掃除
ギャグコメよりラブコメになってしまった感がありますが、お気になさらず!
風が強く吹き、薄桃色の花びらを運ぶ。その下で紺色のブレザーに身を包んだ少女は手持ち無沙汰に携帯をいじっていた。SNSには友人が上げた校門前の写真が並んでいる。二人のときもあれば十人近くがギュウギュウ詰めになっているのもあった。思わず吹き出してしまい、あたりを見渡す。そこには誰もいない。先生たちはまだ校舎にいるかもしれないが、同級生はもう帰ってしまっただろう。
「遅いなあ」
「呼んだ?」
驚きのあまり喉の奥から声が出た。何かが潰れたような変な声だったが、彼は気にしていない。
「何やってたんだよ! 30分くらい待ってたんだけど」
「すまんすまん、飯食っとった」
「アンタが早弁毎日してるのは知ってるけど、卒業の日までやるとは思わなかったわ」
「早弁ちゃう。屋上で昼飯食ったんや」
まだ風に冷たさが残る時期だというのによくやるなあ、という呆れのような関心と、10時くらいに食べたであろう弁当を昼飯だと主張する生活リズムへの心配を同時に抱く彼女。
「いや、そもそも屋上入れないでしょ」
思わず流されそうになった自分に喝をいれて彼の行動をとがめてみる。
「いつもタカちゃんとアカリンが行きおったで」
「小学生みたいな言い訳するなよ。いや、その前に待て、なんていった?」
「飯食っとった?」
「そのあとだよ!」
「タカちゃんとアカリンが屋上で逢引きしとったこと?」
「そんな重要なことなんでサラっと流したの!」
「ちなみにミコ以外知っとる」
「あたし以外全員知ってた!」
「ミコにぶちんやからなあ」
「こいつに言われるの無性に腹立つ!」
一連の流れに終止符を打つべく、坂田ミコは咳ばらいをする。彼のペースに毎度のせられる自分が少し恨めしい。
「で、マサキは屋上で昼飯を食べて、あたしを長いこと待たせて、親友の交際関係をばらして何を今からしようというの? あと冷静に考えたらアンタ重罪人だからな」
マサキは下手くそな口笛で目をそらしながら、学生服のポケットから二組の軍手と大きなビニール袋を取り出した。
「なにこれ?」
「軍手とビニール袋やけど?」
「そんなの見てわかるだろうが。いったいこれで何をするんだ?」
「ええか、今から草むしりをして校庭を綺麗にしよう、ゆうわけや。もう今日でこの学校ともお別れやし、立つ鳥なんたら言うやろ」
「立つ鳥跡を濁さず、な。そのくらいちゃんと言え」
二人は軍手をはめ、校庭を見渡す。そこにはあたり一面に青々とした草原が広がっている。
「おいマサキ。これむしるとか言わないよな?」
「は? 当たり前やろ。これ雑草なんやからむしるにきまっとる」
「あのなあ、これ人工芝よ? 緑の部分なくなったら黒いゴムチップしかなくなるからな」
「ゴムのほうが滑らんしええやろ」
「サッカーのスライディングとか出来なくなるから! ただの人工になるからな!」
「黒いサッカーコートのほうが珍しいやろ」
「サッカーコートとしての価値ゼロになるだろうが。後輩に負の遺産を残す気か」
「テレビに取り上げられるからプラマイゼロや」
「サッカー部と陸上部に謝れ」
彼とのやり取りはいつものように疲労感がたまる。彼女が視線を降ろすと、何か違和感を感じた。学生服の一番上のボタンはいつものように外れている。しかし、その下はどうだろうか
「マサキ、第二ボタン」
「? ああ、これな。こんなん欲しがる奴の気が知れんわ。ただのボタンやで」
「え、ああ。そ、そうだな」
彼女の言葉がにわかに鋭さを失う。思考が同じところをめぐり、開いた口からは吐息しか出ない。
「ボタン二つないなったら全部ないのと同じやで。けど好きなやつは好きやからなあ」
「あ、ああ。そうだよな」
「なんやミコ。さっきから、ああ、とか、そうだな、しか言ってないで。ツッコミがしっかりせえへんとボケ甲斐ないやろ」
「なんだよボケ甲斐て。私まで巻き込むなよ」
「なんやつれへんなあ。今日はせっかくええもん渡そう思ったに」
「いらないよ。早く掃除して帰るぞ」
「まあまあ、そういわずに。な?」
あきらかに不機嫌になった彼女を気に留める風もなく、彼はポケットから何か金色の物を取り出す。
「これ、受け取ってくれ」
それはまぎれもなく学生服のボタン。輝きを少し失ったそれは共に過ごした青年との記憶を思い起こさせてくれる。
「なんで、あたしに?」
「そりゃ、お前のこと好きやから」
「は? す、は?」
「どした、深呼吸して。なんか生まれそうなんか?」
「普通に呼吸してるわ! なんだよ、誰かにあげた訳じゃなかったの?」
「一番最初のやつは妹にあげたで」
「どういう意味だよ! 第二ボタンは一個だろ!」
「ちなみにミコにあげたのはもともと一番上についとったのやで」
「アンタ最低だわ」
「妹からはキモイ言われたからやっぱ第二ボタンあげてもロクな目にあわんな」
「もらった人もそう思ってるぞ」
「それとさ」
「まだ何かあるのかよ」
彼は言いにくそうに彼女から目をそらし、
「ミコのことほんとに好きやからさ、このボタン留める黒いプラスチックのやつももらってくれや」
「人工芝に埋めろ、そんなもん!」
「いや、さすがにそれはポイ捨てになるやろ」
「いきなり正論いわれると物凄く腹が立つってアンタ教わらなかった?」
「そんなことどうでもええからはよ掃除終わらそ。なんで卒業したのにこんなとこおんねん」
「アンタが言い出したことだろ!」
そして、彼はプラスチックの留め具を彼女は最初に目についた木の枝をそれぞれのビニール袋に入れた。
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