第11話 擬態
モット団とジャッジメン徒の激戦が続く中、犬死山の山頂付近
モット「(敵が減ってきたと思ったけど、殆どが山の麓まで突き進んだか。早くモンスを撃たねば)」
犬死山の山頂はカルデラになっており、後方は崩落しているので敵陣があるとすれば真正面の辺りしかない。モットは意を決して山頂への斜面を登り終えた。山頂の足元には無数のキノコが生えている。
モット「これはモンスの仕業だな、地雷ダケかもしれないから避けていこう」
敵陣に飛び込んだモットの前に見慣れた人物が現れた。それはゼムノス団所属時に折り合いが悪かった錬金術師のモンスであった。
モンス「予想どうりだなモット!!」
モット「くっ、待ち伏せか!?」
モンス「ワザとお前の偽物の側に全軍を差し向けた。そうすりゃお前は絶対にここへ来る」
モンス「そしてもう1人、いや1匹か…」
モンスが右手を鳴らすと何かが目の前に放り出された。それは全身から体液を流してキノコに寄生されたエビ怪人だった。
モット「エビ怪人!?」
モンス「どこで作ってもらったは知らないが、コイツは怪人試作実験の産物だ」
モンスの話によるとエビ怪人は魔物強化装置の横流しに偽装したデータ収集目的で各地にばらまかれた試作怪人だった。本来は希望する冒険者のPTに貸し与えて、ある程度成長した後に主の冒険者と戦い自爆するようにプログラムされている。また、自爆前に体内の成長データの詰まったコアが研究機関へと転送される仕組みになっているそうだ。
モンス「スキルを色々覚えて結構育っていたみたいだったが、コアは俺が抉り取った」
モット「何でエビ怪人こんな目に、それにあの戦闘の最中にここまで来れるんだ?」
ギルドソルジャーE「それはね僕達がコイツを騙してね」
ギルドソルジャーF「転移スクロールでひとっ飛びよ」
ギルドソルジャーG「ウチ等内通者の存在に気づかないなんて、バカなエビさんだこと」
モット「お前らは…いつの間にモット団のメンバーに!?」
モットの目の前に現れたギルドソルジャーの3人は冒険者アカデミー時代の同級生で、時々モットやその友人を虐めていた過去がある。この3人はモンスに内通者として雇われており、決戦の数日前にモット団に潜入して暗躍していた。
モンス「お前の身辺を探る際に知り合ってな」
モンス「この辺境で脱獄囚と大人しくしていればよかったものを、ギルド公認を受けるような目立った真似をするから足がついたんだよ」
モット「回復してやるエビ怪人、テラヒール!」
モンス「お前が唯一使える上級回復魔法か、だが無駄だ」
モットはエビ怪人に回復魔法を唱えたが効果がない。エビ怪人に寄生したキノコが回復魔法を奪っている。
エビ怪人「私には効かないエビ…このままではご主人様の魔力が…」
エビ怪人「どのみち私には…」
エビ怪人「ご主人様と…冒険…幸せ…エビ…」
モット「後で蘇生してやる。ゆっくり眠れ」
モンス「蘇生魔法でも治らねえぞ、怪人のコアは壊したうえで俺が戦闘データ部分だけを抜き取った」
同級生A「僕が転移直後に手足をへし折ってやったおかげだよ」
同級生B「でも内臓潰したときは生臭かったぜ」
同級生C「片目を踏み潰した時の感覚、誰かさんの手を踏みつけた時と同じ感覚だったわ」
モット「おまえらーーー!ぶっ殺す!」
エビ怪人をかつてのいじめっ子とモンスによってこんな姿に変えられたモットの怒りが頂点に達した。
警察副長官「茶番はもういい、さっさとコイツを捕らえろ!」
モンス「まあ、慌てなさんな。ポーション投擲!」
モットは謎のポーションを浴びたことに気づいておらず、怒りで我を失っていた。その怒りは過去の悲しみと混じり合って憎しみに変化して全身にみなぎった。
そしてモットの体に異変が起きた。全身から黒いオーラが溢れ出て、肉が溶け骨がむき出しになった。溶けた肉は赤い衣となり体を覆いモットはアンデッドに変身して奇声を発した。
モット「ギエェーーーーッ!!」
警察副長官「間違いない、映像にあった要人殺害のアンデッドだ」
モンス「やはりモットだったか」
同級生A「モットが化物になりやがった。モンスさんの言ってた擬態魔法か」
