本編
いつもの通学路。夕暮れ時の帰り道、私達はいつものように喧嘩をしていた。
「ついてこないでよ」
「お前こそ」
「帰る方向が一緒なのよ」
「あぁそうだったな」
そして、それぞれの家の前に立ち、捨てぜりふのようにこう言うのだ。
「じゃあね!」
「じゃあな!」
ほぼ同時に発した言葉に驚き、相手を見据え睨みあった後、速やかに家の扉を閉める。
顔を合わせればやたら悪態をついてくる。そんなのが、私の幼馴染みだった。
「なんで、喧嘩ばっかりしてるの?」
お昼休み。お弁当を一緒に食べていた私の親友、萌が、丸いメガネの位置を直しながら問いかけてくる。
「なんでって……アイツのこと?」
男子グループの中心にいる幼馴染みを、箸で指し示した。すると、それに気づいたアイツは、目の下を引っ張り、べーと舌を出してくる。腹が立った私は、同じくべーと舌を出す。
「うん……不思議に思って。本当に仲が悪い、って訳じゃないでしょ?」
彼女は、こてん、と可愛く首をかしげる。
「……うーん、理由、か……。特に無いのよね。」
考えてみれば、アイツと喧嘩して争うのは、テストの点数、走る速さ、売店のお気に入りのパンの奪い合い……等、下らないことしかしていない。
「小学校からの付き合いだし、いつの間にかそうなってたというか……」
「……じゃあつまり、学校では喧嘩してるだけで、本当は仲が良いってこと?ビジネス喧嘩?」
「違うわよ!大体、学校だけで喧嘩するって、何のメリットがあるのよ?」
「ふふ、確かに。」
クスクスと、女の子らしく彼女は笑う。淡い茶色い髪の毛がサラサラで、身長も小さくて、いい匂いもする。可愛い子リスのようで、つい頬が緩んでしまう。
「じゃあ、話は変わるんだけど、好きな人、とか……いるの?」
「え!何よ急に……そんな人いないわよ。でもタイプで言うなら、隣のクラスの、山内くんとか?」
「あ~、彼ね!笑顔が素敵だし、配慮もできるし、正に王子様タイプだね。」
「そうなのよね。私以外にも、良いなって言ってる人、結構いるんじゃない?」
「うんうん、いそういそう!」
そんな他愛もない話をしながら、私はお昼時間を過ごした。
____
「じゃあ、私は先に帰るわね。あまり自主練し過ぎないで、早めに帰るのよ?」
「はい!先輩、お疲れ様です!」
「お疲れ様です~」
「うん、お疲れ」
吹奏楽部の練習場となっている音楽室にて、私は残って練習をする後輩たちに別れを告げた。
「はぁ、すっかり暗くなっちゃったわね……」
日が沈んだ空を窓越しに見つめ、靴箱へと向かう。すると、運動部らしき男子生徒の集団が溜まっていた。その中に、見慣れた後ろ姿を見つける。
「あれは……山内くんと……アイツじゃない。」
「じゃ、また明日な。気をつけて帰れよ」
「おう。そっちもな。また明日」
山内くんを含め、アイツ以外の生徒はバスに乗らなければならないようで、先に外へと出ていく。そして、この空間には、アイツと私だけが残った。
ふと、アイツが私の方に振り向く。少し驚いたような表情をした後、直ぐに怪訝そうな顔をする。
「……げ。」
「げって何よ。」
私は、その顔に反応することなく、直ぐに上履きから靴へと履き替える。
「……遅くまで、フルートの練習かよ?」
「そうよ……。そっちは、サッカーの練習?」
「……おう。」
そんな言葉を少し交わした後、いつものように一緒に帰路につく。うちの高校は田舎の方にあって、街灯はあまりついていない。
ポツリポツリと、間隔が空けられ立てられている光を頼りに、私達は一定の距離を保って歩き始める。
ただ何故か、今日はいつもと違うように感じた。
沈黙の間、私は親友に聞かれたことに対して、考えることにした。
(なんで、アイツのことが嫌いなのか……、か。そういえば、思い出した。)
___
私達は、小学生の頃からの幼馴染みだった。
あの頃の私はヤンチャで、今と違って、髪の毛はベリーショート、格好も男の子のような服装だった。
元々、アイツとはお昼に一緒に外遊びをしたり、家へ宿題をしに行くほど仲が良くて、関係性としては良好だったと思う。
小学4年生のある日、私は思いきって、可愛いワンピースを着て学校へ通った。元から可愛いものが好きだったが、からかわれるのが恥ずかしくて、なかなか勇気が出ず着れずにいたのだ。
小さいお花が所々に散りばめられたもので、今までの私の格好とは正反対。だけど……
だけど、アイツだけは、どんな私でも認めてくれると思ったのだ。
「なぁ、急にアイツ、ワンピース着てきたけど……ぶっちゃけ、変じゃね?なんかさ、女装してるみたいで」
「……あぁ、変だな。」
他の男子とアイツが、そう話しているのを偶然聞いてしまった。
私は、一目散に逃げるように走り出した。
期待していた私が、バカみたい
溢れでた涙は、直ぐには止まらなかった。
それから、私は自分の理想を追い求め、髪の毛を伸ばし、服装も、言葉遣いも、仕草も、女の子らしくした。
変だと言ったアイツを、見返すために。
_____
(……けど、中高と受験先も一緒だった上に、親同士も仲が良いから、無視する訳にもいかなかったのよね。)
はぁ、とため息をつくと、バックが強い力で横へ引っ張られる。
「きゃっ!」
ブォオオオン
白い車が、物凄いスピードで私の横を通りすぎる。
ウソ……ここ、道が狭いから、最高速度は30kmって規制が看板にあるじゃない。あり得ない!
