 かさりと衣擦れの音がする。

「俺は、もう少し起きている。だが、寝るときはここに戻ってくる。オネルヴァはどうする?」

 オネルヴァにとっても寝るにはまだ早い時間ではあるが、この温もりが心地よく、これから抜け出すには相当の決意が必要だ。

「わたくしは、このままで」

「そうか」

 部屋を出ていく彼の後姿を、ぼんやりと見送った。



*~*~苺の月八日~*~*

『にんじんが たべられるようになりました

 エルシーがおねえさまになったとき 

 にんじんがたべられないと はずかしいです


 おとうさまとおかあさまがけっこんしたから

 エルシーもおねえさまになります


 エルシーはいつ おねえさまになりますか?』

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