猫と狐
「ね。山内くんっ。今日、一緒に歩いて帰らない?」
学校付近のバス停にて。私は、丸メガネの位置を直しながら、彼に話しかける。勿論、首を傾げる角度は四十五度、上目遣いで……と言っても、大体の男子が私より身長が高いので、必然的にそうなる。
「山内、オマエ……!抜け駆けだ!」
「学校のアイドルと言われている、高崎に声をかけられるなんて……やるね〜」
羨ましいぞ〜、と、部活の肘でつつかれた彼が、にこやかに返す。
「どうして?」
「紗月のことについて」
「………。」
彼女の名を出すと、笑顔ではいたが、少し眉間に皺が寄ったのを見逃さなかった。
その後、わかったよ、と改めてスクールバッグを背負いなおし、友人の二人に声を掛ける。
「ごめん。今日は、この子と帰るよ。明日、埋め合わせのお菓子かなんかを持ってくる。」
「絶対まるっこコーン持ってこいよ!それと、背後には気をつけろ……この俺のスペシャルキーパーハンドでお前をはっ倒すかもしれねぇからな……!」
「どうどう。櫻井、落ち着け。龍、気にしないで。また部活でね〜。」
そうやって、手を降る二人に振り返す彼。私はにこやかに会釈だけし、進行方向に向き直った。
「珍しいね、高崎さんが僕に声を掛けるなんて。」
「……ふふっ、そうだよね。けど、さっき言った通り、何で声をかけたか……もうわかってるでしょう?」
「……」
「あなた、紗月のこと、好きでしょ」
「君こそ、晴翔のこと、好きだよね」
お互いに、視線だけを合わせる。
「や〜っぱりね。彼を観察してたら、自然と目に入ってくるんだもん。紗月ばっかり見てるし」
「それはお互い様じゃない?」
「……それはそう。で、好きな人見てると、わかっちゃうんだよね。視線がかみ合わないってこと」
「……。」
「それに、紗月達が素直になれない性格だってことも……傍にいるからわかる……」
少し視線を落とし、整備されたコンクリートの上にあった、小さな石を軽く蹴飛ばす。
彼は沈黙の後、話題をそらすかのように問いかける。
「……それで、どこに行くつもりなのかな?」
「ウフフ、バレちゃった?駅への進行方向とは違うもんね。」
ザッ……とわざと音を鳴らし、とある自動ドアの目の前で看板を見上げる。
「……ゲームセンター?」
「そう。」
私は、中へと入ると、いつもの道順を進んでいく。
「これ、やるよ」
私はそう言うと、パチンと手のひらに拳をぶつける。
そう。パンチングマシーンだ。
「オラアアァアアアア!!!」
バコーンという音と共に、ピピピピ……と計測の音がなる。
「はい。あなたもっ。」
「……。」
「えっ!すご〜い!私より全然強い!」
「……大げさだな。僕は平均より少し上ぐらいだよ。」
「……やっと仮面、剥がれたね。」
「元より、似たような君には、バレてたから。」
彼は、普段通りの爽やかな笑顔ではなく、狐のような意地悪い笑みで笑った。
UFOキャッチャーのボタンを操作する音に耳を傾けながら、話を戻す。
「それで、この状況、どうする?」
「ん?何が」
「とぼけないでよ。つまるところ、二択でしょ。告白しないで後押しするか、告白して振られるか」
「……惚れさす、っていう第三の選択肢は?」
「わかってるくせに〜。」
「……、まぁ。」
クレーンが、左右前後に動くのを、目で追いかける。
「そういえば、私は積極的にアピールしたけど、山内くんは、只見つめてるだけだったよね。」
「は〜。別クラスだと、接点を作るのが大変なんだよ。」
「同じ委員になるとかは?」
「この性格のせいで、クラス内で学級委員に推薦された」
「うわぁ、可哀想……w確かに、その上辺の性格じゃ、断れないか。」
「そ。本当……ありのままの性格で生きられたなら、楽だったんだけどね」
