6.聞きました? この二人、今さら初デートらしいですよ?
決戦当日。いよいよデートの日を迎えた私とフィリップは、馬車でリリーの家まで迎えに来ていた。
お屋敷から出てきたリリーは、真っ白なワンピースを身に纏っていた。銀色に輝く髪はハーフアップにまとめられていて、いつも髪を下ろしている彼女とはまた違った印象だ。
「その、ご機嫌よう……殿下」
挨拶をするリリーは、どこか恥ずかしげに俯いている。今日が初デートなら、私服をフィリップに見せたこともほとんどないのだろう。照れている姿がとても可愛らしい。
そして、私がリリーの容姿をこれでもかと褒め尽くそうと口を開いた瞬間、先にフィリップがぽつりと言葉をこぼしていた。
「…………綺麗だ」
その一言に、リリーの頬は一気に赤くなった。
期末テストの一件で多少見直してもらえたとはいえ、リリーはフィリップに愛想を尽かしているのではないのだろうか。どうでもいい相手に褒められても、普通は嬉しくないと思うけれど。
フィリップとリリーがなぜか良い感じなのを見て、私はこっそりと脳内に語りかける。
(ねえ。もしかして今日、私ってお邪魔だったりする? ここは若いお二人に任せたほうが良い?)
(ま、待ってくれ! 僕一人ではうまくいく自信がない! 頼む!)
(……わかった。もし私と代わりたかったら言ってね?)
こうしてフィリップに任された私は、リリーを連れ街へと繰り出した。脳内にあるデート計画表を思い浮かべながら、まずはアクセサリーショップに向かう。
ご令嬢たちに教えてもらったこの店は、トレンドのアクセサリーが豊富に揃えられている、若い女の子たちに人気の店だ。
可愛らしい商品が数多く並ぶ店内で、私はリリーに話しかけた。
「君にアクセサリーを贈りたくて。嫌じゃなければだが」
「……え? よろしいのですか?」
婚約者からの突然の申し出に、リリーは驚いたようにフィリップを見上げている。どうせアクセサリーの一つも贈ったことがないのだろう、この男は。
「ああ。いつも僕を支えてくれているお礼がしたいんだ。何か気になる物はあるか?」
「……ありがとうございます、殿下。そうですね……どれも素敵で迷ってしまいますわ」
「このネックレスなんかどうだろうか? 君の瞳と同じ色の宝石がついていて、とても綺麗だ」
私が手に取ったのは、水色の宝石があしらわれたネックレスだ。そのままリリーにあてがってみると、彼女は少し俯きながら顔を赤らめていた。
「で、では、こちらでお願いできますでしょうか……」
「わかった。贈らせてくれてありがとう、リリー」
私はネックレスを購入すると、早速リリーにつけてあげた。白いワンピースに水色の宝石がキラキラと映えて美しい。
「ありがとうございます、殿下」
そう言うリリーは、微笑を浮かべながら嬉しそうにネックレスをなぞっている。これは好感度が上がったぞ、フィリップよ。
すると、ずっと黙っていたフィリップが、脳内にぽつりと声を漏らした。
(可愛い……)
今までリリーと向き合うことを避けてきたフィリップにとって、それは初めて見る彼女の表情だったのだろう。
そして次に漏れ出てきたのは、悔恨の言葉だった。
(どうして僕は、こんなに可愛い彼女を蔑ろにしていたんだろうか……彼女の才能を妬み、遠ざけるなんて……)
(そう思ったのなら、これから死ぬほど大事にしなさい。こんな良い女、なかなか居ないわよ?)
(ああ……)
このデートが、リリーに喜んでもらうためのものだけでなく、フィリップが悔い改めるきっかけとなったなら何よりだ。
アクセサリーショップを出た私たちは、次にカフェでお茶をすることにした。最近オープンしたらしい小洒落た雰囲気のカフェで、ここもクラスの女子たちに教えてもらった場所だ。
「ここのカフェ、今すごく人気らしいんだ。リリーが好きな雰囲気の店かなと思って」
「ありがとうございます、殿下。とても素敵ですわ」
どうやら気に入ってもらえたらしい。流石は流行りに敏感なご令嬢たち。私は心の中で彼女たちに礼を言うと、街で人気の雑貨店の話や、最近話題の小説の話をしながらリリーを楽しませた。
フィリップとして話しているものの、私も女友達と話しているみたいで、とても楽しいひと時を過ごせた。高校生活をまともに送れなかった私にとって、こういう時間はとても貴重なものに感じるのだ。
そして、デートの締めくくり。最後は夕日が見えるスポットへと向かった。ロマンチックな雰囲気を出すには最適だと、ご令嬢たちが口を揃えて教えてくれた場所だ。
そこでとうとう、フィリップが口を開いた。
(……アリス。僕もリリーと話してみたいんだが、良いだろうか。君一人に任せていては、僕は彼女に本当の意味では振り向いてもらえない気がするんだ)
(わかった。よし、行って来い!!)
そう言ってフィリップの背中を心の中で押し、私はしばらく成り行きを見守ることにした。しかし、ベンチに腰掛けた二人は一向に話し出す気配がない。
(ちょっと、フィリップ! 何か話さないの!?)
(う、うむ……)
私が促すと、フィリップはようやく意を決したように話し出した。しかしそれは、会話というより講演会に近かった。
どこ製の剣がいいだの、あそこの山が良い獲物が狩れるだの、リリーが興味なさそうな話題ばかり。
(ダメだ……会話が絶望的に面白くない……)
リリーはポカンとした様子で、フィリップの一人語りを聞いている。
(フィリップ、ストップ! 話題選びが酷すぎるわ!!)
(――やはり僕ではダメなのか…………)
フィリップのひどく落ち込んだような声が聞こえた後、信じられない言葉が耳に飛び込んできた。
(……すまない、アリス。あとは任せるよ。僕はもう休む)
(あ、ちょっと! フィリップ!?)
私が声をかけても、それ以降フィリップの返事が返ってくることはなかった。
(こいつ、ふて寝しやがった――!!)
私は怒りとも呆れともとれない感情を抱き、心の中で盛大に溜息をついた。
自分の力でリリーを楽しませられなかったのが、どれだけショックだったんだ。まあ、自分の婚約者の魅力に気づいた直後だから、余計に自分が情けなく感じたのだろう。
すると、しばらく黙り込んだフィリップを、心配そうにリリーが覗き込んできた。
「殿下?」
「す、すまない、リリー。つまらない話ばかりしてしまって。話題を変えよう」
「……ええ、そうですわね。わたくし、殿下に伺いたい事がございますの」
「? なんだい?」
私がリリーを見つめながら尋ねると、彼女は真剣な表情で驚くべき発言をした。
「あなたは、殿下ではない別の誰かなのではございませんか?」
「――…………!!」
突然の指摘に、私は思わず息を呑んだ。必死に言い返す言葉を考えるも、私の反応で確信してしまったのか、リリーは強い眼差しのまま続けた。
「殿下ではないあなたに、少しお話ししたいことがございますの」