第4話 刑務所タウン
魔物血族者
魔族の血を引く人間。誕生の経由は突然変異や異種族交配による。吸血鬼や人狼もこれに含まれる。この世界では迫害や人身売買の対象になっており、魔界や辺境地に身を寄せ合い暮らしている。近年では人間との混血や人への擬態魔法が進み、正体を隠して大都市でも暮らせる者もいる。
怪人
魔族や冒険者を除く人を超越した者、異形のスキルを持つ能力者をこう呼ぶ。人工的に能力を付与された者、自ら変化した者、人型の魔法生物や機械も含まれる場合がある。
翌日モットのPTは反乱を控えた市民団体と打ち合わせ後、刑務所タウンに潜入する為に裏側の墓地にやってきた。エビ怪人以外は雇った魔法使いの用意した変装スクロールで別人に成りすまして、他の潜入部隊の市民達と時間を待った。
刑務所タウンを覆う壁には内側に一定の攻撃魔法や転送魔法を無効化する特殊なタイルが張られているが、内通者で看守のアシュラの手引きによって裏側のある個所のみ剝がしてある。
作戦開始時刻になったので、モットと魔法使いは地面魔法を唱えてコンクリート製の頑丈な壁をくり抜いた。表側では市民団体による反乱が起こり、裏側の警備が手薄になっている。
モットのPTは上の階へ向かった市民団体の別動隊と別れ、ミニンが拘束されていると聞いた地下の取り調べ室へと進んだ。
数名の看守を倒して地下1階へと降りると、そこには拘留エリアとなっている。市民団体との取り決めもあるので、モットは被疑者達のいる独房の扉を破壊した。
地下2階にへと進むと、そこは広い檻によっていくつかの区画に分けられていた。ここには通常の被疑者や囚人と異なる者達が囚われている。
僧侶「こ、この人達は…」
戦士「魔族や亜人だ」
魔法使い「こんなところに隔離されているなんて」
モット「ん?人型ロボットもいるな」
アシュラ「君達、ここまで来てくれたか」
内通者のアシュラは何らかの手段でこの階層の他の看守達を殆ど倒して、モットのPTの到達を待っていた。
ここに捕らわれているのは人と異なる姿である為に罪に問われた者達で、ウサギの亜人の姉弟や人間の心に目覚めた人型ロボットなどが収容されている。彼等はハイリパイン当局によってある大国に実験台として売られる運命であった。
長年ここで看守を務めていたアシュラはこのような不正や囚人の扱いに耐えかねて疑念を持つようになり市民団体の側に寝返ったそうだ。
アシュラ「こんな時にいうのもなんだが、私はさらに汚いことをやっていた。彼等を逃がしてやることがせめてもの償いだ」
エビ怪人「そういえば今まで逃がした人達はアシュラさんの事を心配していたエビ」
モット「うむ、囚人達から尊敬されているね。うらやましい信頼関係と人望だ」
アシュラは1階を制圧してくると言って数名の脱走者と共に上の階への階段を駆け上った。一方モットのPTは地下3階へと下った。
闇魔法の威力の増す薄暗さと地面魔法の使いやすい材質で出来た地下の階層だけあって、ここではモットの戦闘力は有利になった。三賢者とエビ怪人の働きもあって軽装備の看守達はあっさりとモットのPTに蹴散らされた。
地下3階制圧後、一番奥の取調室から白い髪をした白衣の男が飛び出してきた。その人物こそモットの同級生のミニンであった。
ミニン「いったいなんの騒ぎや、借金取りなら勘弁してくれー!」
モット「おお、ミニン!そこにいたか、僕だよ、僕!」
モットは変装スクロールの効果を一時的に停止させミニンに素顔を見せた。この時少しめまいを感じた。
ミニン「あれ?モット・じゃしんさん、どうしてここに?」
モットはミニンにギルド勧誘や市民団体の起こした反乱を簡潔に伝えて、何とか説得してPTに加えて上の階へと進んだ。また、途中押収品のめぼしい荷物は回収した。
ミニンを救出(脱獄ほう助)したモット達は地上1階へと急いで階段を駆け上がった。1階は逃走を図る囚人、市民団体、看守、警察の援軍が入り乱れる大乱闘になっており、いくつかの発砲音もした。
侵入した裏口は通れる状態ではなかったので、モットのPTは守衛室によって閉じられた正面の出入り口を開くことにした。