ガシャン、と、小さなぬいぐるみが二つ、音をたてて落ちる。
「ありがとう〜。この二匹、好きだからほしかったんだよね。ねころんとツネ吉。」
「知らずにとったけど、何かのマスコットキャラ?」
「『いちゅわりあにまる』っていうやつ。
4匹いるんだけど、その中に、猫のねころん、狐のツネ吉がいるの。どっちも相手に嫌われないように、性格を偽ってた。
ある日、小さなきっかけで、皆に、ねころんの本当の性格がバレちゃうの。
もう仲間に入れて貰えないと思ったねころんは、泣きながらその場を飛び出すんだけど、ツネ吉が追いかけていって、
『僕も性格を隠してたんだ。だから、大丈夫だよ。』って、手を引いて皆のもとに戻って来るの。
そしたら、みーんな性格を偽ってて、『どんな性格のねころんでも、大好きだよ』って抱きしめて貰えるの。
それが何だか……共感しちゃって。羨ましいな〜って。だから、このペアが好きなんだよね。」
勿論、理由は他にもあるけど。
銀色のストラップを持ち、人形を掲げる。理想を形にするから、作品が生まれる。
それはわかってるけど……家族以外にも、理解者が居てくれたら、どんなに生きるのが楽だったか、と思ってしまう。
電球の眩しさに目を細めると、隣から気だるげな声が聞こえてくる。
「……ふーん」
「……全然興味ないでしょ。じゃ、最後にアレやろう。ゾンビとか平気?」
「勿論。シューティングゲーは得意」
そう言って、車をイメージしたゲーム機の中へと乗り込む。
「……ていうか、高崎……さんって、こういうのやるんだ」
「萌でいいよ。ふふ、意外?結構やるよ。何なら、帰りに頻繁にココに寄ってるし」
「通りで。随分行き慣れてるなと思ったよ。」
ワンコインを入れ、画面上のSTARTの表示が、おどろおどろしく溶けていくのを眺める。銃を模したものを持ち、画面に表示された、チュートリアルを進めていく。暫く無言が続き、ゾンビを打ち始めたところで、彼が口を開く。
「質問の答えだけど」
少し間を置き、大きめのゾンビを協力して倒した後、こう言った。
「……俺はさ、晴翔に決めさせようと思う」
「……どういうこと?」
「俺が、紗月ちゃんのこと好きだってこと……打ち明ける。」
チュートリアルが終わり、序盤から、ガガガガガ……と銃を連射する音に耳を傾ける。横で、ヘッドショットを連発する彼に、私と同じような、何とも言えない、苦しい気持ちが伝わってくるように感じた。
「……わかってるんだよね?そうするなら、晴翔くんの反応次第で、今まで培ってきた友好関係は……終わるって」
私は、ゾンビに引っかかれるダメージを見ながら、プレイヤーが感じてるであろう痛みと、そうなった場合の気持ちをリンクさせていた。
「わかってるよ。」
少し寂しげな声色をしているのがわかった。彼と私は似ている。だから……部活がない日を狙って、話しかけて、答えを聞きたかった。
けど、どうやら彼も、私と同じ結論にたどり着いていたらしい。
「……私は……迷ってる。だから、あなたの意見も聞きたかった。」
GAME OVERの文字を見据え、斜め上を見上げ、彼の目を見つめた。すると、彼は目を閉じ、こう返す。
「……行き慣れてるにしては、シューティングゲーム、下手すぎでしょ」
「……それは、認める。」
画面には、左側にSランク、目の前にBランクと表示されていた。まさか、山内くんがこんなにゲームが上手だとは知らなかった。
私の脳内で、彼の情報をアップデートしておこう。
「は〜っ、爽快!」
軽く伸びをしてから、光の眩しさに目を細める。私は、ゲームが得意云々ではなく、日々のストレス発散の為に、ここに来ている。だから……多少スコアが伸び悩んでても……気にしてないしっ!
