1.もしかして断罪中ですか? お邪魔してすみません
今年の冬は珍しく厳しい寒さが続き、東京でも何度か雪の積もる日があった。
私、宮島アリスは、病院のベッドの上で窓の外を眺めていた。木に積もった雪がゆっくりと落ちていくのをぼんやりと目で追いながら、私は今までの人生を振り返る。
(もうちょっとで、高校三年生になれたのにな)
高校生になるまでは至って健康だったのだが、憧れの進学校に入学したのも束の間、難病が発覚した。入退院を繰り返しながらもなんとか高校に通い続けたが、どうやら私の寿命もここまでらしい。
(もっと高校生活を楽しみたかった……せめて卒業までは生きたかったな……)
医者から言い渡された余命宣告の時期よりも一ヶ月は生きながらえたが、そろそろ体に限界が来ているのが自分でもわかっていた。
陰鬱な気分を紛らわせようと、私はテーブルの上に置いてあった本に手を伸ばした。最近暇つぶしに読んでいた小説だ。
しかし、本を掴んだ瞬間ぐらりと視界が歪み、私はベッドから床へと崩れ落ちた。程なくして看護師や医者が駆けつけ、病室がバタバタと慌ただしくなる。
(ああ……私、死ぬんだ……。この小説の続きも読みたかったのに……)
最期に見た風景は、涙で滲んだ病院の白い床だった。
***
目を覚ますとそこは病院でも天国でもなく、映画の撮影が行われている場所のようだった。学生服を身に纏った西洋顔の年若い男女が、私から少し距離を空けて、取り囲むように人垣を作っている。
どうやらここは学校の中庭のようだ。噴水まであるなんて、随分とセットが凝っている。
私の隣には、ちょっと悪そうにほくそ笑む可愛らしい赤茶髪の少女。そして目の前には、銀髪に水色の瞳をした見目麗しい少女。
(どういうこと? なんで私は映画の撮影なんかに巻き込まれてるの? というか私、死んだよね?)
頭が追いつかないでいると、眼の前の美少女がキッと目を吊り上げて不機嫌そうに言葉を発した。
「婚約破棄、ということでよろしいのですね? フィリップ殿下」
(ちょっと待って。次のセリフ知らないんだけど。なんて言えばいいの?)
すると今度は、隣にいた可愛らしい少女が私の腕に縋りつきながら、涙声で訴えかけてきた。
「フィリップ殿下……リリー様は何も悪くございません。全てはあなたをお慕いしてしまった私が悪いのです……」
目に涙を溜めながら上目遣いで私を見つめてくる彼女は、何とも庇護欲を掻き立てる表情をしている。その辺の男なら一発で落とせるだろう。
(いやいや、そんなことを考えてる場合じゃなくて。だから、何てセリフを言えばいいの? というか、殿下って男でしょ? 私、男役なの?)
「兄さん! セシリア嬢に騙されていると、何度言えばわかってくれるんだ!!」
突然、金髪イケメンがそう言いながら群衆を掻き分け近づいてきたかと思うと、リリーと呼ばれた眼の前にいる少女を庇うように立ちふさがった。次から次へと役者が登場するが、全員顔が整い過ぎな気がする。
すると、眼の前の少女リリーは、金髪イケメンに対して嗜めるように言葉を発した。
「ヴィンセント殿下、下がっていてください。これはわたくしとフィリップ殿下の問題です」
眼の前の少女がリリー、リリーを庇っているイケメンがヴィンセント、私の隣りにいるのがセシリア、そして私はフィリップ殿下と呼ばれている……。
そこまでの情報を与えられて、私はようやくこれが映画の撮影でないことに気づいた。
(これ、私が死ぬ前に読んでた小説の世界……!? 異世界転生なんてベタすぎるでしょ! しかもなんで転生先が有能婚約者を断罪するポンコツ王子なのよ!! そこはせめて令嬢側であれ!!!)
心の中で盛大にツッコミを入れるも、私がフィリップとしてこの世界に来てしまったという事実は変わらない。一旦冷静になるため、私は大きく深呼吸をした。
この物語の主人公は、公爵令嬢であるリリーだ。よくある「ざまぁ系」の話で、ポンコツ王子フィリップに取り入ろうとする伯爵令嬢セシリアの策略で、フィリップに婚約破棄されてしまうリリー。そんなリリーを、フィリップの双子の弟ヴィンセントが救い、恋仲になっていくという話だ。
問題は、今がどのシーンなのか、ということだ。状況を理解するためにも、私はリリーに話を聞くことにした。
「リリー。私、いや、僕は今なんて言った?」
「セシリアさんを執拗に虐めた醜悪なわたくしと、婚約破棄すると仰いました。フィリップ殿下」
(あちゃ〜! 断罪しちゃった後か〜!)
この後の展開を知っているだけに、冷や汗が流れる。ここでリリーと婚約破棄したら、フィリップは終わりだ。王位継承権は剥奪され、双子の弟のヴィンセントが王位を継ぎリリーと結婚する。少なくとも私が生前読んだ第一巻ではそういう話だった。
転生早々お先真っ暗はゴメンだ。フィリップとして、リリーとの婚約破棄は絶対に阻止しなければならない。
ここで私が取るべき行動は一つ。原作を知っている利を最大限に活かすのみ。
(完璧にフィリップを演じてやろうじゃない……!)
そう気合を入れると、早速私は誠心誠意謝罪の意が伝わるように、心底申し訳無さそうな顔をリリーに向けた。
「リリー、すまない。僕の愚行を許しておくれ。これは全て、セシリアの悪事を暴くための演技だったんだ」
「なっ!? ちょっと殿下!?」
「……どういうことですの、殿下?」
「兄さん……一体何を……?」
突然のフィリップの発言に、愕然とするセシリア、訝しげな顔をするリリー、不安げに見つめるヴィンセント。
(だよね。婚約破棄の話をしてたのに、急に態度を変えたらびっくりするよね、ごめんね。でも、私のハッピーライフのために、ちょっとこの場をお借りするね)
私は三人の反応には構わず、真面目な顔をしてリリーに訴えた。
「実は、僕がセシリアの実家であるノエル伯爵家の黒い噂を聞きつけた時、ちょうど彼女が僕に接近してきたんだ。だから、僕は伯爵家の悪事を暴くためにそれを利用させてもらった。今日ここで騒ぎを起こしたのは、皆にノエル伯爵家とセシリアの悪事を周知するためだ」
私の発言に、リリーたちはもちろん、周りを取り囲んでいた生徒たちも一斉にざわめき出した。
なぜ学校で伯爵家の悪事を暴露する必要があるのかと疑問を持たれそうだが、婚約破棄を無かったことにするくらいインパクトのある言い訳が他に思いつかなかったのだ。まあ、どうやらみんな伯爵家のゴシップに食いついてくれたようなので良しとしよう。
するとその時、突如として私の頭の中にうるさい男の声が響いた。
(おい! どういうことだ! なぜセシリアが逆に断罪されている!? というかお前は誰だ!!)
お手に取っていただきありがとうございます!
全8話予定です。最終話まで毎日投稿していきますので、よろしくお願いします!