同級生C「後はモンスさんにお任せしていいんだよね?」
同級生B「俺たちは言われたとおりモットをマジギレさせた。任務完了だろうよ」
モンス「いや、まだだ。君達の任務は…実験体だ!」
モンスは内通者の3人の足元に仕掛けてあった転移トラップを発動させ、モットのすぐそばに転移させた。モットは地面の土をボールのように浮かべ同級生に向かって投げつけた。
モット「喰ライ尽クセ!!」
同級生A「ぐわあああああああああああああー!」
モット「ニガサナイ、貴様モダ!」
同級生C「ぎえーっ!」
モットが投げた土は生き物のように蠢きながら命中した同級生2人を包み込んで骨だけに変えた。
モンス「ふむ、やはりこの能力は上級の魔族だな」
同級生B「頼む、モンスさん助けてくれ!」
モンス「もういいぞ、君の役目は終わった。人体逆錬成!」
同級生B「なにをする…うぼぐぁ!!」
モンス「ダメだろモット。俺みたいに骨も残らず消さないと」
モット「グ グ グ!」
モンス「人格が不完全か、これならどうだ。キュア!」
モット「はっ!!」
モット「何だこの体は!?体が軽い以外何も感じない…、舌が無いのに喋れる…」
モンスの唱えた魔法で正気に戻ったモットは辺りを見回した。そこには人骨が散らばっていた。
モット「目が無い…でも見える。これは…僕がやったのか?」
モンス「そうだ、ハイリパイン司法局で起きた殺人事件と同じだ。死体は全て白骨化して泥が付いていた」
警察副長官「何と、禍々しい…」
モンス「俺の分析によれば、お前の能力は土から肉を溶かして分解できるバクテリアを作り出すことだ」
モット「あの時記憶を失っていた僕は無意識にこんな事を…」
モンス「人間擬態にこの能力、お前が魔物血族者である証だよ」
モット「魔物血族者!?」
モンス「聞いたことあるだろ、人間がある日突然魔物になってしまう話。そいつらは魔族の血を引いているんだ」
モット「魔族の血!?この体と能力に関係あるのか」
モンス「遥か昔から人間と魔物の両者は互いに対立して生きてきたはずだった。しかし、何らかの形で魔族との間に子供が生まれることがあった」
モンス「魔族と人間の間に生まれた子供の殆どは見た目や能力を恐れた人間たちに忌み子として恐れられ、殺されていった」
モンス「だが、中には人間と全く変わらない姿・能力で生まれてくる奴もいた」
モンス「人間の血が強かったのか、他の人間に殺されないように化けたのかは分からない」
モンス「さらに、自分が魔物の血を引いていることに気づかないまま一生を終える連中もいたんだ。お前のようにな」
モット「僕は人間じゃない、アンデッドの子孫なのか?」
モンス「いや、生命を持たないアンデッドには子共を残せない」
モンス「生殖細胞もアンデッド化しているので、クローン技術を用いても死産となる」
モンス「俺の予想ではお前が一度死んだ時に、上級の魔族である祖先の血が覚醒してアンデッドとなって生き返った可能性が大きい」
モット「(僕が死んだとしたら、あの時だ。もしかして妹の血を吸収して生き返ったのか)」
モンス「それに、お前の人間擬態能力は非常に高い。ゼムノス団の連中でもお前が魔物血族者でアンデッドだと気づかなかったのだから」
モット「でも、前に戦った錬金術師に魔物血族者だと言われた事があった。その時は何故ばれたんだ?」
モンス「お前がその姿になる前に俺はお前に変身ポーションを浴びせた。どんなにうまく人間に化けていても別の擬態系魔法を使用すれば、正体が露見してしまうんだ」
モット「そういえば、ハイリパインで変装スクロールの付け外しをやっていたっけ」
警察副長官「長々としゃべりおって、コイツ1人を誘き出す為に部下達が戦っているのだぞ。さっさとターンアンデッドを使わんか!!」
モンス「それは困るよお巡りさん。コールホムンクルス!」
モンスの掛け声とともに周囲に生えていたキノコがホムンクルスとなってハイリパインの警察を襲い始めた。
警察副長官「うわぁ、何の真似だ?」
モンス「情報提供は感謝する。俺の本業の為にあんた達を利用させてもらった。さっきの内通者同様用済みだ」
モット「本業だと?」
