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プロローグ

 オネルヴァは寝返りを打ったものの、肩がひりひりと痛む。

 簡素な部屋に質素な寝台。立てつけの悪い窓は、風によってカタカタと音を立てている。今日は、いつもより風が強い。

 頭まですっぽりと掛布の中に潜り込むと、夢の世界へと微睡み始めた。

 誰もが魔力を持つこの世界で、オネルヴァには魔力がまったくなかった。魔力を持たない者は『無力(むりょく)』と呼ばれ、蔑みの対象となる。その結果、オネルヴァは王族であるにもかかわらず、離宮のこんな物置小屋のような狭い部屋に押し込められていた。

 それでも『女』としての価値を下げることないようにと、礼儀作法だけはびっちりと叩きこまれている。むしろ、叩きこまれ過ぎるおかげで、少しでも失敗をすると打たれる。打たれなかった日があるとしたら、それは教師と会わない日くらいだろう。

 今日も半日、教師からはたっぷりと礼儀作法を叩きこまれた。だから肩が痛む。

 外はすでに闇に満ちている。

 王宮から少し離れた鬱蒼とした場所にある離宮では、風の音が人の叫び声にも聞こえる。

 ただこの場所からは星は綺麗に見えるのだ。きっと今日も、数えきれないほどの星が輝いているのだろう。

 そんな世界を想像しながら、オネルヴァは先ほどから何度も夢の世界へと足を踏み入れようとしていた。しかし、風の音で現実へと引き戻される。とにかく今日は風が強い。

 いや、何か胸騒ぎがする。トクトクトクと心臓が震えていた。そうなれば、余計に眠れない。

 窓が激しく音を立て、人の叫び声のような風の音がより鮮明になる。

 何かが違う夜に、熱い血液が波打ちながら身体中を流れていく。

 それが風の音ではなく、本当に人の叫び声であると気がついたときには、激しい物音が階下から聞こえてきた。

 慌てて掛布から顔を出す。この部屋に明かりはないため、室内は暗い。月が出ていればもう少しは明るいはずなのに。

 離宮の階下には、オネルヴァの使用人という名目の見張り役が何人かいる。人の呻くような声は、その階下から届いてくるのだ。

『この部屋か?』

 部屋の扉の向こう側から、男の声といくつもの足音が聞こえてきた。

 カチャリ――

 扉の隙間を縫うようにして入り込む一筋の光が次第に大きくなる。だが、扉を開けたのは誰であるか、まだわからない。まるでその人物に後光が差しているようにも見えた。

 できるだけ冷静さを保つように、きゅっと拳を握りしめる。

「オネルヴァ・イドリアーナ・クレルー・キシュアス第二王女」

 名を呼ばれたオネルヴァは、寝台の上で身体を起こした。今、彼女の名を口にした男の声はよく知っている。

「アルヴィドお兄様……。このような時間に、いったいどのようなご用件でしょうか」

 相手が彼であったため、安堵のため息をついた。

「俺と一緒に来てもらおう」

「ですが……。わたくしは捨てられた身。ここから出ることは許されておりません」

 いくら相手がアルヴィドであったとしても、それよりも上の人間がオネルヴァをここに閉じ込めているのだ。

 アルヴィドはその言葉が聞こえていなかったのか、ゆっくりとこちらに近づいてくる。彼が歩くたびにカチャリカチャリと金属音が響く。腰に下げられている剣が音を立てていた。

