第10話 おせんタヌキの恋
日露戦争は日本海海戦の結果、日本側勝利のうちに幕を下ろす。
1905年9月5日セオドア・ルーズベルト アメリカ大統領の仲介により、日露双方が講和勧告を受諾し、ポーツマス条約が締結された。
陸・海軍双方に(秘密裏に)所属し、戦闘に参加したタヌキたちは続々と郷里に帰還、四国のお山中が歓喜に沸く。
おせんタヌキや権蔵タヌキ、尚五郎タヌキ、庄吉タヌキなども無事元気に戻り、お山がお祝いムードに溢れ、一気に明るくなった。
それとは逆に、お里の村人たちは多数の戦死者たちを出した事と、戦争による税負担が重く圧し掛かって複雑な心境にあり、戦勝気分一色という訳にもいかない。
それでも若者たちが多数帰還できたことは、明日への希望であるのは確かだった。
おせんタヌキは真っ先にお里のお地蔵さまに会いに行き、無事に帰還できたことを報告、感謝を告げる。
そしてお地蔵さまの隣に並び鎮座、おミヨちゃんを待つ。
やがていつものようにおミヨちゃんがお供物を持って現れると、
「まぁ!お地蔵さまがお二人!!おせんタヌキさんが帰っていらっしゃったのね?
嬉しい!!良かった・・・。」
そう言って涙ぐみ、自分の事のように喜んでくれた。
自分の夫、慎太郎さんは永遠に帰ってこないのに。
一方、お山では権蔵タヌキ、尚五郎タヌキ、庄吉タヌキたちの自慢話で持ち切り。講釈師のように饒舌に活躍した場面を語り続ける。
実際彼らの功績は絶大であり、秘密の存在であったとは言え、功績を讃えるべきと軍の上層部から感謝の気持ちが伝えられた。
と云っても、ただ「ありがとう」で終えるのではない。
四国中のお山に目立たぬよう、いたるところに小さな祠を建立、感謝の気持ちを込め勇敢なタヌキたちを讃えた。
その無数の祠には、常時村人たちがタヌキたちの食べ物を供え、飢えることの無きよう手厚く見守る事にした。
その費用を何と!陸軍省と海軍省が持ってくれたのだ。
しかもその意向を示してくれたのは、大山巌、児玉源太郎、乃木希典、東郷平八郎、秋山真之、と錚々たるメンバーだった。
至る所に祠を設置するよう命じられた村びとたちは、その顔ぶれに仰天する。
それはそうだろう。
だってそれぞれの四国県庁から発せられた依頼書には、お山の獣道沿いに、目立たせることなくひっそりと祠を設置しろと云うだけで、何の目的か明示されていない。
村人たちはタヌキたちが出征した事を知らず、いわんや大活躍した事実など知る由もない。
しかもその祠には、継続的にタヌキの好む食材を供えよだって?
「なんのこっちゃ?」そう思うのも当然だった。
こんな異例な破格の扱いを受けるのは誰なんだ?タヌキの餌?どうして?
疑問は尽きないながらも、素直に要請に従い忠実に守られた。
やがてそんな疑問に、ひとつの推論が語られ始める。
もしかしてお山のタヌキたちが何か大きな功績を挙げ、その結果の恩賞なのでは?と。
そうでなければあの軍のお偉いさんたちが動く筈はない。でもまさかね?信じられないだろ?
だが次第にお里におきた不思議な出来事に思い当たる。
過去にタヌキたちが時々化けて色々協力してくれた事などを。(タヌキたちはとっくにバレているとは全く知らなかったが。)
村人たちは軍のお偉いさんがそこまで感謝を示すなら、きっとそうなのだろう。と思うに至り、自分たちも上から言われてやるのではなく、自発的に自分たちの感謝の気持ちを示そうと考えるようになった。
あのいくさは想像以上の苛烈さだったという。
なのに多くの戦死者を出しながらも最終的に勝利できたのは、いや、多くの若者たちを守り生還させてくれたのは、きっとタヌキたちのお陰なのだろう。
そう思うに至り、愛媛と讃岐の2か所に(祠とは別の)独自のタヌキを祭ったささやかな社を建立した。
こうして功績をあげたタヌキたちは、その後何代も何代も村人たちに崇められる。
一般にタヌキの寿命は5~6年。どんなに長生き出来ても10年そこそこ。
それ程野生の動物たちは過酷な状況で自然界を生き抜いてきたのだ。
しかし、この後四国のタヌキたちは村人たちの保護もあり、長い者は何と20年も生きる事ができるようになった。
そんな環境改善に助けられ、おせんタヌキは幸せな人生をおくる。
やがて美人に成長したおせんタヌキには、ひっきりなしに求婚者が現れた。
その中の幸太郎タヌキが何度も食事に誘う。
「おせんちゃん、これから気持ちの良い川岸で、僕と一緒に饅頭を食べないか?
