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第6話 タヌキたちの出征

 四国中から出征したお里に住む若者の戦死公報が次々に届き、タヌキたちの悲しみと狼狽と何とかしなくてはとの思いが頂点に達する。

 そして誰が音頭をとるでもなく、四国の真ん中に位置するお山に集結した。

 と云っても全てのタヌキたちという訳ではない。

 四国と言っても徒歩だと意外に広く、出発する位置によっては集会所になるお山までの距離に違いがあり、移動日数に差が出る。更に歩く負担だけではなくその間の食事の事も考えなければならない。だから誰でも気軽に行けるという訳ではないのだ。

 

 それぞれのお山の集落から人望たぬきぼうが厚く元気な若者タヌキと、長老リーダーが代表として選ばれ、集会に臨む。


 一同に集まった集会所はタヌキの群れで溢れ、それはそれは壮観である。

 だが今はそんな事を感心している場合ではなく、早急に行動方針を決めなければならない緊急事態なのだ。


 この時、特に名高い愛媛県の大物である五右衛門タヌキや、香川県の丈吉郎タヌキが議事を先導し話し合いが進む。


「諸君!かかる人間界の非常事態に対し、我ら誇りある四国タヌキはどうすべきかなんじらに問う!傍観か、行動か?如何に!!」

「日頃の人間との交流関係や、大飢饉の際のご恩を忘れはせぬ!

 ここは皆で立ち、行動を起こすのみ!それが誇り高い四国タヌキぞ!」

 聴衆が頷き、立つと決した。

「では如何なる行動に移るべきや?」

 あたりはシーンとし、誰も答えを出せない。

 議事が煮詰まり頓挫しかかった時、丈吉郎タヌキが業を煮やし口火を切る。

「我々もいくさに参加すべきか否や?」

「他に方法は無きや?」


 自分たちが直接戦地に出向き戦闘を交えるのは生命をかけた危険な行動であり、勇気と覚悟がいる。

 自分たちが出征したら残された者たちにも重大な影響が出てくるから、軽々に結論は出せない。あたりはシーンとし、当然誰も適切な答えを直ぐには出せないでいた。


 またもや議事の進行は止まり悩みに悩む。しかし彼らに残されている選択肢は限られている。傍観か、いくさに参加するか、参加はするが後方支援に限定するか?何をどうやって?疑問は尽きない。

 

「仮に我らがいくさに参加するとして、どうやって加わるか?」

「人間のエライ者、例えば軍の幹部に面会し、指示を仰ぐのはどうか?

 実際に戦闘をする兵隊さんたちに対し、何の相談もなしに我らが勝手に行動をとるのは如何なものか?」

「その通りではあるが、一体誰に逢う?もし逢えたとして、我らは人に非ず。我らの身分を明かし、信じて貰えるか?協力を申し出て受けて貰えるや?」

「そんな事誰にも分からん。しかし我らが行動を起こさねば、人間も我らを必要とはしないではないか?

 まずは我らの意思と覚悟を伝え、どうすべきか考えてもらわねば。」

「そうであるな。人間界に接触し、どういう指示を得ようとも、我らはすぐに動けるよう、今から組織体制を構築すべきであるな。」と五右衛門タヌキが同調する。


 こうして方針は決した。


 組織は香川部隊、愛媛部隊、徳島部隊、土佐部隊と、それぞれの地域のお山出身別に組織され指揮系統も確立された。


 あれよあれよと決議されたが、本当にこれで良かったのか?

 人間のいくさに自分たちタヌキも参加する危険を考えないのか?

 その良し悪しを今は判断できない。でも今はそれしか考えられないのだ。誇り高い四国タヌキとして。


 我らの意思を伝達する代表として、五右衛門タヌキ、丈吉郎タヌキ、そして五右衛門タヌキに随行していた権蔵タヌキが選ばれ、人間界のエライ人物に面会するためこの国の中心地、東京に出向くことを決した。


