ファイル9 柴田啓介:後編
前作でお伝えしたように、「浄霊」は、正式な修練を積んだ、専門家によってのみ行われます。大変危険ですので、絶対に真似をしないでください。模倣防止のため、詳細は全て割愛致します。
「お待ちしてました。本当に良かったです。」ドアを開けるなり、出迎えに来てくれた啓介先生が開口一番に、安堵の言葉を漏らした。
「本当に。先日はありがとうございました。」
入り口でお礼を言うとすぐ、応接室へ入った。
10月18日土曜 11時
相変わらず腰の重だるさは続いていたが、電車も遅れる事なく時間通りに到着した。渋谷から副都心線に乗り換えたところで、「透明な人たち」を目撃したが、嫌がらせをされることはなかった。
「ようこそ。無事に到着されて本当によかったです。」
柴田先生が部屋に入ってくるなり、両手を握り、「本当によく頑張られました。大変大きなお守りがありましたよ。」と、瞳を潤ませた。
ソファーに座ると、先日と同じ女性がお茶を持って入って来た。今日は白いジャケットを羽織り、髪を後ろでまとめている。
「畠中さん、ご挨拶お願いします。」啓介先生にそう促され、お茶を置くなり、
「初めまして。畠中真由美と申します。本日一緒にセラピーを行わせて頂きます。どうぞよろしくお願い致します。」と、お辞儀をした。
「あ、よろしくお願いします。」
座ったまま、軽く挨拶をすると、柴田先生、啓介先生、そして畠中先生が向かいに座った。
「簡単ですが、今日のセラピーの流れをご説明します。」啓介先生が、ざっと説明してくれた。
まず、体のエネルギーを整える
次に、因縁霊達の浄霊を行い、生き霊がいれば、同じくここで悪い繋がりを全て抹消する。
体に霊達からネガティブな仕掛けをされている場合、全て抹消する。
そして、最後に魂をピカピカの球体に戻す「たまピカの儀」を行う。
「と、言われても実際にやらないことには、わからないですよね。後は全て私達に任せてください。」
啓介先生に案内され、奥の部屋へ案内された。
学校の保健室のような簡易ベッドが1台置かれており、ベッドの両脇に青い丸椅子が置いてある。壁際にも丸椅子が一つ。そして、壁に聖母マリアの絵が飾ってある以外は何もない。
「どうぞ、履物を脱いで、横になってくださいね。」柴田先生が、そう言いながらピンクのタオルケットを広げ、横になった私の体に優しくかけてくれた。
「もし、トイレに行きたくなった時は、遠慮なく手を挙げて教えてください。」
柴田先生にそう言われ、軽く呼吸を整える。
「それでは、今から体のエネルギーを調整させて頂きますね。」
柴田先生は、両方の足首の上に優しく手をおくと、ふーっと息を吐いた。
その瞬間、手足の先がじんわりと温かくなり、温泉にでも浸かっているかのような心地よさが全身を巡った。
「かなり、全身のチャクラが弱っていましたね。もう少し送りますね。」
フーッとまた息を吐くと、今度は心臓に優しい光が送られたようで、全身がポカポカと温かくなった。
「とても、気持ちがいいです。」
「もし、眠ければこのまま寝てしまっても構いません。どうぞ楽になさってください。」
頭が、ぼーっとする。
視界がぼんやりと揺らいで来た。
まぶたが重く、眠気が増してくる。
足元に柴田先生が、すぐ隣の椅子に、啓介先生が腰掛けたのを見たのを最後に、眠りに落ちた。
真っ暗な闇の中、黒いローブで全身を覆った、男が一人立っている。
年は50代くらいだろうか?
フードではっきり顔は見えないが彫りが深く、口もとに深い皺があるのが見えた。
左足に太い鎖が巻かれ、大きな石碑に繋がれ、男が動くたびにジャラジャラと鎖の音がする。
男はグッとこちらを睨んでいて、左手には髑髏を持ち、男のすぐ隣で何本もの蝋燭の火がゆらゆらと揺れている。
遠くの方から、啓介先生の声が聞こえた。
「あなたは、この方とどのようなご関係ですか?」
それを合図に、男は叫んだ。
「お前達よくも邪魔しやがって!あと少しだったのに。」
男の顔が悔しそうに歪んだ。その後すぐ、柴田先生の声が聞こえた。
「かなり古い時代。そうですね。古代エジプトかもしれませんね。立派な石の神殿が見えます。この方の過去世、大変権力のある巫女でした。そして、今来られているこの男性、その当時敵対していた、呪術師ですね。」
男の側に何かが蠢めいている。
よく見ると、巨大な赤い目をした蜘蛛と、真っ黒な蛇が鎖に繋がれ、キィキィと唸っている。
これは、夢なのだろうか。あまりにもはっきりと見える姿に、背筋に冷たい電流が走った。
また柴田先生の声が聞こえる。
「この呪術師の方、怪しい術を使い、人々を混乱に陥れました。妖やこの世ならざるものを使い、疫病を流行らせ、大きな事故を起こし、多くの犠牲者を出しています。」
男は被っていたフードをとり、顔を露わにした。歯は所々抜け落ち、額に古代文字が刻まれている。左目の下から蛆虫が湧き、恐ろしい形相に思わず目を背けた。
「絶対に地獄に落としてやる!」
男の側にいる蜘蛛が、キーッと甲高い音を鳴らす度、ガチャガチャと鎖が、暴れまわる蜘蛛を締め付ける。
「今、目の前におられる方は、あなたの知っている方ではありません。生まれ変わりをされ、全くの別人になっておられます。あなたが憎む相手ではありません。」