ハッとして、アイツの方を見た。目があったかと思うと、直ぐに目線を剃らし、パッと掴んでいた手を離した。
「……悪い。」
「ううん、ありがとう。……助かったわ。」
幼馴染みだからこそ、わかる。コイツは、本当に悪い奴じゃないってこと。
けど、私にはなんであんな事……
私は、悔しくなり、鞄の紐をギュッと握る。
「なぁ。……フルートって、どんな練習すんの。」
「……え?」
いつも喧嘩腰のアイツが、今日に限って、普通の質問を投げ掛けてくる。拍子抜けしながらも、私は質問に答える。
「……ひたすら、基礎的なことをしてるわ。指を動かす運指練習とか、なるべく息を吐き続けられるように、腹式呼吸の練習とか……そっちは?」
「……俺は、フォワードだから、シュートの正確さを鍛えるためにひたすらボール蹴ったり、1対1したりしてる」
「そうなのね。フォワードって?」
「簡単に言えば、点をとる前衛ポジ」
「ちょっと!重大なポジションじゃない!」
「ははっ、だろ?」
……!
久々に、彼が笑う所を見た。顔をくしゃっとさせる笑顔は、幼い頃に見たのと変わらないままだった。
……気が狂うわ。
そうこうしている内に、家の前につく。
「……今日は、ありがとね」
「ん。急に引っ張って……ごめんな」
「……何よ。私が、周りにいる女子より弱いと思ってる?」
私は、笑いながら力こぶを作った。例え吹奏楽部だったとしても、筋トレは欠かさず行っているのだ。だから、頑丈さには自信がある。
「……!そうだったな。まるでゴリ……おっと悪い」
「ちょっと!ゴリラって良いかけたわね!?それだったらアンタはオランウータンよ!」
「おい!その種類は全然ムキムキじゃねぇじゃんか!」
「えぇそうよ!もっと鍛えなさい!」
いつもの口喧嘩になったはずだったのに、なんだか今日は不思議と笑いが込み上げてくる。そして、お互いに笑いあった。
「はー……。久々にこんなに笑ったわ。……じゃあ、また明日」
「ふー……俺もだ……。おう、また明日な」
また、同時に扉を閉める。今日は、悪い気分じゃなかった。
 ̄ ̄ ̄ ̄
「私ね、彼のことが好きなの。」
次の日のお昼休み。教室での突然の告白に、私は、飲んでいたいちご牛乳を吹いてしまった。
「あ、アイツの事を!?……冗談よね?」
「……本当、だよ。」
彼女は、真剣な眼差しでこちらを見据える。あぁ、萌は、本気なんだ。本気で……アイツの事……。
「……何で、好きになったの?」
「……前、委員の仕事で、プリントを運んでいる時……。彼がほとんどのプリントを持ってくれたの。そんな優しい所に惹かれて……」
「あ、あぁ……そうなのね。勿論、応援するわ。うまくいくと……良いわね」
何で、動揺してるのかしら。大嫌いな筈なんだから、どうでも良い筈でしょ……。ギュッと、紙パックを握りしめる。
「ねぇ……彼のこと、好きなんでしょ?」
「は、はぁ!?私が……!そ、そんな筈ないじゃない!」
「わかるよっ!」
「……!」
「何日間……貴方を見てきたと思ってるの。」
「ちがっ……!」
上手く言葉が出てこない。なんで、こんな気持ちになるの……。アイツなんて、嫌い、嫌いなのよ。
「……私は!アイツの事なんか!」
「「大っっっ嫌い!!!!」だ!!!!」
っ!
廊下で、山内くんと話していたアイツと声が被る。シン……と教室が静まり返り、私も、アイツも、廊下越しに目が合う。
「……悪い、山内……俺、トイレ。」
「あ、お、おい!」
「ごめん……萌……。私……、少し頭冷やしてくるわ。」
「……うん……。」
急いで、お手洗いの一室に籠った。いつも言われ慣れてる筈なのに、何なの。こんな感情、知らないわよ。
「……あれ」
目の前の景色が歪み始める。
もし萌の告白が上手くいったら?もしいつも通り帰れなくなったら?
もし……あの笑顔も……もう、見れなくなったら?
「そんなの、嫌……」
ポツリと、無意識にでた言葉に、口を抑える。
あぁ、萌の言う通りだった。私……
アイツの事、好きなんだ
はぁ……気づくの遅すぎる……。
私は完全に頭を抱えた。
けど、アイツの目の前で大嫌いって言っちゃったし、萌の恋の邪魔もしたくないし、万が一告白してフラれたら……
『はぁ……?俺の事が好きぃ?……うわ、鳥肌立った、気持ち悪っ』
いや~~~!そんなの、絶対に嫌よ!
アイツの高笑いが聞こえてくるようで、腹が立ってくる。
……私は、どうしたいのかしら。
一人で格闘してたのが、落ち着いたところで、トイレの上で体育座りになり、顔を膝に乗せる。どちらにせよ、私は決めなければならない。
友達の恋を応援するか、アイツに告白するかを。
友人と曲を作ったときに、思い描いていた小説です。投稿されたら是非、それと共に見て頂けると幸いです!
【追記】曲が完成しました!良ければ是非聞いてください!
https://youtu.be/QWVHcn2WbgA
友人リクエストで、バドエンルートも書いて欲しいとのことで、【連載】という形にしました。
よろしくお願いします。