第10話 夜の山
翌朝。
俺は石のツルハシを持って祠の格子戸を開けた。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい。神さま」
祠の境内でナルメが名残惜しそうに見送ってくれる。
秋晴れで、村を出てしばらくして振り返ると、まだこちらを見送っている巫女の紅白が青空を背景に鮮やかだった。
「ゆうべはおたのしみでしたね。……ぽっ」
「うるせえよ」
ジト目で背中にしがみついてくる天使に、俺は吐き捨てるように返す。
「あんたこそ毎晩毎晩、終始食い入るように鑑賞して……ずいぶん楽しそうじゃねえか」
「わ!……わわ、私は神のガイドとして常に神のそばに控えているだけです。別に男女のまぐわいになど興味はないのです。勘違いしないでください」
そう言って無表情なまま顔を真っ赤にする銀髪美少女天使。
「その割にいつも耳元でハーハー聞こえて来てうるさいんだけど」
「ウソを言わないでください」
「ウソじゃねえし。神を疑うのか?」
「ぐぬぬぬ……」
さて、カワトの村を出た俺は東の野原へ歩みを進めると、やがて山の麓にたどり着く。
先日の冒険者たちの話では、東の山にはところどころに銅が埋まっている岩場があるんだそうな。
まあ、あの冒険者たちは『魔石』っていうファンタジックな鉱石を探していたらしいから採掘しなかったらしいんだけどさ。
「とにかく岩場を探さないとな」
俺はそう言って、東の山を登り始めた。
村に近い山は、土と木で構成されているらしい。
鉱物を探すには岩山を見つけなければならないので、さっさとこの山をひとつ越えようと思う。
「神、山の闇には魔物がひそんでいます」
と天使が真面目に言う。
「神であっても不意打ちを受けては大ダメージになることもあります。気をつけてください」
天使の言う通り、魔物は出た。
闇蝙蝠、ゴースト、毒サーペント……
武器は持ってきていないので拳で倒しながら進むが、山は木々に繁り、起伏に富み、魔物がひそんでいそうな暗がりはいくらでもある。
不意打ちに気をつけると言っても、気をつけようもなく、急襲ダメージを喰らうことも多々あった。
そればかりではない。
魔物のことを置いておくとしても山道はそのものが険しく、人間だった頃の肉体では決して進むことのできそうもない勾配がいくつもあらわれる。
が、これは神の身体能力によって木から木、崖から崖へ飛び移り、なんとか超えて行くのだった。
「おお、けっこう高くまで登ったんだな!」
山頂まで来ると、この山の東向こうにいくつもの山が連なっているのが一望できる。
何という広い景色!
まるで神にでもなった気分だ!
……いや、神なんだけどさ。
とにかく、ここから鉱物の埋まっていそうな岩山らしいのに目星をつけて、俺は山の谷を東へ下っていった。
でも、ちょっと山道を進むのに面倒になって来て、無茶なことが口をつく。
「なんか、これだけのジャンプ力があるんだったら、いっそのこと空を飛べてもいい気がするけど。神なんだし」
「空を自由に飛ぶことのできる神は、かなりの上級神です。村がよほど発展して国にでもなれば可能でしょうけれど……」
可能なのかよ。
まあ、あの素朴な村が国にまで発展するだなんて全然イメージわかないけどな。
「ところで山は下りこそ気をつけてください」
「と言うと?」
「神は高いジャンプ力を持っていますが、勢いあまって高所から跳んでしまうと落下ダメージを受けます。高さによっては即死もあり得ますから」
おっかねえ……
神の肉体が再構成されるのはオーク戦で学んだけど、ここまで来てまたあの祠へ引き戻されてしまうのはゴメンだ。
俺は慎重に山を下っていく。
でも、こういうのって最初のうちは気をつけるんだけど、だんだん雑になっていくものだよな。
途中で夜になるが、神の眼は優れていて夜目が効くのでそのまま下っていたのだけれど、ふいに暗がりの落差に足を取られてけっこう高めの場所から落下してしまう。
「ヤバッ!……かったぁ」
幸い即死ではなかったものの、夜に山を下るのはさすがに危険だと思った。
「まどろっこしいけど、ここで一夜を明かすか……」
とは言え、眠ってしまえばその間に魔物に襲われてリスポーンだ。
俺は、崖の下で一晩中起きて過ごすことにした。
ほら、神には別に睡眠は必要ないからさ。
すげー退屈だったけどね……