モンス「モット、これからお前がたどる運命を教えてやろう。俺の目的は脱走犯の討伐でも田舎町の虐殺でもない。お前を捕獲することだ」
モンス「お前を実験材料として高く売るんだよ。人知を超えた能力を持つ魔物血族者の体は怪人などの兵器の研究にどこの国も欲しがっている」
モンス「それにお前のアンデッドの部分を研究し、アンデッドの軍隊を作れば危険なゾンビ兵器に頼らなくて済む」
モンス「つまり、魔物血族者とアンデッドのおいしい部分を2つも持っている。こんな最高の獲物が同じギルドにいたなんてよ」
モット「僕一人のために、仲間を、エビ怪人を…」
モンス「ちなみにあのちっぽけなギルドに入っていたのは魔物血族者をバレないように捕まえて売る為だった」
モンス「ミッドカット当局公認の大手ギルドでは隠ぺい工作が面倒だからな」
モット「ゼムさんも出し抜いていたのか」
モンス「ゼムノスの奴は俺が7勇者の1人カムイの一族だと知ってわざわざ隠れ蓑を用意してくれたんだぜ」
モンス「お前がいなくなってから色々あってゼムノス団は解散したけどな。それから、新しいギルドと獲物を探していたらお前の情報が入ってきてな」
モンス「後はハイリパインの役人達から出資を受けてジャッジメン徒を結成したんだ」
モット「どうし上級役人を殺したのが僕だと分かった?」
モンス「依頼主のハイリパインが見せてくれた監視カメラに写っていたのは、お前と同じサークレットを付けた赤い衣のアンデッドだった」
モンス「それに、ギルドに入ったとき言ってただろ?呪いや死の魔法が効かない、耳栓無しでマンドラゴラをで引っこ抜けるってな」
モンス「たとえハズレだったとしても囚人討伐クエストの報酬も悪くなかったがな」
モット「それで僕をこんな姿に、モンスよくもー!」
モンス「おいおい、前のギルドのときさんざん足を引張っただろ。少しは役に立ってくれよ」
モンスとの戦いが始まった。モンスは大量のキノコホムンクルスをけしかけた。モットは闇の刃を纏った杖で薙ぎ払った。
モット「威力が上がっている!?」
モンス「そりゃお前が擬態に使っていた魔力が戻ってきたからな」
モンス「もういいホムンクルス共、この山を下りてジャッジメン徒以外を皆殺しにしろ!」
モット「これ以上僕のギルドメンバーをやらせるか!」
モンス「所で、お前の手下達は化け物のお前をギルドマスターとして受け入れられるかな?」
モット「何だと!これでも喰らえ!!」
モットは同級生を殺した時の様に殺意を込めながら泥の塊をモンスに飛ばして攻撃した。モンスは素早く身を躱したがモットは泥爆弾を発動させ周囲に肉食バクテリアをばらまいた。だが、それを浴びたはずのモンスは平気な顔をしている。
モンス「お前の泥団子はこの辺に植え付けた葉緑ダケが無効化してくれている」
モット「植物なら闇に弱い。ダークネスバン!」
モットは周囲のキノコを闇魔法で攻撃した。しかし、いくら倒してもモンスの言う葉緑ダケは生えてくる。次にモットは泥をつかんでモンスに直接触れようとした。
モンス「それも効かねえなあ!よく見ろ、今の俺の体は葉緑素でコーティングしてある。錬金術を舐めるなよ」
モット「だったら闇の刃で!」
モンス「聖ヒカリダケ栽培!!」
モンスは光輝くキノコを出現させた。そのキノコは闇魔法に反応して光を発した。モットはそのキノコの発した光を浴びて全身を焼かれるような痛みを受けた。
モット「うわぁ、熱い!」
モンス「日光には耐えられるが魔法で作った聖なる光は弱点か。次はコイツだ」
モンスはモットに向かって錬成した金属片を撃ち込んだ。モットの体は砕けたが直ぐに破片が集まって再生した。モットにはダメージを受けた様子が無く、痛みも感じていなかった。
モンス「物理攻撃はほぼ無効か」
モット「人を実験台みたいに使いやがって!!」
モンス「ヒール!」
モット「うっ何だ!?喰らった時だけ人間の感覚が戻った」
モンス「回復魔法を受けたアンデッドは通常ならダメージを受けるが、お前は一時的にアンデッド状態を解除して都合よく回復を受けられるみたいだ」
モンス「つまり、棘の術式!ヒール!」
モット「ぐはっ!!」
