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お山の紅白タヌキ物語  作者: 米森充


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第11話 雪江タヌキたち

 おせんタヌキから数えて4代目の頃。

 代々女の子ばかり生まれ、しかも おせんタヌキの卓越した特殊能力を受け継ぐ子孫たち。

 その中でも特に雪江タヌキの持つ能力(妖術と神通力)は おせんタヌキと比べ一段とパワーアップし、四国中で圧倒的NO.1を誇る。


 当の雪江タヌキは先代同様、相変わらずお里のお地蔵さまに通うが大好き。

 ご先祖様の おせんタヌキが持っていたDNAを、彼女が一番受け継いでいるのだろう。おミヨちゃんの孫の晶子とその兄の圭介兄妹と、親しい間柄を持続させている。


余談だがおミヨちゃんは戦争未亡人。最愛の夫 慎太郎亡き後暫く悲しみに浸っていた。

 だがそんな悲劇を乗り越え数年の後再婚、婿養子をとり先祖代々の田畑と、生まれ育った郷里の歴史を守っていた。


 お里のお地蔵さまはあの頃と比べ風化の跡が著しく、お顔の表情が分りにくくなっている。

 それでも風雪に耐えた分、慈愛の心がお身体全体から滲み出ているのかもしれない。

 お地蔵さまの周囲には可憐な野の花が途切れることなく、自身の徳の高さを示していた。

 目の前を通る村人やお遍路さんたちが一様に、まるでそれが決まり事でもあるかのように自然と手を合わせ、一礼していくのが面白い。

 雪江タヌキがその様子を見ていてその隣に鎮座するようになったのは、親や姉妹に習ったからではなく、先祖から受け継いだ当たり前の性分の成せる行動だった。

 晶子と圭介がお地蔵さまにお供物を供えるのも、おミヨちゃんの孫として自然の慣習である。

 だからいつの間にかお地蔵さまの隣に鎮座する雪江タヌキと心を通わせるようになったのも、あの時からの伝統なのかもしれない。

 雪江タヌキは おせんタヌキから受け継いでいたのかもしれないが、お地蔵さまに化けた時、やはり目元が可愛らしく何処か愛嬌があった。


「おはようございます、お地蔵さま!

 おはよう、お隣の可愛いお地蔵さま!

 今日も良い天気ですね。一日よろしくお願いいたします。」

 そう言ってお供物を供え、お里向こうの学校に走って行くのが兄妹の日課だった。


 雨の日は兄の圭介だけがやって来ることもあったが、別の日は妹の晶子だけの日もある。(彼らは風邪を引いたり、寝坊してこられない時もあった。)


 ふたりは夏休みになると、仲良く近くの川で水遊びをして暑い夏の日を過ごした。

 あの慎太郎がウナギを釣ってきた川である。

 だからその頃のふたりは、日に焼けて顔が真っ黒になっていた。


 川遊びから帰って来ると、川辺の珍しい石や野の花を積んで持ち帰り、お地蔵さまに供える。

 また、寒い冬の日などは、ごくたまに雪がちらつく。


 そんな時は温かい布で作ったお手製の外套をうやううやしくお地蔵さまに着せて、「どうかこれで寒さを凌いでください。」と手を合わせていた。

 もちろんお地蔵さまに化けた雪江タヌキにも。


 春になると向こう側のお山近くに満開の桜の木が花を添える。

その下でゴザを敷き、圭介・晶子と父母がささやかなお花見に興じ、楽し気なひと時を見せてくれた。


 彼らにとってお地蔵さまの周囲は居心地の良い、大切な生活の場であったのだ。


 そんなある日のこと。

「あら、今朝はお赤飯ね、何か良い事があったのかしら?」

 するとお隣のお地蔵さまが教えてくれた。

「あの子たちの父親の出征が決まったんだよ。昨日赤紙が届いてね。

 だから今日はお祝いのお赤飯なのだ。この食べ物に乏しいご時世に、精一杯の心づくしなのだよ。」

「出征って何?」

「それはね、この国の長引く戦争がもっと、もっ~と拡大して、多くの男たちがお国の為に戦地に送られるのだよ。だからあの一家からも代表して晶子ちゃんと圭介君の父親が参加させられることになったのだ。分るかい?」」 

「へぇー、それならこのお赤飯はとても大切なはずなのに、私たちにもお供えしてくれるなんて、何だか申し訳ないわ。」

「そうだね、でもあの一家はとても心が優しく、信心深いからね。

 感謝して有り難くいただくが良い。それが廻り回ってお前にも彼らにも善意を以って功徳を施すことになるのだから。

 さぁ、おあがり。」

 そう言って雪江タヌキを促した。


 雪江タヌキは思った。一家の大黒柱の父が離れて遠い戦地に行ってしまったら、残された家族は一体どうなるのだろう?と。

 幸い晶子と圭介兄妹の家には、貧しいが喰うに困らないだけの田畑の収穫がある。

 だから残された家族が力を合わせて耕せば、きっと何とかなるだろう。

 しっかり者で優しさ溢れる母親が居るし、あの兄妹たちもきっと人一倍頑張るだろう。

 しかし、あの優しい父が居なくなったら、きっと寂しいのではないかと雪江タヌキは心配した。

 しかし気丈にも晶子と圭介兄妹は、お地蔵さまと雪江タヌキの前では屈託のない明るい笑顔を絶やさない。その様子が返って痛々しくも思えた。


 雪江タヌキには、お山に仲の良い幼馴染がいる。

 名を健吉タヌキと云って、あの権蔵タヌキの子孫であった。

その権吉タヌキは、雪江タヌキに頭が上がらない。

「ねぇ、雪江タヌキちゃん、またお里に行ったんだって?

