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私は親友と共に、我が家とも繋がりの深いフォーズ侯爵家の夜会へと出席していた。

父親の厳命により、ダンスホールの近くにてそれが起きるのを待っている。

今日、私の婚約者と定められた彼がこの夜会でプロポーズしてくれるらしい。

婚約者といっても、自由恋愛が推奨されて久しいこの国では貴族といえど婚約者を決めるのは少数派である。

これも父親同士が勝手に取り決めたもので、正式なものではない。

家のことを考え口約束程度の婚約なら良くあることで、だから私は受け入れていた。

彼、モーリー・ダルビッドもそうだと思っていた。


一時的にダンスを促す音楽が止む。

そして主宰のフォーズ侯爵に囁かれ、モーリーがこちらにやってくる。

いよいよ始まるのだ。

これがさも恋愛からの婚約だと周囲に思わせるための茶番劇が。

モーリーが緊張した面持ちでこちらに歩を進める。

私は何も知らないという顔をして、モーリーを待ち構えていた。

モーリーが懐からビロードの小箱を取り出す。

ここで、ようやく周囲も何かあるのだと注目し始めた。

夜会では度々こうしたプロポーズが行われるので、一種の余興のように扱われている。

周囲もニヤニヤとモーリーの動向を見守り出す。

モーリーが私の前に来て膝をつき、そしてビロードの小箱を開いた。

「マリエンヌ・ヴォード嬢、どうか私と結婚してくれませんか?」

そして彼は、マリエンヌ・ヴォードに求婚した。

ちなみに私の名前は、クレア・バートンという。

「えっ?え…わ、私ですか?」

マリエンヌが顔を朱く染めて、モーリーと彼の持つ指輪、そして私の顔を忙しなく見ている。

「ずっと、学生の頃からあなただけをお慕いしていました。どうか、私の手を取っていただけませんか?」

熱烈な愛の告白に、周囲から歓声が上がる。

私は動揺する心が悟られないよう、笑顔でただその光景を隣で見守るしかない。

「マリエンヌ…」

モーリーの熱の籠った視線に、マリエンヌはこちらを気にしながら、それでもおずおずとモーリーの手に自分の掌を重ねた。

「私でよろしいなら…」

消えそうな声で、マリエンヌは返事を返した。

「おめでとう!」

「素敵!!」

周囲の観客が拍手をする。

立ち上がったモーリーは、マリエンヌの指に持っていた指輪をはめた。

私はこっそり歩二歩と足を進め、二人から離れていく。

私は見つめ合う二人をバレないように、観客の輪に入りこんだ。


「さあ、若い二人を祝おうではないか!」

フォーズ侯爵が声を上げる。

皆がそちらに注目したので、私は駆け足でその場から離れた。

横目で厳しい表情した父親が目に入る。

視線が合うと、ひとまず控え室に向かえということらしい。


ああ、怒られる。


私とモーリーの婚約は、極めて政治的な結び付きのものだったのに。

在学中、くれぐれもモーリーがよそ見しないよう、誰か女生徒に靡いたら報告するように言われていた。

けれど、私は万事滞りなく、と報告していた。

モーリーと親友のマリエンヌが惹かれ合っているのを知っていたのに、報告を怠った。

もちろん一番悪いのは、親が決めた約束を反故にしたモーリーだろう。

だが、土壇場でプロポーズされなかった私にも責任は問われるだろう。

今日の主宰であり協力者のフォーズ侯爵の顔にも泥を塗った形だ。

良くて修道院にでも行くことになるかもしれない。


私はまっすぐ控え室に行きたくなくて、テラスへと廊下を逸れた。

ダンスホールからは軽やかなメロディが流れてきている。

きっと、モーリーとマリエンヌが踊っているのだろう。

「なんで、こんなことに…」

テラスの手摺に体を凭れかけ、夜空を仰ぐ。

はあ、という重いため息しか出ない。

「それ以上ため息つくと、幸せが逃げるぞ」

誰もいないと思っていたのに、背後から声をかけられる。

「殿下……なぜ?」

私の後ろに腕を組んで不機嫌そうに立っていたのは、この国の第二王子トラヴィスだった。

「俺の腹心と友人の祝いに駆けつけたんだが…」

トラヴィスが苦笑をこぼす。

「でしたら、ホールの方に…」

私はトラヴィスから顔を背け、庭へと視線を送った。

「できるわけないだろう」

「申し訳ございません…」

どうしても声が震えてしまう。

「すまない。クレアのせいじゃないんだから…」

トラヴィスがそっと私の肩を抱く。


私とモーリーとの婚約はトラヴィスのためだった。

モーリーの家はかつては公爵であったが、身内が起こした事件より侯爵に降格になっていた。

王家の信頼を裏切ったダルビッド家の人間が王子の側近になるためには、宮廷伯として信頼度が篤い我が家と婚姻を結ぶ必要があった。

ダルビッド家の汚名を雪ぐまたとない機会であった。

そのため劇的な求婚の場面を演出して、私とモーリーを結婚させようとしたのだ。

しかし、モーリーがマリエンヌに求婚してしまった今では当初描いていた策は消え失せた。

マリエンヌの家、ヴォード伯爵家が後ろ楯では何も変わらない。

同じ伯爵家でも格も信頼も何も違うのだ。


「俺は自分の側近を手に入れることもできず、何よりも大事な女性(ひと)までも失うなんてことは耐えられない…」

共に学やに通っていた時、私はトラヴィスに告白されていた。

けれど、私には結婚相手を選ぶ自由はなく。

トラヴィスは自分のために、そして彼自身の友であり側近にと選んだモーリーのために整えられた婚約があることを知ることになった。

トラヴィスは苦しんだだろう。

その葛藤を乗り越え、トラヴィスは私とモーリーの婚約を祝福すると言ってくれていたのに。

それなのに、モーリーは自分の役目を忘れて、私情に走ってしまった。

大きな裏切りだ。


「そろそろ行かなければ…」

ここで、トラヴィスと二人きりでいるわけにはいかない。

誰かに見られたら、さらに立場が悪くなってしまう。

私はトラヴィスから距離をとった。

「バートン卿のところに行くのだろう。俺も一緒に行こう」

そうしてくれるなら、父の怒りも少しは鎮まるだろうか。

私はトラヴィスが差し出した手を取り、父が待つ控え室へと向かった。

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