 早速3人のタヌキは東京に物資を運ぶ輸送船に、四国特産物資として化け紛れ込む。



 東京に辿り着くと三人のタヌキは今度は人間に化け、権力者の誰にあたるべきか物色した。

 帝都東京は想像のはるか上をいくほど人が多い。

 何でこんなに人が多い?行き交う人々の服装も四国の村人とは全然違う。誰もがいかにも仕事で忙しそうに足早に歩き、時折仕事中とは思えない様子の男性の中には、見たこともない服装の者(後で知ったがそれは洋装と言い、背広に山高帽を被り、葉巻を加え気取った様子で歩く者を幾人も見かける。対して女性は綺麗な着物姿が大半であるが、何処へ行くのか馬車に乗った洋装のドレス姿の見目麗しい令嬢を見た時は、タヌキ一同が食い入る様に見えなくなるまで無心で眺め続けていた。

 完全にお上りさん状態の一行。こりゃいかん!自分たちの使命を思い出しふと我に帰るが、はてさてこれからどうするべきか?当てもなく歩き続ける。どこまで歩いても街外れに行き当たらない。それに加え広い道筋には高くそびえる細い柱が等間隔で続く。これは何だ?

 その無数に続く柱の上にぶら下がるようにあるガラスの包みの正体が、夜になって初めて分かった。

 それはガス灯だった。通りに立ち並ぶ各店の入り口脇には提灯も下げられているが、その提灯よりガス灯はずっと明るく、それら商店街の明かりと合わせて四国の村々で目撃したお祭りの時より何倍も明るく輝き、まるで昼のような錯覚に陥った。

 飯屋や蕎麦屋、おでん屋の前を通ると、何とも言えない良い匂いが空腹を刺激する。

「腹減ったなぁ。」空腹が望郷の念を呼び起こし、まだ来たばかりだというのにサッサと使命を果たして故郷くにに帰ろうと皆が思った。

 四国のお山から持ち込んだ保存食のドングリを一粒一粒頬張りながら、一行は割と真剣に今後を思案する。今夜の宿は街中の寺の縁の下。屋根があるだけお山の森なんかより雨風が防げる分ずっとマシである。

 さて明日以降、我らは何処いずこの政府の役人に逢うべきか?それとも軍の上級幹部?誰に逢うにしても、この者ぞ!と思える然るべき人物でなければ、そもそも我らの見た目で会って貰えぬし何も信じて貰えぬ。たとえ信じて貰えても協力を受け入れては貰えぬだろう。

 タヌキの申し出なんて。

 

 

 幾日もかけて政府機関の建物をいくつも廻り諦めかけたその時、とうとうこの人ぞ!と思える人物を見つけた。その人物の風貌は一見冴えなく服装は地位が高い者のそれではあるが、着古してヨレヨレで第一印象は決して高い評価はできない。でも温和そうな表情を保ちながらも眼光は鋭く、全てを見透かすような隙のない佇まいの印象をもった人物だった。その人は名を『明石元二郎大佐』と名乗る。

 いつもは海外で活躍していたようだが、たまたまこの時一時帰国中であり、奇跡のような面会となった。タヌキの一行は各々人間に化けていたが、彼は一目で見抜き、それでも対応してくれる肝の太さと寛容さを感じ取り、全てを打ち明けることにしたのである。

 

 明石は言う。

「はて、そは面妖な話であるな。しかし面白い!けなげで勇猛なそなた達。

見上げた者と感じ入った!その好意を無にしたらばちが当たると云うもの。よし、その心意気を買ってワシも一肌脱ごうではないか。

 しかしワシは軍を指揮する立場に非ず。だから明日ワシの自宅を訪ねてまいれ。然るべきものに紹介状を書き示し、そなたたちに託そう。」

 そう言ってタヌキたちの希望を叶えることを請け合った。


 翌日明石のしたためた書状を携え、戦地に向かう輸送船に再び乗り込んだ。


 数日の後、戦地に到着。一行は歩哨を通し児玉源太郎陸軍総参謀長なる者に面会する事ができた。

 さすが明石元二郎の紹介状!普段なら絶対不可能な面会を、いとも簡単に実現させるなんて!