 お里は人間ばかりだろ?どうしてそんなにお里に行くの?

 何か良い事でもあるの?」

「権吉タヌキには分からなくても良い事よ。」

「冷たいなぁ、僕にも教えてよ!」

「だって権吉タヌキは化けるの下手くそだもん、そのタヌキの姿のままお里に行っても人間は誰も相手にしてくれないわ。それに場合によっては危険な目に遭うかもしれないでしょ?

 私ならイザとなったら何にでも化けられるから危険を遠ざけられるけど、あなたにはその能力がないから身を守れないと思うわ。だからあなたはお里に踏み入れてはいけないの。」

「じゃぁ、僕も雪江タヌキちゃんみたいに化ける能力を身に付けたら、お里に行っても良いの?」

「そうねぇ、ちゃんと化けられたらね。」

「分かった!それじゃ僕も化けられるように頑張る!雪江タヌキちゃんも見ていてね。」


 同い年なのに、姉と弟みたいな関係にあるふたりだった。



 雪江タヌキがお里で見聞きをしていると、人間界の出来事が嫌でも耳に入る。

「なぁ、聴いたか?また大勢の戦死者が出たんだってよ。」

「へぇ~そうなんだ。それって何処の戦地なんだ?」

「遠く南方の激戦地みたいだぞ。」

「そうか、俺たち四国から出征した者たちはどうなんだ?」

「さぁ、知らねえけど、戦死の通知が来たとは聞いたことがないから、四国出身の部隊は別の所に居るんじゃないか?」



 四国出身の出征兵士は日露戦争当時と同じ、第11師団に所属する。

 そしてその当時、11師団は満州に駐留しており、主に治安維持が担当だった。

 

 激化する戦闘の報道は情報統制下にあり、勇ましい戦果ばかりが発表され、その実態は国民に隠されている。

 でも次第に生活は厳しくなり、言論統制や行動・身なりまで制限されるにつれ、この戦争は思ったより悪いのではないか?との疑念が広まりつつあった。

 もちろん誰も表立って口にする者はいないが、重く淀んだ人間界の空気感が、事態の深刻さが増してきている世情を現わしていた。


 やがて里の人間たちが施す各地のほこらへのタヌキ用食料も減り続け、それを当てにしていたタヌキたちにも深刻さが伝わってくる。


 近年お山は然程さほどの不作に悩まされている訳ではないが、お里の人間たちからの食料支援があると飢えるタヌキたちが減り、自然淘汰の摂理が働かない。

 結果として人口タヌキこうが増え、単位面積当たりの扶養率を超えてしまった。

 だから人間の支援が滞ると途端に食糧事情が破綻するのだ。




 そんなある日、昔のようにまた四国全土から集結するタヌキ集会が開催された。


 まずはあれから(日露戦争当時から)数代後の子孫、五右衛門タヌキが口火を切る。

「四国中からお集まりのタヌキ諸君!

 今宵この場に集まってもらった訳はもうご存知だろう。

 かかる食料危機をどう思い、これからどうすべきか諸君の考えを聴きたい。」

「どうやら昨今の戦況は悪化しているらしい。

 それは我らへの食料支援が先細りしている現状から明らかである。

 しかしてその実態は未だ分らぬままではあるが、今の我らにそれを知る由もない。

 この事実を共通認識として、正確な情勢分析と今後どうすべきか合議を得たい。」

 と、数代後の丈吉郎タヌキが続いて発言。

「正確な情勢など、我らには知る手段はないではないか。しかし今後の対処方針は性急に決せねば今後の暮らしが危うくなるので、せめてそれだけでも決するべきである。」


 そこで五右衛門タヌキが帯同した権蔵タヌキの末裔(健吉タヌキの父)が発言。

「我がお山の集落には、雪江タヌキと云う娘が居るが、その者は神通力が並みの者以上に優れ、私に伝えてくれたことをこの場で発表しよう。

 その者は神通力の中でもとりわけ高度な技、千里眼の使い手で、この世の出来事を総て見通すことのできる娘である。

 その者が申すには、現在の戦況は極めて悪く、今後の見通しも暗いとの事。

 このままでは先の大戦(日露戦争)の時以上のおびただしい戦死者を出すことになるだろう、と申しておりました。

 その者の申す内容は過去に外れた事無く、極めて正確であると断言できる。

 それは我が保障する。だからそれを踏まえた上で、今後どうすべきか論じて欲しい。」


 その場がシーンと静まり返り、重苦しい空気が充満した。

 すると五右衛門タヌキが再び発言。

「今まで人間たちが我らに示してくれた厚情に、今こそ答えるべきではないか?

 里の者たちが苦境の中にいるのに、我らが知らぬ振りでは信義にもとるし、何より今後我らの食料確保にも支障が出てくると云うもの。

 過去にお里の人間たちが我らのためほこらを設置し食料支援をしてくれ、こんなにも助けられたのは、一重に先人せんタヌキの決死の努力があったからと、我らは皆よもや忘れた訳ではあるまい。

 然るにそうであるならば、今我らが成すべきことはただ一つ。

 再び立ち、苦境にある人間を助けるべきではないか?如何に?」


 この場のそれぞれの意は決した。

 再び立ち上がることに。

 しかしそれは想像以上のいばらの道であった。





     つづく


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