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天井の向こう側  作者: algo0904
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退職

「いや、、、しかし君はあれだな。なんというか、その。。。」


上司である坂本が言葉に詰まりながらも、大村を傷つけないよう言葉を慎重に選びながら話そうとしていることは十分理解していた。


「素直なのは良いことだよ。ただ時には協調性を持って仕事に取り組むことも必要だよ。でないと、誰も君と仕事をしたがらなくなっちゃうよ。いやこれはね、何もこの会社だけの話をしているんじゃなく、これから君がどの環境に行こうが出くわす問題だと思うよ。まぁ自分を貫いて天涯孤独になっても構いませんというのなら、それで構わんがね。」


まるで大村のことを見透かしていることを仄めかすような上司のこの発言を、このミーティングの予定が入った1週間前に大村は予想していた。なんなら昨晩寝る前にも予想したのであった。そのおかげで寝つきが悪くなり、睡眠時間が一時間減ってしまったことなど当然坂本は知る由もない。今大村が言われていることは、現在のプロジェクトで先輩を困らせてしまうような大村の発言に対してである。そのプロジェクトで関係がうまく行っていないことに対してのことを言われている。おそらく、プロジェクトメンバーの誰かが報告したのだろう。


「天涯孤独。。。。」


少し考えた後に大村が言葉を続けようとした瞬間、坂本が大村の言葉を遮るように話だした。


「まぁ天涯孤独というか、なんというかその、大村君、友達とか彼女とかはいないのかね?こういうことがあると普通、周囲の人間から意見をもらったりしながら人は成長していくもんだよ。まぁいいさ、君のエンジニアとしての実力はわかっているし、仕事もサボらず真面目によくやっていると思うよ。君のここでの残り時間は短いが、最後まで頼むよ。」


大村の目を見ながら笑顔でそう言葉を放ち、大村が喋ろうとするのをまた遮りながら、坂本はありがとうと言うと、パソコンをすぐに閉じて席を立った。大村は坂本が本音ではこんなこと言いたくないであろうことは理解できた。それも管理職の仕事だと、ミーティングルームを出るときの坂本の背中が語っている気がした。



大村は席に戻り作業をする前に、トイレに行く。そして空いている個室に入り、一息つきながらスマホをいじる。普通はラインの返事をしたり、ゲームにログインしてボーナスポイントを稼いだりするのだろうが、大村の日課は、暗号資産の価格情報を見ることだった。とは言っても、大村はデイトレーダーではないので、実際に価格に応じて、その場で購入・売却をすることはなく、価格を見たところで行動するわけではないので結果は変わらない。価格情報を見た方が精神衛生上良いので見ることにしている。大村は国外の暗号資産取引所を使用している。大村が所有している暗号資産は日本の取引所で扱っていないものだが、そういうところのアンテナの広さや深さは、「気になったとこは時間を忘れてとことん調べる」というある種病的なまでの(実際病気を抱えているのだが)知的探究心の強さが大いに役立っていた。


 大村は自分のアカウントの資産合計額を見て、少し安心感を覚えて心を落ち着かせてから席に戻るというのが日課になっていた。大村の資産は今や暗号資産だけでなく、米国のETF、さらには都内のワンルームマンションの物件を3室ほど所有している。一部屋あたり家賃10万円なので、単純計算で大村は毎月30万円の不労所得を得ていることになる。当然だが、それらの物件を購入する資金は全て暗号資産で儲けたお金である。2年前にとあるミームコインを100万円ほど購入し、二年ぶりに価格を確認したら、1000倍になっていたのである。大村はつまり10億円の資産を持っていたことになる。大村はすぐさま一部換金した。そしてそのお金を使い、別の投資を実施した。2億円は不動産投資へ、1億円ETFの購入、5千万で別の暗号資産を購入、現金として、普通預金口座に追加した分の金額は、2000万円ほどだ。儲かった額に対して、少なすぎる気もするが、それが大村の性格を表していた。


大村は席に戻ると、斜め前の席に座っている同僚のアレクセイと目が合った。アレクセイはイギリス人のエンジニアだが、日本に来てから8年が経つらしく日本語も達者である。なので、基本的に2人で話す時は日本語である。アレクセイと話すときの話題は、だいたい暗号資産投資の話しか、プログラミングなど技術系の話である。


「昨日また面白い暗号資産を見つけてしまってね。エバードームという火星をモチーフにしたメタバース関連銘柄なんだけど、NASAやイーロンマスクのSpaceXと業務提携をしているらしいんだよ。まぁ業務提携と言っても具体的にどんなプロジェクトをやっているのか知らないんだけどね。unreal engineを使っていて、リアルな世界観を表現していることもあって、テンション上がって買ってしまったよ。」


少し笑いながらアレクセイがそう話すと、大村はいつものトーンで返事をした。


「で、調子は?」


「おととい買ったんだけど、早速ものすごく下がっているよ。まぁこんなもんかな。」


「まだそこまで有名じゃない草コインならそんなもんじゃない?少なくとも僕は聞いたことなかったよ。そもそもメタバースはそんなに好きじゃない。一応サンドボックスは買っているけど。」


大村からそう言われているのをわかっていたかのような面構えで、大村の方を見つめ微笑むと、アレクセイは作業に戻った。


大村のこの会社での勤務日数は残り僅かであり、残っている作業としては、引き継ぎの作業くらいである。とは言っても、土日や平日の深夜などに作業を進めた方が大村は捗るので、リモートログインをして、そういった時間に密かに稼働しているのが日課になっていた。なので日中オフィスで大村がやっていることと言えば、技術系のブログを読んだり、どこの誰が書いたかもわからないgithub上のソースコードを適当に漁って読むことくらいなのである。


大村は自分の資産が1000倍になったのを何度も確認し、その事実を受け入れてから、退職をするための段取りを考える始めるのには、時間はかからなかった。もともと大村は自分が社会不適合者であるということを自覚しており、定年までサラリーマンをすることなんて微塵も思っていなかったからである。しかし大村本人も試しに買った暗号資産がこんなに暴騰するとは考えておらず、社会人3年目で脱サラをすることになるとは思ってもいなかったのである。


大村は現段階では、退職後に何をするかとかは考えていない。大村はもともと承認欲求が低く、社会的地位や年収、他者からの評価を必要としない性格であり、孤独でいる方がQOLが向上するタイプの人間なので、お金があり、社会と接触しなくとも生きているのであれば、そうしたいと願っているくらいであった。


退職してから2週間が経った頃、大村は久しぶりにLINEを開いた。大村はこれといって連絡を取っているような友人はおらず、LINEのようなSNSなどを開くこともあまりない。LINEを開くと大村は一通のメッセージが3日ほど前に来ていたのに気づいた。


「食事の件だけど、直近だといつが空いている?」


アレクセイからのメッセージだった。


退職日に大村は、アレクセイにLINEの交換を求められ交換したのを思いだした。普段あまり人と連絡先を交換しない大村だが、散々仕事でお世話になったアレクセイからの申し出を断るわけにはいかず、渋々LINEを交換したのであった。「直近」というなんともどうとでも取れる単語を使ってきたことに少し苛立ちを覚え、その時はそんなに乗り気ではなかったので、返事をせずに、そのままLINEを閉じたのであった。


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