 明石元二郎の時と同様、はじめに人に化けた姿で正体を明かした後、本来のタヌキの姿を現す。

 児玉参謀長は、人に化けてまでやって来たタヌキたち一行の面会目的を知るや否や、豪快に笑い飛ばす。

「この書状に書かれた通りだな。

 お主たちは確かに見上げた者たちよ。情けない事ではあるが、人間の中には徴兵を忌避したいと思う者もごく僅かではあるが存在するというのに。

 よし分かった!それではそなたたちの陣容など、細かい状況を聴こうじゃないか。

 但し最初に言っておくが、この戦いはあくまで人間同士のもの。

 そなたたちの力を借りんでも、ワシらが独力で挑んでいくのが本筋であるのだから、そなた達の助けを借りるというのではなく、好意を甘んじて受けるのだと云う事を理解して欲しい。

 それからそなたたちの存在は、あくまで非公式。軍の中にあっても、その身を他の兵たちに明かしてはならぬ。

 それ故、決して無理をされては困る。その事だけは忘れぬように。自ら無謀な行動や危険に身を投じてはならぬと、くれぐれも肝に銘じて欲しい。

 これはわが軍の名誉に関わる大切な事柄であり、指揮官としての命令である。」


 こうして陸軍児玉参謀長から第三軍司令乃木大将にも伝達され、更に海軍秋山真之参謀長を通じ東郷平八郎連合艦隊司令長官に影ながら協力すると決した旨、四国の郷土に戻り伝えられた。


 直ちに出征の準備に取り掛かる。

 四国 成人せいタヌキ男子の総員のうち、三分のニは陸軍第11師団へ、三分の一は海軍連合艦隊に所属し、出征する事に。

 実際に具体的な行動計画が現実化すると、四国中のタヌキたちは身震いした。

 人間界同様、既婚者・未婚者たちの間で最愛の相手と最後の夜を月夜のお山で過ごし、お互いの名残を惜しむ。明日をも知れぬ別れは人もタヌキも流す涙は同じだった。

 明くる朝、断ち切れぬ想いを断ち切り集合場所に整然と集まる。そして当初の計画の指示通りある者は小豆に化け、ある者は米に化け、戦地の輸送船に乗り込んだ。


 その中にはまだ幼気いたいけな少女の おせんタヌキも、海軍志願兵補助(軍属ではない)として含まれている。

 おせんタヌキは最後におミヨちゃんの前に姿を現し、お地蔵さんとおミヨちゃんに最後のご挨拶をする。

 「おミヨちゃんさようなら、お地蔵さんさようなら。私はこれからしばらくの間、遠くに旅立って来ます。私が帰ってくるまでの間、どうかお元気でお過ごしください。」

「え?おせんタヌキさん、さようならって一体何処に行くの?」

「それは今は言えません。でも必ず帰ってくるのでそれまで私の事を忘れずにいてください。お願いします。」それ以上おせんタヌキは何も言わなかったが、お地蔵さんには全て伝わっていた。その心も覚悟も。

 おせんタヌキは目の当たりにした おミヨちゃんの悲しみを受け、お地蔵さんの御心を受け、何としてもこのいくさを早く終わらせもうこれ以上戦争の犠牲者を出したくない。

 悲しみはこれで沢山だ!私が皆を守るのだ。

 そんな強い決意が他のタヌキたちの心をも動かし、この国の人々を守ろうとしている事を。

 お地蔵さんは全てを見通し、おせんタヌキの目をじっと見つめ微かに頷いた。

 そしてその慈悲の眼から最後且つ強力な神通力を授けるように、笑顔の心を施した。


 その結果このいくさに志願するにあたり、常識として参加するのは男のみと決まっているのだが、お地蔵さまの霊験を備えた おせんタヌキも守り神の使いとして、後方支援の役割を担い特別に出征を許された。

 この時のおせんタヌキには、それ程強大な妖術と霊力を身に着けていたから。



 それぞれの配属先で力を発揮するべく、戦地に向かうタヌキたち。


 しかし彼らはこれから臨むいくさが、人間同士が殺し合う凄惨と狂気の世界であるという戦争の本質をチャンと理解しているとは言えない。

 その意味を知るのは、実際の戦闘に参加してからであった。







     つづく

 


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uparupapapa お山の紅白タヌキ物語 https://ncode.syosetu.com/n2214ip/
― 新着の感想 ―
[一言] 有名人がぞろぞろ出てきて、とたんに生臭くなった。
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