 こんな時間でこんな場所であるにもかかわらず、帯剣しているのが気になった。

「それを決めたのは前の国王だろう。その国王が亡くなった今、君の身は新しい国王が決める」

「新しい国王、ですか?」

 震える身体を誤魔化すかのように、オネルヴァはぎゅっと掛布を胸元まで手繰り寄せた。

「もしかして……プリーニオお兄様が?」

「いや、俺の父、ラーデマケラス公爵」

 オネルヴァの目が大きく見開かれる。

「国王および王太子の首はとった。妃たちは修道院に送る」

「わたくしも……?」

 肩を震わせながらアルヴィドを見上げた。だが、頭の中は意外と冷静だった。

 父と兄が死んだ――。

 それを聞かされたのに、悲しみも怒りもなんの感情も沸いてこない。ただ、それを文字として受け止めるだけ。それでも少しだけ、信じられない気持ちもあった。

「君には利用価値がある。それに……君は捨てられた身だろう?」

 色めく唇を舌でなぞる彼の姿に、背筋がゾクッとした。ここにいるアルヴィドはオネルヴァの知っているアルヴィドではない。

 となれば、やはり国王を討ったというのも嘘ではないのだろう。

「俺の言葉に抵抗しなければ、何もしない。黙って俺についてこい」

「は、はい……。着替えは……」

 返事をしただけなのに、声は震えていた。それに、布の擦り切れた灰色のナイトドレス姿では、人前に出るのに相応しい格好とはいえない。

「そのままでいい。今は時間が惜しい」

 オネルヴァは彼の言葉に従い、身体の向きをかえて寝台から下りようとしたが、昼間に打たれた肩がじくりと痛む。

「うっ……」

 痛みの走った肩を庇う。

「また、打たれたのか……」

 アルヴィドの声は、どことなく優しかった。彼は上着を脱ぐと、オネルヴァの肩にそっとかける。

「外は冷える」

 アルヴィドはそのままオネルヴァを抱き上げた。顔に触れている藍白の髪を、片手で器用にさらりとはらう。

「君は……。相変わらず軽いな。食事はきちんととっていたのか?」

 上から降ってくる彼の声に、オネルヴァは頬を熱に包みながらコクリと頷いた。

 アルヴィドに抱かれたまま部屋を出る。

 カチャリカチャリと響く金属音が、オネルヴァの耳にはっきりと聞こえた。

「君には、隣国ゼセール王国に嫁いでもらう。まあ、いわゆる人質のようなものだな」

「わたくしでは、人質にならないのではありませんか?」

 それは人質になりたくないからこぼれた言葉ではない。オネルヴァには人質としての価値がないと思っているためだ。

「安心しろ。君は他の誰よりもその価値がある」

 アルヴィドはオネルヴァの言葉の意味をすぐに汲み取ったようだ。

「……ですが、わたくしは『無力』です」

「だからだよ。ゼセールではその力を欲している。君が向こうにいるかぎり、キシュアスとゼセールは良き関係を保てるだろう」

 くっくっとアルヴィドは喉の奥で笑った。それはこの状況を楽しんでいるようにも、悲しんでいるようにも見えた。

 階段をおりると、軍服を身に纏う男たちの姿がちらほらと視界に入った。

 彼らの着ている軍服の胸元には、ラーデマケラス家の紋章がある。彼らは一斉にアルヴィドに向かって頭を下げた。

「こちらの制圧も完了しました」

「ご苦労。俺もお目当ての姫を見つけたからね。君たちも次の持ち場に移動しなさい」

 軽やかな足取りでアルヴィドは外に出た。吹き付ける風から守るように、力強く彼女を抱きなおす。

「隣国に嫁ぐまで王宮で暮らしてもらう。理想の花嫁として、しっかりと教育を受けてもらわなければならないからな」

 人の叫び声が、風にのって聞こえてくる。

「キシュアス王は、私腹のために巨額の国家資金を使い込んでいた。今、この国の国家財政は破綻しかけている。君は知らないだろうが、街は酷い状態だ。だから俺たちは、キシュアス国王の首をとり、国王をすり替えることにした」

 まるで、この国の成り立ちを語るような、淡々とした口調である。

「今回の革命に手を貸してくれたのが、ゼセール王国だ。財政の立て直しのためにも、援助の約束を取りつけた」

 オネルヴァはアルヴィドの顔を見上げた。彼の後ろには、いくつもの星が瞬いている。

「その代わり、ゼセールは君を欲してきた。キシュアスのために、ゼセールに嫁いでくれ」

 苦しそうに微笑むアルヴィドの金色の髪は、夜風によってさわさわと揺れていた。

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