3.第一回脳内会議 〜自己紹介編〜
怒涛の一日を終えた私は、帰宅早々フィリップの自室に籠もった。脳内フィリップと話をするためだ。このおかしな状況について、色々と把握しておかなければならない事がある。
(フィリップ、いる? 話がしたいんだけど)
(……なんだ。僕は今傷心中なんだ)
私が脳内に話しかけると、不貞腐れたフィリップの声が返ってきた。よりによって面倒くさい奴に転生してしまったと改めて思いながら、私はフィリップに構わず話を続けた。
(それはご愁傷さま。で、話なんだけど……)
(貴様! 慰めの言葉とかないのか!?)
(あんたの自業自得でしょうが……)
(――うっ、うう……)
私が呆れたように言葉を返すと、フィリップはとうとう泣き出してしまった。なんというか、本当に残念な人だ。
(まあ、セシリアに騙されたのはちょっとだけ同情するわ。私はアリス。神ではないけれど、とにかくあなたの未来を知ってるの。細かいことは気にしないで)
(細かいことではないだろう!? いったいどうなってるんだ!)
(私もよくわからないのよ。多分、二重人格的な感じになってるんだと思う。フィリップは自分の体、動かせないの? 試してみてよ)
(や、やってみる)
私がベッドに寝転がり脱力すると、程なくして自分の意思とは関係なく右手が上がっていった。どうやら体の主導権は意識すればスイッチできるようだ。
(できるじゃない! じゃあ、お風呂とトイレの時は体動かすの代わってね。私、女の子だから)
(女の子!? ぼ、僕は無意識のうちに、心の中に女の子を創り出していたのか……)
驚いたフィリップは、独り言のようにブツブツと呟いている。少し違うけど、面倒だから訂正しないでおこう。
するとしばらくして、フィリップはハッと気づいたように声を上げた。
(というか、なぜ体の主導権が僕にないんだ! 返してくれ!)
フィリップの言葉に、私は盛大な溜息を返した。体の主導権が私にあるのは確かに謎だが、フィリップに主導権を渡したら破滅ルートまっしぐらなのは目に見えて明らかだ。
(……あのね、自分の立場わかってる? あんたがセシリアに夢中になってる時、つらかったリリーはヴィンセントに優しくされて二人は良い感じになっちゃってるの。良いとこ見せないと、本当にフラれるわよ? フラれたら、王位も継げるかわからないからね?)
(そ、そんなにまずいことになっているのか……?)
(かなりね。だから、私が二人の恋の手助けをしてあげようって言ってんの。あんた、女心とかわかんないでしょ? セシリアに騙されるくらいなんだから)
(ぐ、ぐぬう)
フィリップは反論の言葉を失い、黙り込んでしまった。少し傷口に塩を塗りすぎたかもしれないが、これくらいハッキリ言わないとこの男は学習しないだろう。
(ということで、しばらくは私が体の主導権をもらうわ。異論は認めない)
(わ、わかった。よろしく頼む)
フィリップの素直な態度に、私は少し拍子抜けしてしまった。この男はポンコツだが、純粋で素直なだけなのかもしれない。だからこそ、セシリアに騙されてしまったのだろう。
そして、翌日から私とフィリップによる「リリーの心を掴もう大作戦」が始まった。
***
翌朝学校へ向かうと、私はリリーを見つけ次第にこやかに声をかけた。隣にヴィンセントもいるとは幸先が悪い。二人は生徒会役員なので、一緒にいる時間が長いのだ。
「おはよう、リリー。ヴィンセントも」
「おはようございます、フィリップ殿下」
「おはよう、兄さん」
私の挨拶に、リリーは凛とした表情で返してくれた。小説でもそうだったが、このキャラクターは基本クールであまり笑ったりしない。笑顔の描写が出てくるのは、恋仲になったヴィンセントの前くらいだった。
(まずい。笑顔で挨拶してくれるくらいの間柄にならないと……。先は長そうね)
フィリップとリリーの心の距離が思ったよりも離れていて、私は思わず溜息をついた。これでは、一緒にいる時間が長いヴィンセントとのほうが仲睦まじく見える。
焦りを覚えた私は、リリーに良いところを見せる方法がないか、脳内フィリップに尋ねてみた。
(ねえ、なんかヴィンセントに勝てる特技とかないの? 勉強と剣術は無理としても、楽器とか芸術とか……一つくらいあるでしょ?)
(勉強と剣術は無理って決めつけるな! ……だが確かに、あいつに勝てるところは正直一つもない。僕は出来損ないの兄だからな……)
幼い頃から有能な弟と婚約者に囲まれ、この男はさぞ肩身が狭かったのだろう。劣等感の塊になってしまったところにセシリアに優しくされて、なびいてしまった気持ちもわからなくはなかった。
(まあ、どうやってリリーに良いところを見せるかは、私も少し考えてみるわ)
(すまない……)
しおらしいフィリップに、なんだか調子が狂ってしまう。小説ではただのポンコツ王子としてしか描かれていなかったが、実際はもう少し深みのある人物なのかもしれない。
そんなことを考えていると、私は突然強烈な睡魔に襲われた。昨日の夜はフィリップとして眠ったつもりだったが、もしかして定期的に私という意識を休める必要があるのだろうか。確かフィリップも、私が転生してきた時、急に意識が遠くなって気がついたら私がいたと言っていた。
(ごめんフィリップ、ちょっと急に眠気が……しばらくの間よろしく……)
(なっ、おい! 僕はどうすればいいんだ!)
(うーん……じぶんで、がんばって……)
脳内フィリップにそう言葉をかけたところで、私はとうとう意識を失った。