乱闘をかいくぐり守衛室に押し入ってみると、そこには異様な光景が広がっていた。2体のトカゲのような怪人がいる。1体は所長と思われる人物を守るように血のついた剣と盾を構えている。もう1体は転がっている脱走者の数体の死体のそばで重症を負い倒れていた。
所長「勇者アシュラめ、この私の恩を忘れるとは愚かだったな。今のお前ではスネークボロス2号には勝てまい」
モット「やられている方の怪人がアシュラさん!?」
エビ怪人「一体どういうことエビ?」
瀕死の怪人「私だアシュラだ、みんなを守れなくてすまなかった」
所長「お前達も共犯者か、冥土の土産に教えてやろう」
所長は看守アシュラの素性を語った。アシュラは伝説の七勇者の1人マシュラ・アシュラの子孫で、代々処刑人をやっていた。しかし、ある時アシュラは処刑人を続けることを拒み、自ら勇者の力を封印して追われる身となった。
その後、ある国で妻子を人質にされて、蛇と合成された処刑用の怪人となって操られていた。その後は裏取引によりハイリパインに連れてこられて、上級役人の用心棒として信用を得た後、刑務所タウンの看守の任を与えられていた。
所長「貴様はあれから妻子に逃げられてもなおここでの看守を務めた。なぜその地位を捨てまで市民共に味方した?」
アシュラ「私は怪人にされて多くの魔物血族者を殺してきた。ここには多くの彼らが囚われている。信用を得た後に彼らを逃がしてやりたかった。それだけだ!」
アシュラは最後の力を振り絞った。同型の怪人へ向かって行き、その長い首で相手の喉元に嚙みついた。だが、敵の怪人は微動だにせずアシュラの胸を剣で突き刺しモットの足元に投げ飛ばした。
所長「罪滅ぼしというわけか、腐っても勇者、愚かな!」
所長「スネークボロス2号には勝てないと言っただろう。お前の代わりに用心棒を務めてきたコイツには再生能力が組み込まれている」
モット「単なるトカゲ人かと思った。これが怪人の力か」
エビ怪人「いえ、蛇の怪人ですエビ」
所長「次はお前達だ。やれ、スネークボロス2号!」
怪人スネークボロスはモットのPTへ向かってきた。モットは闇魔法を連射したが素早く身を躱された。次に魔法使いが複数の属性魔法で弱点属性を探ろうとしたが、尻尾で弾き飛ばされた。戦士はスネークボロスの攻撃を引き受け、僧侶が魔法使いにヒールを使うのがやっとだった。
モットは闇の刃を纏わせた杖でスネークボロスに殴りかかったがまたもや躱された。その様子を見ていたエビ怪人はこの場で何もできない自分を責めた。
エビ怪人「私も怪人の端くれ、何か魔法みたいな能力があれば。やってみるエビ!」
エビ怪人はモットが魔法を詠唱する時のポーズを真似て何かを強く念じた。すると顔の前に魔力が集積し、それはビームとなってスネークボロスの尻尾を切断した。
突然のビーム攻撃で尻尾を切り離されたスネークボロスはバランスを崩した。モットは再生しかけた尻尾の傷口に闇魔法を打ち込み腐敗させた。スネークボロスは苦しみながらその場に倒れた。
モット「直接打ち込むならダーメージが通る、エンチャントダーク!」
モットから斧に闇魔法を付与された戦士はスネークボロスを素早く切り刻み、首と手足を切断した。そして残る胴体はエビ怪人の放ったビームで木っ端微塵に吹き飛んだ。
アシュラ「なんと…」
所長「バカな、コイツはアシュラ同様に勇者の子孫を蛇と合成して強化した怪人だぞ、再生能力も追いつかずにバラバラにされるなど、あり得ぬ!!」
モット「コイツみたいにバラバラにされたく無かったら、刑務所タウンの全ての入り口を開るんだ。分かったら、さっさと失せろ!」
所長「覚えていろ、反乱がうまくいったとしても貴様らはいずれ賞金首だ」
モット「いかなる権力を敵に回そうと、僕はやりたいようにやってやる。世界最強のギルドを作るんだからな!」
所長「ここまで狂った勇者がいたとはな、次は処刑台の上で会おう、さらばだ。」
刑務所タウンの所長は部下を見捨て、どこかにテレポートした。
モット「そうだ、アシュラさんの回復を!」
僧侶「それが、さっきからやっていますが…」
僧侶からの回復魔法を受けてアシュラの姿は人間に戻っているが、受けた傷は治らなかった。