啓介先生の淡々とした、声が響いた。
「そしてあなた様は、すでに肉体を失っておられます。魂だけとなった今、然るべき光の世界へ向かうことが、この世界の理です。」
啓介先生の声に反応するように、男が怒りを露わに、声を荒げた。
「何が決まりだ!小癪なことをほざきやがって!」
男が大きく手を広げ呪いでもかけるかのように前に出た。すると、男の左足の鎖がさらに伸び、全身に巻きついた。ジタバタと暴れる男を前に、今度は柴田先生の声が聞こえた。
「この男性、田島さんの過去世であった巫女に力を奪われています。力を失った後に、自分が使役していた妖達に襲われ亡くなったようですね。これ以上対話の必要はありません。」
少し間を空け、今度は啓介先生の声が響いた。
「残念ですが、あなた様とはこれ以上こちらで対話をしてもお分かり頂けないようです。魂の世界からの勧めに従い、今からあなた様を魂の世界にお送り頂きます。あちらの世界で、ご自身の行いを神様のお導きの下、振り返ってくださいませ。」
「なんだと!そんなことはさせるか。俺はあと少しでこの女を殺せたんだ」
男がそう言った時、あたりが急に真っ白な光に包まれた。
パン!と柏手の音が響いた時、さらに強い光に照らし出され、男の周りに沢山の人ならざるものが蠢いているのがわかった。白い光は束になり巨大な渦とって男達を包み込んだ。
男の悲鳴とともに、渦は消え、周りには何もなく、ただの真っ白な世界となった。
ぼーっと眺めているうちに、また意識が遠のき、ゆらゆらと景色が歪んだ。
「好子さま、好子さま。」
名前を呼ばれ、トントンと肩を叩かれ、はっと目が覚めた。
「只今、因縁霊は然るべきところへお送り頂きました。続いて、次の段階へ入りますが、お手洗いは行かれますか?」
見ると、啓介先生が、ニコニコと微笑んでいる。
「いいえ、大丈夫です。」
まだ頭の中がぼーっとする。
今のは夢だったのか、現実だったのか。
「わかりました。では、次に生者からのネガティブな繋がり(生き霊)の断ち切りを行います。」
それでは、と啓介先生が言うと、壁際に座っていた畠中先生が近づいてきた。
「かなり、多いですね。頭、腰、首、手首、足首に7本。巻きついたり、太い筋が心臓にまで繋がっています。こちら全て、抹消のご祈願を申し上げます。」
フーッと息を吐き、手で何かを断ち切るような動作で空気を動かした。
その度に「プツン」と見えない糸のようなものが切れチリになって消えていくのが見えた。
「はい。全て完了いたしました。ご確認をお願いします。」
畠中先生がそう言うと、啓介先生が一歩近づく。
「確かに、全てのネガティブな繋がりが抹消されました。」
全身の力が抜けたように、軽くなった。
少し休憩をしましょうと、啓介先生の一声でゆっくり半身を起こした。
どうぞと、畠中先生から差し出された、水を飲むと更に呼吸が楽になる。
「ありがとうございます。」
コップを返すとまた横になり、今度は霊達が仕掛けた、ネガティブな仕掛けを全て除去する。
こちらも先ほどと同じく、畠中先生が行い、啓介先生、柴田先生が確認する。
「心臓に大きな楔が打ち込まれています。非常に危険です。こちら抹消を祈願致します。」
一瞬ドキドキと心臓が早く鼓動したが、すぐに落ち着き、全身がゆっくりと温かくなった。
右手を見ると、親指の爪にあった黒い筋が消えている。
「はい。全て、抹消頂きました。」
啓介先生がそう言うと、これで前半の浄霊が完了致しました。
と、柴田先生が立ち上がり、お手洗いに行かれますか?と声をかけてくれた。
簡易ベットからゆっくり降り、足を床につけた瞬間、重力が半分に減ったかのように体が軽く感じた。
女子トイレの鏡で自分の顔をみると、目元の影は消え、キラキラと明るくなっている。
右手で頰に触り感触を確かめると、頰の影りも消え、肌も潤ったように見えた。
「良かったですね。お顔がとっても明るくなってますよ!」
部屋に戻ると、ニコニコと柴田先生が迎えてくれ、先ほどと同じく、また簡易ベッドに腰掛けた。
「最後に、魂を元のピカピカの球体に戻す儀を行います。そのまま楽にしてくださいね。」
柴田先生は、目を閉じポツリポツリと話し出した。
「今の魂は、干からびて、縦に何本も筋が入っています。所々割れて、ザクロのような、中身が見えていると言っても良いかもしれません。それでは、只今よりエネルギーを通し元の形へ戻して頂きます。」
また、フーッと息を吐くと、とても驚いたように目を見開いた。
「まぁ、なんと。黄金に輝いています。白い光がキラキラと魂の周りを囲んでいます。黄金の球体です。とても美しいです。」
柴田先生がそう言った時、耳元でラッパの音が聞こえた。
頭の中に明るい音が響き、何かに祝福をされている気がした。
ウンウンと柴田先生は頷くと、「これでたまピカセラピーは終了です。おめでとうございます!」と拍手をする。啓介先生も畠中先生も、わーっと笑顔でパチパチと音をたて拍手をした。
「ありがとうございます。」声に出した時、自分の声が、はっきりと朗々と響く声に変わっている事に驚いた。
ゆっくりと簡易ベットから降り、また応接室へと案内されると、そこで、思ってもみなかった事を告げられた。