「……少し、愚痴っていい?」
一人で葛藤している私の背後から聞こえた声に、振り向きながら一つ頷く。
すると彼は、徐ろに自動販売機の前へと立ち寄り、カフェオレを押す。私はその後に、メロンソーダを押した。
そして、二人で備え付けのベンチに腰掛ける。
「……」
「……」
「俺、性格を偽ってるのって、自分の為なんだよ。」
「……うん。」
「自分で言うのも何だけど、平均よりは顔が良いらしくて。中学の時、サッカー部の先輩の彼女が、俺に告白してきたんだ。それからもう、修羅場。先輩に言われたよ。
『お前を信じてたのに、スカしてんじゃねぇよ!』
って。俺、彼女に話しかけたこともなかったのに。」
彼は、口の乾きを潤すように、一口流し込む。
「……普段の自分と違う人格を作れば、ソイツが盾になってくれて、いざこざの痛みも分離できる。そうやって過ごすうち……高校に入ったら、もう、人間関係はいいやって思ってたんだ。」
そして、フッと笑みをこぼす。
「そしたら、晴翔がさ__」
___
『よっ。』
『え……?……よ。』
『初めまして。俺、2組の坂浦晴翔。』
『……3組の、山内龍です。』
手を差し出され、俺は思わず握手をする。一体何の用だと警戒していると、彼は僕の手元を指差す。
『……ソレ、』
『え……あ、あぁ、入部届。』
『俺も、サッカー部入るから。仲良くしてぇなって。』
『!?……何で?』
『だって、今の時間いるってことは……待ってんの、HRが鬼長い、強面の山センだろ?アイツ、サッカー部の顧問だし……てっきり、そうかと』
『……それだったら、文芸部の柴田先生も、HR長いけど?』
『……あ!そうか!わりぃ……早とちりしたわ。けど、折角だし、違う部活でも友だちになってくれよ。』
『フッ……いやいや、合ってるよ。僕もサッカー部、入ろうとしてたんだ。』
『は!?なんだよ〜ビビった。つーか、思い出したけど、仮入部の時居たよな?ずっと俯いてんのに、ボールのコントロール上手いし……中学の時サッカー部だったりしたか?』
『うん。サッカー部だったよ。』
『お〜、俺も。ポジションは?』
『3年の頃は、MFをすることが多かったかな……』
『すげえじゃん!』
そういうと、彼は、屈託のない笑顔で笑った。
____
「ってさ。それから、斗真と空……バス停にいた二人ね。を紹介してもらって。いつの間にか僕はまた……いや、彼のお陰で、友人ができたんだ。」
「……」
「あいつ、ザ・光……って感じがするんだよ……、口は悪いけど」
「……急にディスるじゃん」
「アハハッ、けど、良い奴なんだ。」
「!……、……わかるなぁ……その気持ち」
「え?」
「私もさ……この顔でしょ。モテちゃうでしょ。どうしても、女子の反感を買うの。そしたら、何もしてないのにイジメられて。何もかもどうでも良くなった……
だから、私は、男と話すのが、性に合ってるのかもなって思って。小動物系になりきって……自分が生きやすくなれば良いと思ってた。そうしてたら……」
―――
『ちょっと、あなた』
『……なんですか?』
(面倒くさい……また言いがかり?どうせこの子も__)
『その筆箱……すっごく可愛いわ!』
『……はぃ?』
『こ、ここここれ、いちゅわりあにまるのねころんよね!?待ってて……』
そういうと、彼女は、自身の筆箱を持ってきて見せてくれた。
『みて!これ!』
『……それ、いちゅわりあにまるのうさっこ……』
『うん!その……いちゅわりあにまるって、結構マイナーじゃない?だから、同じ好きな子がいてくれて、とても嬉しいわ!』
『……そ、そう……』
『それと……もし良ければなんだけど、私達、友達にならない?』
『……私が、あなたと?』
『ええ。』
『……良いの?もし、私と仲良くしたら、あなたまで噂されちゃうよ』
『……?噂?何それ。私は、私が見たあなたのことしか信じないわよ。』
『……!……そっ、か。うん。それだったら、なりたいっ。』
『改めて、私は守田紗月よ。よろしくね!』
『私は、高崎萌。よろしくね、紗月!』
___
「……そう言われてみれば、私にとっての紗月も……光、みたいなものかな」
ギュッと、メロンソーダの缶に力を入れた。
「だから、彼女を傷つけたくない。かと言って、私も傷つきたくない。さっきの案、私も浮かんだの。けど……それは、私自身が結果を出すことから逃げただけ。私のことを、ズルいって思っちゃう。……彼女が光なら、私は影なのかも」
「……良いんじゃない、影で、ズルくても。」
「……?」
「多分俺達は、彼らを神格化してる。光にだって、欠けてる部分はあるよ。それを見てないふりしてるだけ。……それに、遠回りかもしれないけど、友人だから、俺達なりの方法で、彼らをくっつけようとしてるじゃん。それって、良いことでしょ」
