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「遅くなりました」

フォーズ家の使用人に控え室の扉を開けてもらい、私は一歩入るなり、遅くなった詫びを口にした。

「……トラヴィス殿下」

父親が驚いたように、私の隣にいるトラヴィスを見る。

そしてハッとした表情を浮かべ、慌てて椅子から立ち上がった。

「この度はとんだ手違いがありまして…殿下には大変なご迷惑をおかけしてしまいました」

深々と父が頭を下げる。

その向こうで、青ざめた男性がどうすることもできず、ただ立ち竦んでいる。

モーリーの父、ダルビッド侯爵だ。

気弱故に自分の伯母がしでかした不始末から、家を立ち直すことができなかった人物だ。


「バートン卿は頭を上げよ。そなたには落ち度はないだろう。私も見ていたが、あれはモーリーの独断だ。バートン卿及びバートン伯爵令嬢は何も非はないと感じている」

「殿下のご配慮、ありがたく存じます」

もう一度深く頭を下げ、父親がようやく顔を上げた。

その表情は明らかにホッとしたものだった。

それを見て、私も少し安堵する。

トラヴィスがかばってくれたおかげで、父から責められるのも少なくなりそうだ。

「とりあえず、座ろうか」

トラヴィスはダルビッド侯爵の方をチラリと見ただけで声をかけることはせず、私をエスコートして向かい合うソファへと座った。

「あの…殿下…?」

トラヴィスが私の手を放してくれず、私はトラヴィスとの隣に腰かける形になってしまった。

困惑して隣を見上げるが、トラヴィスはニコリと笑みを返しただけだった。

仕方なくトラヴィスと共に長椅子に座り、父は一人がけの椅子に、ダルビッド侯爵は私達の対面にある長椅子に座ることになる。

目の前の侯爵は縮こまって、視線をさ迷わせている。


「直にフォーズ殿も来られるでしょう」

私とモーリーの縁組みに一枚噛んでいたのは、フォーズ侯爵だ。

フォーズ侯爵は老獪な人物として、宮廷で幅を効かせている人物だ。

ダルビッド侯爵家の降爵の件にも絡んでいる。


そもそものダルビッド侯爵家の事件というのは、モーリーの祖父の時代のことだ。

その頃はまだ公爵家として権勢を奮っていた。

そんな中、モーリーの祖父の姉キャロラインが当時の王太子の婚約者となる。

しかし、王太子はキャロラインを愛さずに別の例を愛してしまう。

キャロラインは悪役令嬢さながら、その令嬢をいじめ、暗殺しようとしてしまう。

その事が発覚しキャロラインは修道院に送られ、ダルビッド家は公爵から侯爵へと降格させられた。

ダルビッド家は王家に忠誠心が足りないと、宮廷でも社交界でもつま弾きにされてしまった。

しかしキャロラインがいじめていた令嬢は身分が低いことから王妃とはならず、側妃となったことで痛み分けとされた。

その令嬢が側妃となるために尽力したのが若きフォーズ侯爵と私の祖父、前バートン伯爵だ。

この件で前国王からこの二家は絶大な信頼得て、ダルビッド家は信用を失った。

ダルビッド家が社交界でも宮廷でもきちんとした地位に戻るには、フォーズ家の後援のもと、バートン伯爵家の娘である私と婚姻関係を結ぶのが一番である。


私は大人の駆け引きの、ダルビッド家のための道具だったのだ。


「愚息が大変申し訳なく…何かの手違いだったと…すぐに…」

「そのようなことはもうできぬ」

イライラと足を鳴らして座ったフォーズ侯爵が、厳しい声をあげる。

「うちの夜会での起きたこと。まさか相手を間違えましたなどと、言ったらどうなるかわかっておるの?」

一部の貴族は今日の茶番劇を知っているが、それでもこのまま貫き通す以外ない。

「そんな…だったら、クレアはどうなるんだっ!」

父が声を荒らげる。

まずは一番最初に私のことを父が怒ってくれて、少し心が軽くなる。

「それに、モーリー・ダルビッドは殿下の側仕えとしてこ内辞が出るのですよ!」

公爵家の時代にダルビッド家にさんざん嫌な目にあった貴族達は、ダルビッド家が権力の中枢にいることを良く思わない。

いくらモーリーがトラヴィスの信が篤く、トラヴィスが片腕にと望んでも、王子の側仕えに周りが納得しなければいらぬ争いが起きてしまう。


「もういいんだ…」

トラヴィスがため息を吐くように告げる。

「モーリーを私の側に置きたいというのは私の我が儘な部分が大きい。私がモーリーをいらぬと言えば、モーリーがヴォード伯爵令嬢と結婚しても何も問題はないだろう」

「ですが、殿下…」

父が痛ましい目でトラヴィスを見る。

王族として、側に置く者さえ自由にはできないトラヴィス。

継承権第二で王位に付くことはほとんど無いとはいえ、王子として心から信頼できる者、学生時代より仲が良い者が側仕えとなるのがいいだろう。