アシュラ「もう私はいい…怪人の命とも言えるコアを破壊された。君達は早く逃げるんだ。」
モットは変装魔法を解いてアシュラに話しかけた。
モット「アシュラさんのおかげで脱走が成功したんだ。置き去りにはしませんよ」
アシュラ「いや…私の分も生きてくれ…」
アシュラ「悔いはないが…せめて…家族に、息子に謝りたかった」
モット「息子さん?」
アシュラ「勇者の力を封印してすまなかったと…に…」
アシュラは息子の名前を言おうとしたがそこで息を引き取った。
ミニン「私の作った蘇生ポーションを試しますか?」
モット「もういい、作戦どうりに分散して逃げよう!」
エビ怪人「了解エビ」
刑務所タウンの扉が開くと、囚人及び反乱を起こした市民達は一斉に退散した。反乱に乗じてバラバラに逃げることで追っ手から逃れる作戦だった。
刑務所タウンの外に出ると、時刻は夜中の0:00前だった。街中で反乱や暴動が起きている。市民団体だけでなく、他の市民の不満がついに爆発したようだった。警官達は暴動の鎮圧で手がいっぱいのようだ。逃げるのに絶好の機会である。
そんな中、PTを一時解体して路地裏に1人逃げていたモットは急なめまいに襲われた。
モット「(うぅ、何だか意識が)」
暗闇の中で意識が朦朧としてきたモットは、過去のトラウマを思い出した。5歳の時に家族を失い1人だけ生き残った記憶、8歳の時に引き取られた修道院が襲撃され命からがら逃げ出した記憶。どれも大切な人を失い1人だけになって暗闇を走っていた。モットは全身の震えが止まらなくなった。
モット「(それにしても、ここの役人共が許せない…)」
意識が朦朧としながらも路地裏を抜けたモットが目にしたのはハイリパイン当局の建物だった。モットの記憶はそこから途切れた。
モット「ふあ?臭いぞ暗い、ここはどこだ!?」
気が付くとそこは町外れのゴミ置き場だった。モットは頭からゴミバケツをかぶって眠っていた。辺りを見渡すと刑務所タウンから脱走した囚人が数人が眠っていた。起こして話を聞いてみると追っ手は突然いなくなったそうだ。
モットは市民団体と打ち合わせていた反乱後の終結地点にやってきた。そこにはエビ怪人や三賢者も無事にたどり着いていた。追手がいなくなったことについて尋ねると反乱とは別にハイリパイン当局の方で司法関連の要人が変死する事件があった為らしい。
脱走者や市民団体の殆どは家族を連れてハイリパインを離れるか、故郷に戻ることになった。行き場のない者達はモットの説得でモットの故郷に移住してモットの率いるギルドに加わることで話がついた。
ミニン「良かったねモットさん、これもアシュラさんが根回しをしてくれたお陰っすよ」
モット「ああ、あの人への恩は計り知れないな」
モット「それにエビ怪人もよくやってくれた。あのビームで」
モットはエビ怪人の活躍を称え、ビームを出すスキルに蟹光線と名付けてやった。
ミニン「固有の魔法じゃなくて専用スキルの扱いは分かるけど、カニじゃなくてエビでしょ!!」
エビ怪人「ご主人様がつけてくれるなら何でもいいですエビ。これからは蟹光線のスキルを修練して扱いの幅を増やすエビ」
モット「アシュラさんに託されたハイリパインの市民および元囚人は合わせてざっと400人か」
モット「皆ついてこい。 我が故郷に楽園と最強のギルドを築くことを約束しよう」
ミニン「強引なんだから、まあ私も追われる身ですし…」
戦士「俺達は途中のゴースで別れさせてもらうぞ」
魔法使い「十分スリルも味わえたし、報酬も受け取ったしね」
僧侶「やっと私の故郷に帰れます」
モット「成程、三賢者さん達は僧侶くんの故郷に用があったのか」
戦士「もう話してもいいか」
僧侶「ええ、私はゴースの生まれでして、私達はゴースにある開発企業で用心棒として雇ってもらえる話なのです」
魔法使い「3人仲良く安住の地で暮らしていく予定なの」
ミニン「それは奇遇だね。私はゴースの山奥にあるドグラ村の出身だよ」
モット「今は廃村だけどな…」
こうして刑務所タウン襲撃に成功したモットは脱走者400名を率いて、故郷のモトマチシティーへと向かった。