さっきあの祠に供えられていた美味しそうな饅頭をゲットしたんだ。
ねぇ、一緒に食べようよぉ~!」
「饅頭?ゲットした?ゲットって何?何処の言葉?アナタって、いつも思うけど軽薄っぽく見えるんですけど。
大体、人から貰った食べ物で、安易に私を釣ろうとする訳?アナタにとって私はそんなにお安い女に見えるの?馬鹿にしないでくれる?一昨日来なさい!このヘナチョコ幸太郎タヌキ!」
でも幸太郎タヌキは、これしきではへこたれない。
来る日も来る日もおせんタヌキにアタックした。
「ねぇ、おせんちゃん、今度向こうのお山にピクニックに行かない?
とっても風光明媚な場所を見つけたんだ。途中の川で鮎でも取りながら楽しく過ごそうよ。ね?良いでしょ?」
「ブッ、ブー!」
おせんタヌキはもう振り向きもせず、「ダメ」とか「嫌だ」とかも言わず「ブッ、ブー!」とクイズの不正解の時のような拒絶の反応音で答えた。
「え~!ダメなの?残念!じゃぁ、また明日ね。」
全く懲りない幸太郎タヌキであった。
そんなある日、幸太郎タヌキはふと考える。
「どうしたらおせんちゃんに振り向いてもらえるのだろう?
おせんちゃんの興味って一体何だろう?食べ物じゃぁ振り向いてくれないし。
そうだ!おせんちゃんは幻術や神通力が得意だっけ。
僕もおせんちゃんのように巧みな幻術を使えるようになったら、もしかして僕の事好きになってくれるかなぁ?」
そう思い、月夜の晩に一心不乱にタヌキ踊りの修行を積むようになった。
そしてある日のこと。
「おせんちゃん、見て!」と修行の成果を披露する。
「ポン!」
何と!幸太郎タヌキは、おせんタヌキが敬愛するお里のお地蔵さまに化けて見せた。
でも、おせんタヌキは軽薄な幸太郎タヌキが不敵にも尊敬するお地蔵さまに化けるなんて、何だか聖域に土足で踏み入れられたような気がして、とても不快な気持ちになった。
「ポン! お地蔵さまってこうなの。あなたのような不完全な化け方じゃ、返って冒瀆だと思うわ!」
と云いながら、完成度の高いお地蔵さまになって見せる。
お地蔵さまが二体。いつまでも見つめ合う。
いきなり同時に「プッ!」と吹き出し、笑いあった。
だって幸太郎タヌキのお地蔵さまはタヌキ顔丸出しで、本物とは似ても似つかないガサツな化け方である。
それに対し、おせんタヌキのお地蔵さまは本物そっくりではあるが、どこか可愛らしい。
特に目元が乙女そのものじゃないか。
「不完全な化け方?そんな事無いだろ!ホラ、今度はどうだ! ポン!」
「やっぱり不合格!」
「これじゃ、どうだ!」
「ブッ、ブー!」
「これでは?」
「ブー!」
「エエィ!今に見ていろ!」
そう捨て台詞を残し、幸太郎タヌキは森の奥に駆け出した。
そうして月夜の血みどろの特訓は続き、性懲りもせず、またおせんタヌキの前に姿を現した。
おせんタヌキは思った。今日の幸太郎タヌキはいつもと違う。何だか精悍になって雰囲気が別人に見えるわ、と。
幸太郎タヌキは自信満々に
「これでどうだ! ポン!」
今度もお地蔵さまに化けたのではあるが、いつもと目つきが違う。
まるで二枚目俳優のように、じっと おせんタヌキを見つめ続けていると、何故か おせんタヌキは恥じらうように目を伏せた。
ん?おせんタヌキは恋に堕ちたか?
その後のふたりはご想像にお任せします。
やがて おせんタヌキは所帯を持ち、たくさんの子供を産んだ。
その後も おせんタヌキはお里に子ダヌキを連れ、相変わらずお地蔵さまの横で鎮座した。
但し、昔と違うのはお地蔵さまの数。
以前は本物と偽物の二体だけだったが、今は母タヌキと子ダヌキがワラワラと続く。
お地蔵さまがこんなに増えた?
しかも時々は父ダヌキも加わり、大小交々《こもごも》入交り、壮観でもあり滑稽でもある。
何と賑やかな光景か!
お里の観光スポットとして、一層の賑わいを見るようになったのは言うまでもない。
それから約40年。
おせんタヌキから数代後、またもやお山に暗雲が立ち込める。
つづく