ファイル9 柴田啓介:前編
「初めまして、こんにちは。私、柴田恵美子と申します。」白いジャケットにピンクの花柄のシャツが襟元から見える。笑顔で挨拶した大柄な女性は、ようこそお越しくださいました。と、微笑んだ。
白を基調とした明るい応接室には立派な黄色のソファーと、ローテーブルが一つ。細工のついた大きな棚が1台あり、入り口近くに観葉植物が2つあった。その他は、聖母マリアの絵が飾ってある。
「先日はありがとうございます。」柴田先生が、どうぞと、ソファーへ座るよう促した。荷物を置き腰掛けると、向かいの席に二人が並んで座った。
「私の祖母なんです。顔似てるでしょ?」
「あ、そうなんですね。同じお名前だから、もしかして。と思ったんです。」
よく見ると目元が似ている。二人ともメガネをかけているから、余計に似ている。
「柴田が二人もいるとややこしいですよね。私は啓介先生と呼ばれることが多いので、そう呼んでください。」
「そうですね。わかりました。」
あははと、笑って頷いた時、奥のドアがノックされ、小柄な女性がお茶を持って入って来た。
香り高い緑茶が入った、高級な湯飲みが丁寧に置かれる。
女性は笑顔でお辞儀すると部屋から出ていった。
「どうぞ、飲んでください。」
啓介先生に促され、一口飲んだ瞬間、お腹の中までじんわりと、優しい温もりが広がった。
「美味しいです。」思わず声に出すと、柴田先生は目を細め、嬉しそうに微笑んだ。
「祖母は、もう何十年も霊能の仕事をしてるんです。かなり前に新聞に載ったこともあるんですが、本人が嫌がりまして。今はメディアには一切出てないんです。」
「そうなんですか。」
湯呑みを茶托に戻すと、柴田先生と目があった。
穏やかで、優しい表情。
ジブリの映画から出てきたような、包み込まれるような優しい雰囲気。
「今日の個別相談は、私と啓介先生と二人で聞かせて頂きますね。事前の個別相談申し込み用紙に記入して頂いた事以外にも、気になっている事や、悩んでいる事、身体的に困っている事がありましたら、お話しください。」
穏やかな口調で柴田先生はそう言った。
「ありがとうございます。本当に何から話せば良いのか、わからないんですが…」
二人にはかいつまんで、夫のDVから逃げ今は実家に身を寄せている事を話した。最初、啓介先生は驚いた顔をしていたが、「そうですか…」と、真摯に聞いてくれた。
「身体的に暴力を振る以外に、相手に恐怖を与え支配しようとする事は、大変悪質ですね。」
柴田先生は、
「よく逃げて来られました。お守りが強かったですね。」と呟やき、「よく辛抱なさいました。」と、瞳を潤ませた。
人に話すだけで、涙が出るとは思わなかった。堪えきれず溢れた涙を拭った。
「どうして、こうなってしまったんだろう。って、考えてしまうんです。でも、分からなくて。私に原因があるんでしょうか?」
「いいえ。お話を伺ったところ、あなた様に非はありません。ご自分を責めないでください。」
柴田先生はそう言うと、
「ご主人の事や、お子さんの事以外で、他に気になる事はありませんか?」と、真剣な表情になった。
「他ですか?そうですね。そう言われると、時々とても変な夢を見ます。」
夫との問題が大きいせいか、他の事まで気が回っていなかった。そういえばと、能面を被ったクラスメイトから「消えろ」と言われる夢や、時々変なもの「透明な人たち」を見てしまうことを話した。
柴田先生は、相槌を打ち、ふーっと深い息を吐くと目を閉じた。
沈黙を破るように、「お体にどこか具合の悪いところはないですか?」と啓介先生が真剣な表情をして尋ねる。
「特に今は病院に通っている事はないんですが、夫に突き飛ばされた時、腰も打っていたようで。あれ以来痛むんです。」
「どんな痛みですか?座っているのも辛いですか?」
「いいえ、そこまでは。ただ、何かに引っ張られているような、変な重さを感じます。」
そう話すと「それは、お辛いですね。」と、柴田先生が何か確信を得たように頷いた。
「お話を伺ったところ、やはり因縁霊の仕業かと思われます。講演会で少し啓介先生から、聞かれたかもしれませんが、この地球上に魂の成長の邪魔をする存在がいます。それが「因縁霊」と言われる未浄化の霊達です。田島さんは、大変多くの御守りがありますが、同時にこのような因縁霊の邪魔もあるようです。」
柴田先生はそう言うと、啓介先生に「あれ取って来て」と肩を叩いた。
啓介先生は立ち上がると、棚から冊子を取り出し、ローテーブルの上に置いた。
「たまぴかセラピー」と書かれた冊子に、講演会で啓介先生が話してくれた時と同じ絵が載っている。
柴田先生は、ページをめくると、ゆっくりと話し出した。
「この黒い丸い点が因縁霊です。他にも邪魔をする存在として、「生き霊」と呼ばれる、生きている方からの邪念もあります。そして、このページの上に描いてあるのが、「御守護の神様」です。私達はそう呼んでいます。スピリチュアルがお好きな方は、「ハイヤーセルフ」「守護霊」と呼んでいる方もいるようです。このように、どなた様にも1柱、あなただけを守る、神様がおられます。」
柴田先生は、微笑むと、田島さんにも、田島さんだけの御守護の神様がおられるんですよ。と話した。
「きっと、ご主人の暴力から逃れられるようにお導き頂いたのも、この御守護の神様かもしれません。だからと言って、これは新しい宗教の勧誘ではありません。どうぞご安心ください。」
「はい。」私が相槌を打ったのを確認し、柴田先生はページをめくった。
(魂)と書かれた丸い枠の周りに星がキラキラと光っているイラストが載っている。
「魂は、何度も生まれ変わり成長する過程で、傷ついてしまい本来の力が発揮できなくなる事があります。それを元の綺麗な球体に戻し、エネルギーをしっかり補充します。因縁霊を全て浄霊し、魂が計画してきた本来の人生の目的が果たせるようにする。これがたまピカセラピーです。」
冊子のイラストを眺めながら、自分は一体どうなっているのだろう?と気になった。今までの人生は、全て邪魔立てされていたのだろうか。膝の上で、両手をぎゅっと強く握りしめた。
「こんなセラピー、初めて聞きました。」
思わず、正直な感想が漏らすと、そうですよね。と、柴田先生も啓介先生も相槌を打った。
「メディアには一切出していないんです。このセラピーは本当にご縁のある方だけが受けられるので。」
啓介先生は、そう言うと、別のクリアファイルを取り出し、料金表を見せた。決して安くないが、セラピーの内容を聞く限り妥当だろう。
啓介先生は、「このセラピーは一生に一度だけです。何度も受けるものではありません。」と言うと、「私達から無理強いするものでもありません。田島さんご自身が受けると、決めた時に受けられるものです。今決めて頂いても、少し考えて頂いても結構です。」と付け足した。
正直、これからの生活のことを考えると、できるだけ出費は控えたかった。だが、もしこれで人生が良くなるのなら、ここに賭けても良いかもしれない。
「お願いします。」
そう言った時、二人が安堵のため息を漏らした。