ハッピーエンドルート
「……萌。」
「その顔……、決めたんだね。」
時間は、既に放課後。夕焼け空のオレンジ色の光が、彼女を照らしていた。
「ごめん……萌……、私……」
「いいの!……言わないで」
私は、下唇を強く噛んだ。この判断は友達として、最低だ。
だけど……
どうしても、この気持ちを伝えたい。伝えなければ、私は将来、きっと後悔する。そう思ったから。
「……今日は、途中まで、一緒に帰れないや」
「うん。」
「心からの応援も、できない」
「……うん。」
「けど……、けど。」
萌は、潤んだ瞳で私を見た。
「……精一杯、自分の気持ちはっ……伝えてきて」
「……うん。」
私は、萌に背中を向けて走り出した。後ろから、すすり泣き声が聞こえてくる。結局、自分の気持ちを優先してしまった。周りも傷つけて、アイツも傷つけて。自己中だって分かってるけど。
どんなこと言われたって、私は
アイツの事、大嫌いで、大好きだったんだ。
涙でグシャグシャになったであろう顔で、急いで玄関へと向かう。靴箱にも、いつもの教室にも、部室にもいない。
「ハァ……ハァ……ッ、どこに行ったのよ……!」
ほとんどの人が帰った校舎は、やけにシンと静まり返って、私の靴音だけが響き渡る。走り続けているせいで、肺が苦しくなってくる。自分の気持ちにウソをついて、あんなことを言ってしまったのを後悔した。
アイツがいそうな場所をしらみ潰しに調べた。けど、見つからなくて。
「……もう、帰っちゃったみたいね」
最初から、アイツの出席番号の靴箱を確認しておけば良かった。もう既に、上履きしか残っていなかったからだ。あんなに走り回って、バカみたい。
すぐに気持ちを伝えて、……楽になりたくて。
そんな考えに翻弄され、いつの間にか、冷静さを失っていたようだった。
「……ッ、」
あなたに、謝りたいの。聞きたいことがあるの。そして……言いたいことがあるの。
「陽翔……」
「紗月!」
ふいに呟いた名前と同時に、呼ばれた声に振り向けば、そこには、息を切らした、アイツの姿があった。
「お前ッ……なんで教室に居ないんだよ。それに、電話にも出ないし。」
「え……そ、それは……」
そうだ、直ぐに陽翔に会いたいからって、なにも考えず飛び出してきてしまったんだ。電話したりして、連絡することもできたのに。頬が熱くなっていくのを感じる。
「……ま、見つけたから良いか。……紗月、今日、一緒に帰ってくれるか」
「……う、うん」
そして、私達は、いつものように歩幅を合わせながら歩き始めた。
「……」
「……」
「「あのさ」」
お互いに立ち止まり、声が重なりあった。戸惑っていると、陽翔が目をそらしながらこう答えた。
「……良いよ、そっちからで」
「うん……ありがと。……あの、昼休みのことなんだけど……大嫌いなんて言って、ごめんなさい。あれは……、萌との会話で……あることについて、誤魔化してて。けど、それを説明する前に……一つだけ、聞きたいことがあるの」
「……なんだよ」
震える声を抑え、慎重に口を開いた。
「覚えてる?小学校の時、私が初めてワンピース着ていった時のこと。」
「あぁ……あれ、聞いてたのか。覚えてるよ。 」
「……な、なんで……、変って……言ってたの?」
俯きながら、答えを聞くのが怖くて、手が震え始める。
「……もしかして、途中で聞こえた走り去った音って、お前だったのか?あれは__」
そう言うと、陽翔は昔の話を詳細に語りだした。
___
「なぁ、急にアイツ、ワンピース着てきたけど……ぶっちゃけ、変じゃね?なんかさ、女装してるみたいで」
「……あぁ、変だな。……そうやって、人のことバカにしているお前が、だけど」
「は、はぁ?」
「紗月は、女の子だぞ。好きな服着て何が悪いんだよ。似合う似合わないは俺らが決めることじゃない。アイツが決めることだ。それに、仮にも友達だったら、褒めるだろ。普通。」
「なんだよ、イイコぶりやがって……つまんねぇヤツだな」
「相手を悪くいうお前の方がつまんねぇよ」
____
「……あれ以来、アイツと話さなくなって、疎遠になったけどな。」
「そ、そうだったの……。」