そんな大人達の配慮は、モーリーによって台無しにされてしまった。

「モーリーの代わりなど如何様にも見つけられよう」

トラヴィスの言葉に、ダルビッド侯爵がショックを受けたようだった。

それでもトラヴィスがモーリーを側にと望んでくれることを期待していたのだろう。

だが、その希望は打ち砕かれ、ダルビッド家の再興は叶わないだろう。


「かの令嬢のせいで、王族の婚姻の相手は厳しくなった」

王族は18歳になるまで結婚相手を定めない。

相性をみて、結婚相手を決めることになったのはかのキャロラインの事件のせいだ。

トラヴィスの兄も18歳の時に隣国から王女を迎え、結婚した。

「最愛とは結婚しては良いことにはならない、なんてそんなことを幼い頃から言われてね」

チラリとトラヴィスが私を見る。

私は落ち着かない動悸を抑えるように、胸の前で手を組んだ。

「でもそんなことは関係ないと、かの事件など過去の出来事なのだと私が別の形で証明してみせよう」

「殿下…?」

トラヴィスが何を言いたいのか、三人の男は見当がつかないらしい。

「婚約者が定められているからと、ある女性から昔に振られているのだよ」

私は耐えられなくて、目をギュッとつむる。

本当は耳を塞ぎたいけれど、トラヴィスの側の手は彼の手の中に閉じ込められてしまっていた。

「あの事件を払拭するためにも、最愛の女性、クレアと結婚したい」

「なっ…」

「それは真ですか…?」

フォーズ侯爵が驚いた様子で私を見る。

父は信じられないといった表情だ。


「そんな……それでは……」

ダルビッド侯爵がぶつぶつと何事かを呟いている。

「私はそなたの娘と結婚するつもりはない、ダルビッド卿」

「なんですと、ダルビッド卿。まさかそんなことを企んでおったのか!!?」

トラヴィスの指摘に、フォーズ侯爵は寝耳に水だったのだろう。

「兄と友人だからとシェイラ嬢は私に殊更に馴れ馴れしくしてきたよね」

トラヴィスの目がスッと細められる。

モーリーの妹は今年社交界デビューしたばかりの15歳だ。

そのため、見目麗しい王子であるトラヴィスに逆上せあがるのも仕方ないと多めに見られていたのだけれども。

「しょせん、ダルビッド家の女か…」

父が侮蔑を込めて吐き捨てた。

「そしてお前もやはり、ダルビッド家の男だった」

学生時代からの友人として、同じ騎士として父は彼を助けようとしていた。

でも、父はきっと心を見誤ったのだ。

ダルビッド侯爵の心も、モーリーの心も。

そして、私とトラヴィスの心も。


「とにかく…」

まだ恨み言を吐き出しそうな父の意識を、トラヴィスが咳払いをして自分に向ける。

「ダルビッド卿はこのまま婚約の算段を。フォーズ卿とバートン卿はその立ち会いを頼む」

「承りました」

父はフォーズ侯爵と口を揃えて返事をするが、物言いたげな視線を私に寄越す。

「クレア嬢とのことは…さすがにこの場で進めるつもりはないよ」

その言葉に、父がホッとしたらしい。

「一度振られてるしね」

私もちょっとホッとしかけたのに、ウィンクつきでそんなことをトラヴィスが言ってきた。

父がまた何か言おうとした時、部屋にノックの音が響く。

「カイト・バートンです。入室してもよろしいでしょうか」

キビキビとした声の主は私の兄だ。

フォーズ侯爵に入室を許可された兄の後ろには、モーリーとトラヴィスの側近キートンがいた。

「ヴォード伯爵夫妻並びにダルビッド侯爵夫人を別室にて待機させております」

近衛騎士をしている兄が、上官に報告するように告げる。

「そうか。では、貴殿らはそちらに向かって話をまとめてもらってくれ」

トラヴィスがフォーズ侯爵と父を見た。

「私は少しクレア嬢と話したい」

途端に父の眉間に皺が寄る。

「安心してください、バートン卿。二人きりになるつもりはないですから」

そしてキートンがドアを開け、カイトが付いて案内役として廊下に出る。


誰もモーリーには触れない。

ダルビッド侯爵に声をかけることもない。

その異様な状況に、私はどうしていいのかわからない。

そんな私を安心させるように、トラヴィスが握る手の力を強くする。

「で、殿下…クレア…」

「………なんだい?」

冷たい、他人行儀の態度でトラヴィスが答える。

それに衝撃を受けたのは、モーリーだ。

「お…わ、わ、私は……決して殿下への忠誠心が無いわけでは…」

モーリーがモゴモゴと言い訳染みた言葉を口にする。

「ほら、君も早く行きたまえ」

トラヴィスとモーリーにはもう特別な関係性はないのだと暗に示され、モーリーはガックリと肩を落としスゴスゴと大人達の後についていった。

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