「……」
「もし、自分の気持ちを伝えられたら、それはそれで万々歳。誰だって傷つきたくないし。だから、俺は、かっこ悪くても、卑怯でも、陽翔を盾にする。」
私は、ゆっくり目を閉じた。脳裏に浮かぶのは、満面の笑みの紗月の顔。
『萌!』
あの、元気溌剌とした声が、耳の傍で聞こえてくる。
あぁ、羨ましいな。あなたが一言、勇気を出して、彼に『好き』と伝えたなら。彼はきっと手を取ってくれる。そしてきっと、笑いあえる。
私はそれが、羨ましくて、憎らしくて、辛い。叶わない恋というのは、こんなにも___人を醜くさせるんだね。
「……いちゅわりあにまるの第11話。」
「え……?何、急に」
「ねころんは、狼のオミ太が好きで、ツネ吉は、兎のうさっこのことが好きだった。どっちも告白するけど、どっちもフラレるの。オミ太とうさっこは、両片思いだったからね。」
「ふーん……他人事には思えない話だね。」
「勿論、2匹はわかってた。私、その話に感情輸入しちゃって……見た瞬間、泣いてた。」
「フッ、アニメで?」
「ちょっと!そうやって鼻で笑うけど!その時、もし、私が陽翔くんに告白したら……って考えてたの。で、もし現実で告白してもフラレるじゃん。
一回、陽翔くん絡みで泣いたのに、二回も彼の為に泣くことになる。それが嫌なの。」
「う、うん……思想変わってるね」
「え〜!?わからない?……うーん……じゃあ、山内くんもいちゅわりあにまる見て。そしたら、絶対私が言ってることがわかるようになるから。」
「パッションで通されても……わかった、空き時間に見とくよ。」
「やった〜♡見たら感想、教えてね。はーぁ、まぁ、モテても、好きな人が振り向いてくれなかったら、意味ないよね。……というか、私に振り向かない陽翔くんが見る目ないと思う!だから腹立つし、悔しいし、泣きたくない。」
「その説明だったら理解できた。……けど、その言葉に一つ、付け足さないと。」
「ん?何?」
「彼らは、見る目なくて、見る目あるよ。」
「……ふふっ、自分が矛盾を言ってるって、気付いてる?」
「勿論。」
私達は目を合わせ、笑いあった。泣き笑いするほどに、大きく笑った。その涙に入っているのは、さっきの感情がほとんどと、ほんの少しの、幸せを願う気持ち。
端からみれば面白くなくても、そんな風に昇華しないと、心が限界を迎えるから。
しばらく笑って、落ち着いた頃に、一つ、大きく息を吐いた。
「急だったのに、話、聞いてくれてありがとう。覚悟、決まったよ。……せっかくだし、初の一緒に遊んだ記念に、これあげる。」
「これ、ツネ吉の……好きなんじゃないの。」
「少し山内くんに似てるなって、思ったから。ツネ吉も、ねころんにアドバイスしてたし。」
「そうか……うん。貰っておくよ。こちらこそ、ありがとう。話すことで、改めて、気持ちの整理がついた。」
そして、同時にベンチから同時にゆっくり立ち上がり、飲みきった空の缶を、専用のゴミ箱へ入れ、ゲームセンターから出ると、二人で駅の方面へと歩き出した。
「……今更気付いたけど、さっきの、アニメを見せる為にわざとあんな言い回ししてた?」
「さぁ〜?どうでしょう。けど言質はとったからね。もし見なかったら、またゲーセン付き合ってもらうから!」
「ん〜……それは勘弁……ちゃんと見る」
「うん。よろしい。」
「そうだ、見る前に……その4匹、最終的にはどうなったか教えてよ。」
「結末、先に聞きたいタイプ?それはね……」
紺とオレンジの、夕刻時に見せる空の顔。雲の後ろから射す、温かい光が、彼らを優しく照らした。
まるで、鞄にぶら下がった、猫と狐のストラップが仲良く揺れているのを、微笑ましく思うように。
____
『ねころん……』
『あら、うさっこ。どうしたの。』
『私……その、オミ太と……』
『付き合うことになったんでしょ。』
『え!?どうして……』
『気づいていなかったのは、あなた達だけよ。んもう、鈍感ね。それで、そのことを私に言って、どうするつもり?』
『……うち、ううん。私……わがままだけど……ねころんと、ずっと友達でいたい……って、伝えたくて……』
『はぁ……そんなこと?』
『っ……、やっぱり、だめだよね……』
『バカね。』
そう言うと、耳がうなだれているうさっこを、ねころんは優しく、抱きしめる。
『そんなことで、友達、やめてなんてあげないわよ。だってあなたは___私の猫生の中でダントツで、良い子だもの。』
こうして、とある森の住人、うさっこ、ねころん、オミ太、ツネ吉の4匹は、いつまでも、仲良く暮らしましたとさ。
めでたしめでたし
本編中の、好きと打ち明ける前のお話でした。