陽翔は、私のこと、認めていてくれてたんだ……。そう思うと、目が潤み始めてくる。……ちょっと、待って。
「……って、なんでわざわざ倒置法にするのよ!誤解しちゃったじゃない!」
「しょうがねぇだろ!会話なんていちいち考えて喋ってねぇし!……それでもしかして、態度が変になったのか?」
「っ……!そ、そうよ……悪い?」
「……つーか、お前だって、それぐらいの頃、俺のこと、『好きじゃない』って言ってたじゃん。」
「え?そんなこと言ってないわよ。いつの話?」
「ほら、あの時仲良かったレイコと話してたときだよ」
「あ、あぁ~!あのことね。……というか、貴方も聞いていたのね。少し、恥ずかしいんだけど……」
私は、咳払いをしてから、あの時のことを話し始めた。
____
「ねぇ、紗月は、陽翔のこと好きなの?」
急に、そんなことを言われた。私は少し、頭を悩ます。陽翔との関係値は、なんといったら良いか、わからない……けど……。
「……好きじゃないよ。」
私は、一呼吸を置いてから口を開いた。
「好きじゃなくて、大好きなの。陽翔って、ああ見えて、相手への気配りもできて、人情に厚くて、尊敬できるヤツなんだ。レイコだって知ってるでしょ?」
「へ~?そうなんだ」
「言っとくけど、『人として』、好きなんだからね!」
「はいはい」
「信じてないでしょ!?」
_____
「__って、感じだったんだけど……」
「お前も倒置法じゃんか!なんだよ、好きってストレートに言えば良いだろ!」
「しょうがないでしょ!照れ臭かったし、恥ずかしかったのよ……!」
「……じゃあ、今は?」
「え?」
急に真面目な顔になり、私の目を真っ直ぐに見つめてくる。
「今は、どうなんだよ。」
「……そ、そりゃ、私は……友人として、」
最後まで言おうとして、萌の言葉を思い出した。
『……精一杯、自分の気持ちはっ……伝えてきて』
ちゃんと、伝えないと、萌に示しがつかない。あの時の萌の泣き声を思い出す。怖がってどうするの。伝えると決めたのは、私じゃない。
「私は!」
口が乾くのを感じる。けど、今言わなきゃ、萌との約束も破ることとになってしまう。私は、大きく息を吸って、勢いのまま吐き出した。
「私、異性として、陽翔のことが好きなのー!!!!!」
ザザザ……と風が私達を吹き抜けた。たった、数秒の出来事だったんだと思う。けど、私にはその間が、とても長く感じた。その後、陽翔も私と同じように、大きく息を吸って、気持ちを吐き出した。
「俺も、……紗月のことが、好きだー!!!!」
「お熱いねぇ……」
チリンチリン
通りすがりのお婆ちゃんが、自転車のベルを鳴らす。
「……」
「……」
二人して、恥ずかしくなって顔が赤くなった。けど、確かに、二人きりになれる屋上でもなく、空いている教室でもなく、公共の場で告白しているのだから、誰かに聞かれるのは当たり前。けど、何だかそれが私達らしくて、つい、顔を綻ばせる。
「……こ、これって両思い……って、ことよね?」
「……あ、あぁ。そうだな」
「はあ~~……」
「おい、なんでしゃがむんだ」
「いや、……不安、だったから。前、陽翔、萌のことがタイプって言ってたから……ほら、私とは真逆でしょ?」
「……お前だって、山内のことがタイプとか、どうとか言ってじゃねーか。」
「……ちゃっかり、聞いてるのね」
「……紗月こそ」
「そうよ。けどね……一緒にいて楽しくて、心から隣に居たいって思うのは……貴方よ。陽翔。」
「……俺も、そうだ。なんでだろうな。紗月の顔も性格も、タイプではないのに」
「ちょっと!それは私もそうよ!」
「ははっ、そうだよな」
そう言うと、陽翔は私に手を伸ばしてくる。
「けど、さっきも言っただろ。お前と同じで、心から一緒に居たいのは、……紗月だよ。」
「……クサいセリフね」
私は、迷うことなく差し出された手をとり、立ち上がった。
そのまま、私達は手をつなぎながら、いつもの帰り道を歩き始める。
優しくて、人情があって、尊敬できる。お互いに誤解をしていて、顔を合わせればやたら悪態をついてきていた。そんなのが、私の幼馴染みであり、大事な、恋人だ。
急ピッチで書き上げたので、少し表現が雑です。すみません(汗)