第1話 転生したら村の神だった
「……というわけで、あなたには異世界で村の神をやっていただきたいのです」
ひとりの美しい少女が、無表情に、抑揚もなくそう告げた。
15、6歳ほどに見える華奢な身体ながら、あどけない胸のふくらみは純白の衣にくっきりとして、艶やかな銀髪がどこか幻想的な高貴さを放っている。
「待ってくれ、全然話についていけてない」
俺はあんまりに突拍子もない展開に戸惑いつつ尋ねる。
「あんたが天使だってのはわかったよ。俺がすでに死んでいて、この魂が異世界へ転生するっていうのも……まあ理解しよう。でも、村の神って何?」
「言葉のとおりです。あなたには、とある村の神として生まれ変わってもらいます。悪い話ではないでしょう?」
「そりゃあ……」
もう死んだと思ったものが、人生をやり直せるのみならず、神になれるっていうのだ。
悪くないどころかスゲーいい話である。
でも……
「ちょっと話がウマすぎるんじゃないか。人間が死んだらまた人間に生まれ変わるのが普通っぽいけど?」
「私たち天使としても天界から神をお招きしたいのは山々なのです。しかし、近ごろは神の数が不足していて、わざわざ天下って小さな村の神をやってくれる神などいらっしゃらない。そこで死んだ人間の魂を別次元から引いて“神”として転用するのはよく行われていることなのですよ。あなたが選ばれたのは……たまたまです」
たまたまって……
でもまあ、その方が真実味はあるか。
俺は生前、理屈で選ばれるような取り柄など何も持たない、ごくごく平凡な男だったのだし。
偶然と言われた方が納得がいく。
「なるほど。だけどもともと人間の俺には負える責任にも限度があるってもんだぜ」
「と、言うと?」
「例えば『世界を救え』なんて言われても、荷が重すぎてマジ困るって話さ。そこまでいかなくても、神ともなればなにか大変な使命を負わされるんじゃないか?」
「その点はご安心ください。使命などありません」
「本当かよ」
「はい。たかが小さな村の神ですから。ささやかな信仰を集めてのんびり暮らすもよし、文明レベルを上げて町にするもよし。どうぞお気の向くままになさってください」
「そっか」
天使の解説を聞くと俺はちょっとだけ考えたが、すぐに軽い気持ちになってこう答えた。
「うーん。じゃあ村の神、やってみようかな」
するとその瞬間。
視界にカッ!っと閃光が走ったかと思えば、あたりは眩いばかりの光で満ち、意識がスパークしていくような感じを覚える。
なんだこれッ……!
「それでは神様、どうか幸運をお祈りいたします」
最後に天使のそんな美しい声が聞こえて、俺の意識は遠のいていくのだった。
◇
目が覚めると……
そこは木造の小さな部屋で、俺には肉体があった。
「生まれ変わったのか?」
手足、胴体を見下ろすと、生まれたばかりだというのに赤ちゃんではなく、成人の体つきだ。
体調はすこぶるよく、気分がスッキリしている。
俺は立ち上がると格子戸を開き、小さな部屋から外へ出てみた。
「眩し……」
昼間で、太陽がいっぱいだ。
前には小川が流れていて、反射する陽がキラキラと煌めいている。
「そうか。目がよく見えるんだ」
目だけじゃない。
耳もよく聞こえ、鼻も利いた。
だから世界がこんなに美しいんだ。
これが神になったってことか。
「あ、あの……」
そんな時、後ろから声をかけられたので振り返る。
村人だろうか、ひとりの半裸の男がこちらを見ていた。
「俺?」
「は、はい。もしかして、あなたさまは……神さまですか?」
「えっ……なんでわかったの?」
「やっぱり! いやあ、祠から出ておいでになったからそうでねーかと思ったんですだ」
祠?
ああ、俺が転生したあの木造の小さな家のことか。
「おーい! みんなー! 神さまだぞ!」
そこで男が大声で叫ぶと、すぐにほぼ半裸の男女が20名あまり集まってきて俺を取り囲んだ。
「なんと、この村にもようやく神さまがいらっしゃっただか!」
「ありがてえ、ありがてえ……」
「よーし、みんなで神さまさ、胴上げするだよ」
……え?
呆気にとられていると、次の瞬間、俺の身体は宙を舞った。
ワッショイ! ワッショイ!
これが、事あるごとに俺を胴上げするという村の祭の起源だった。
「それでは神さま」
「おやすみなさいですだ」
それから村人たちは木の実、果物、魚、壺などを奉納してくれて、ひと通り有り難がると各々の家へ帰っていった。
まだ夕方だがみんなもう寝てしまうらしい。
さすが村人。
「まあ、暗くなってからやることもなさそうだし、俺も寝ちまうか」
そうつぶやいて振り返った時。
東の空に月が二つ輝くのを見て、俺はため息をついた。
「やれやれ、どうやら本当にここは別次元の世界なんだな」
そうあきれながら格子戸を開け、小さな木の祠に戻る。
祠は2畳ほどの小さな部屋だったが、俺ひとりが寝ているのには、まあ十分だろう。
これからどうなっちゃうんだろうな……
そう思い、横になって目を瞑った時。
「神……神よ。聞こえますか?」
「ひっ! 誰だ?」
「……私です。今、あなたの耳へ直接語りかけています」
わかってる。
誰かが俺の耳に直接口をつけて語りかけているのは。
マジでビビったけど身を起こしてみると、あの天使がこちらを見つめていたので胸をなでおろす。
「ああ、びっくりした。あんたかぁ」
「はい。天使です」
と、無表情な美少女天使。
つーか、天使だったら耳じゃなくて頭に直接語りかけろよ……
「そんなことより、いかがです? 神になってみて」
「え? あ、うん。今のところ快適だよ。村の人たちもよくしてくれそうだ」
俺はそう答えた。
格子戸から洩れてくる月明かりが天使の美しい銀髪をキラキラと照らしている。
「それはよかったです」
「つーか、あんた。転生後もあらわれるんだな」
てっきりあれっきりだと思ったけど。
「ご安心ください。神の自由意思に干渉したりはしません。私は天使、あくまでガイドにすぎないのです。この世界の前提、村の状況、そして神の性質を説明するための……」
そう言う天使の説明によると、村には現在36人が暮らしているらしい。
主な食料はあの小川で採れる魚。
野に自生する山菜。
一応、小規模な田畑もあるが家庭菜園レベルらしい。
「村人は祠に食べ物などを奉納することがありますが、神は食べずとも問題はありません」
「え、そうなの?」
「神にとって食物は味覚を喜ばせるだけのものになります。そもそも神は不老不死ですから、寿命もなければ殺すこともできないのです」
不老不死か。
そう聞くといろいろ残酷なことを想像しちゃうけど……
「たとえば首を切られたら……なんなら肉体を焼かれてすべて灰になったりした場合はどうなるんだ?」
「肉体が滅んだ場合は、村の祠で再生成されます」
想像もつかねえけど、ようするに復活するってことか。
「ただし……村の神が完全に消滅してしまうケースがひとつだけあります。それは、村そのものがなくなった場合です」
「なるほど」
そりゃあ村が存在しなければ、村の神もまた存在しねーわな。
「具体的に言えば、魔物や隣の村の侵攻によって村人36人がすべて死亡した場合などですね。ですから、最初は全滅にだけは気をつけてください。あなたの存在そのものが消滅してしまいますから」
天使は美しい無表情で、そんなおそろしいことを言った。
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