モンスは錬成した棘でモットの左肩を貫き、同時にそこへ回復魔法を使用した。モットは左肩から黒く染まった魔力を液体のように流しながら悶絶した。
モンス「こりゃ面白いぞ、回復魔法と物理を同時に使えばダメージが蓄積されるのか」
モット「人の体で遊びやがって!ロックポール!」
モンス「出すのが速くなったな、もう少しで埋まっちまうとこだった」
モット「(埋まる…そうか!)」
モット「ロックポール!泥爆弾!」
モットは土煙を立てると無数の石柱を出現させて、その中に隠れた。
モット「どうだ、僕がどの石柱の中にいるか分かるか?」
モンス「おいおい、そんな手が通用すると思っているのか?追い詰められて壁や岩の中にテレポートして動けなくなるバカと同じだな」
モンス「キノコ爆弾!!」
モンスは笑いながら石柱をすべて破壊した。モットはわざとダメージを受け、その場に倒れこんだ。
モンス「手間をかけさせやがって、えーっと、捕獲カプセルはと…」
モット「(今なら油断している)」
モットを捕獲しようとモンスが近づいてきた瞬間、モットは右手に持った金属片でモンスの腹部を切りつけた。
モンス「おわっと!!」
モット「今だ、死ねーっモンス!」
モットは左手で掴んでいた泥に殺意を込めてモンスに浴びせた。モットが切りつけたモンスの傷口は葉緑素のコーティングを失ったが、モンスは素早く両手で傷口を覆って肉食バクテリアを防いだ。
モンス「こっちが殺さないからってふざけたマネしやがって!」
怒ったモンスは聖水の瓶を取り出して付着した肉食バクテリアに振り撒いた。するとモットは苦痛に悶え始めた。モットが土から錬成したバクテリアに聖水を浴びせると激しく打ち消しあい本体のモットがダメージを受けるようだ。
モット「ああああっ!!」
モンス「葉緑素も塗り直した。念の為に葉緑ダケも最大に成長させておく。それとお前の闇魔法に反応して光を放つヒカリダケだ」
モンスは周囲のキノコを急成長させて、倒れたモットの捕獲に取り掛かった。しかし、モンスは倒れたエビ怪人に生えていたキノコの力が弱まったことに気づいていなかった。
エビ怪人「(大き…キノコがご主人様の力を…エビ)」
エビ怪人「れ、冷凍蟹光線エビ!!」
エビ怪人は最後の力で冷凍蟹光線を放ち、急成長した周囲のキノコを氷結させた。さらに光線が消える寸前でモンスの胴体を掠めた。何が起きたか分からないモンスはその場で混乱している。
モット「エビ怪人!?」
エビ怪人「ご主人様をお守りでき…よか…エビ」
モットは起き上がると体の氷を払うモンスに向かって直線状の闇魔法を発射した。闇魔法はモンスの傷口に命中してその体を貫いた。エビ怪人は残った片目でその様子を見届けると、爆発四散した。
モット「ありがとう、エビ怪人」
モンス「バカな、あいつのコアにあった戦闘データは…」
モット「エビ怪人を甘く見ていたなモンス」
モットはモンスの両腕に向け岩を放ち手枷のように封じ込めた。
モンス「計算違いだった、警官共を始末するのが早すぎた…」
モット「味方にそんなことをするなんて、どこまでクズだ」
モンス「お前が時々やっているバカな行動の方がよっぽどクズだぜ」
モット「ドジ踏んだり鳥語でしゃべったりするのはただの癖だ!」
モンス「ならば、俺に勝ったお前は一体、なんなんだ」
モット「僕は闇勇者、たとえ魔族の血を引いていようとも、偽りの命であったとしても勇者だ!」
モンス「ひゃーはははっ!!こいつは傑作だ。頭が壊れてやがる」
モット「貴様だけは許さない。じわじわと溶かしながら、トドメを刺してやる」
モンス「どう足掻こうとお前のギルドはおしまいだ。誰もお前みたいな化け物に…」
モンスはカルデラに向かって後ずさりして両腕を広げた。
モンス「独りぼっちは寂しいだろ?道ずれにしてやるよ!」
モンスは呪文を叫びながら後ろに倒れて飛び降りた。犬死山のカルデラの底には巨大な魔法陣によって火山活動が封印されている。飛び降りたモンスによる魔法の爆発で犬死山は大爆発を起こした。
モット「うわあああああああぁ!」
恐れていた最悪の事態が起きた。ギルドの仲間の無事を祈る間もなくモットは爆炎の中に消えていった。