穢さないで
読んで戴けたら嬉しいです。
揺れるカーテンを背にエディーは怒りの感情に任せて机を両手の拳で打ち付けた。
その拍子に呼吸が苦しくなり始める。
エディーは咳き込みながら、いつも吸入器をしまっている机の引き出しを開けて探すが、いくら引っ掻き回しても吸入器は見付からなかった。
部屋を見回すが、吸入器を何処に置いたか咄嗟に思い出せない。
エディーは焦りながら、必死に吸入器を置いた場所を思いだそうとするが、次第に苦しくなり、咳も酷くなって行く。
必死に空気を吸い込もうとするのに、収縮した気管は喉に目の細かいフィルターでも引っ掛かっているように上手く行かない。
耳鳴りまで聞こえ、意識が朦朧として立っているのもままならない。
エディーは胸に手を当て、その場に膝をついた。
息をしようともがくが、ぜえぜえと喉が鳴り、激しく咳き込み床に手をつく。
必死に呼吸をしようと抗うが、意識が遠退いて行き、エディーはとうとう頭を床に付け蹲った。
『誰か.....助け...........て...........』
その言葉は声になっていなかった。
『報いだ...............グリ......ごめ.........』
エディーの身体は横に崩れ、やがて覆うように暗闇がエディーの意識を飲み込んで行った。
どれくらい経っただろう、静寂が何処までも広がる様に静まり返る部屋で、エディーの意識は闇に飲み込まれたきり、倒れ身動きひとつしない。
ノブがゆっくりと回されそっとドアが開く。
人影が近付き、意識の無いエディーを優しく抱き起こした。
人影はグリーンだった。
グリーンはエディーの部屋で弾けた後、菩提樹に戻り再びひと形になるだけの気力を回復する必要があった。
グリーンには、事実を話せばエディーが怒りに駆られて拒絶することは解っていた。
事実を知らせずに、エディーの喘息を吸収するつもりでいたが、それはエディーに頑固に拒絶され徒労に終わる。
エディーを案じながらグリーンは間に合って欲しいと祈りはやる気持ちを抑えひたすらじっと待った。
確信を得てグリーンは菩提樹から飛び出し、風になって玄関から飛び込み階段を駆け上がりエディーの部屋の前で実体化したのだ。
抱き起こされたエディーは眉間に皺を寄せ、まるで刻印された様に苦痛の表情が貼り付いている。
その頬に手を添えグリーンはぐったりしたエディーに口付けた。
間に合って欲しいと祈りながら。
しばらくそうしているとピクリとエディーの指が痙攣する。
グリーンが口唇を離すとエディーは勢い良く息を吸い込み咳き込んだ。
「良かった.........間に合って..........」
グリーンは安堵の笑みを溢す。
咳が治まってもエディーは顔を背けたままグリーンを見る事ができなかった。
グリーンは心配そうに言った。
「エディー、怒ってるの.....? 」
エディーはグリーンの腕の中で顔を背けたまま眉をしかめた。
「ごめんなさい、僕は君の意思を無視した」
「そうじゃない........」
エディーはグリーンを振り返り、真剣な目でグリーンの目を見詰め言った。
「そうじゃない
ボクは愚かだった
感情に囚われてキミの忠告を聞かなかった」
グリーンはエディーを強く抱きしめる。
エディーはグリーンの身体にしがみついた。
「グリーン、ごめんね」
グリーンは目を閉じ、エディーの温もりに安らぐ。
身体を離すとグリーンは話し始めた。
「『ミラクルアーシティズン《奇跡の人民》』の居住区に移り住んだ後の君はもう、僕が知ってる優しいエディーじゃなくなるんだ
洗脳を施され感情を抑制された君は、集団自殺の時になかなか薬を飲もうとしないジェシーに手を掛けるロバートを無表情で見ていられるほど冷酷な心の持ち主になってしまうんだ
あんなに感情を高ぶらせて怒った君を見て、淋しかったけど嬉しかった
僕が知ってるエディーの予想通りの反応だったから....」
エディーは優しくグリーンを見詰める。
グリーンは続けた。
「僕は凄く焦っていた
僕が最も恐れる苦しみ、それはエディーを永遠に失うこと.......」
「ボクを永遠に失う? 」
「宗教は生命に絶大な影響力を持っている
ミラクルアーシティズンと云う狂った宗教に心を染めると云う事は恐ろしいほどの穢れを君の生命に積もらせ、深い罪を刻み込む
死の中でも最も罪深い自殺と云う死を迎えた君は、自分の死を受け入れられず一世紀以上の時を孤独で冷たい闇の地上を苦しみ喘ぎながら漂い続け、やがて風化し無へと帰する事になる..............」
グリーンはエディーの胸に額を押し付ける。
「僕にはできないよ!
そんな行く末を確認し続ける為に知り続けるなんて、僕にはとても耐えられない」
エディーは囁くように言った。
「ごめんね
人間の悪い癖だね、目にしたものでなければ信じられない
信じたくないんだ...........
でも信じるよ、グリーンの言葉だから
酷いこと言ってキミを傷付けた事、許してくれる? 」
グリーンは黙ったままエディーの胸にしがみついていた。
「グリーン.....? 」
グリーンは呟くように言った。
「ダメ........
許さない.........
もう一度キスしてくれるのでなければ......」
グリーンが顔を上げるとエディーは困ったような顔をして頬を赤く染めていた。
グリーンは瞳を震わせて言った。
「特別なキスをして........
永遠に君を忘れないように.........
君を僕の生命に刻み付けるから......」
エディーは目を伏せ言った。
「白状するよ、ボクは酷い嘘つきなんだ
ずっとキミにキスしたかった
ずっとキミに惹かれて.........」
グリーンがエディーの口唇に指を当て、エディーの言葉を遮った。
「君たちの世界では本来僕は存在しないんだ
だから、ここで交わされたキスは君の幻影でしかないんだよ」
「都合のいい、言い訳だね」
エディーは笑った。
グリーンはエディーの頬に手をあてそっとエディーの口唇に口付け目を閉じた。
二人はいつまでも互いの背中に手を這わせて、口唇を重ね合わせた。
『きっと、深く深く刻み込むから...........
エディー............』
「ここは何? 」
優しい日光が降り注ぎ、目が覚めるような緑の芝生の処々に色とりどりの小さな花が咲き乱れ、遠くには小高い丘に木々が枝を伸ばしている。
花だと思っていた花びらたちが飛び立ち、それが小さな妖精だと気付く。
「エディーの精神世界だよ......」
二人は歩くこと無く宙を漂っていた。
「とても綺麗だ.........」
エディーは眩しそうに目を細める。
「ねえ、グリーン
以前からずっと考えていたんだ」
グリーンとエディーはてを繋ぎ飛び交う妖精たちと戯れるように飛び回っていた。
「何を.......? 」
「いつか童話作家になったら、キミの事を書くんだ」
グリーンは微笑んだ。
「有り難う、凄く嬉しい........
その日が来るのを楽しみに待ってるよ
僕も希望を持っているんだ
何世紀先になるか解らないけど、いつかきっと人間に生まれ変わって今度は人間として君に巡り逢うんだ」
グリーンは繋いでいるエディーの手にもうひとつの手を添えた。
「だから君も約束して
必ず人間として生まれ変われる様に心........
生命を穢さないって..........」
エディーの手からグリーンの手がすり抜けて行く。
「待って、グリーン!
手を離さないで! 」
「エディー、約束だよ...........」
「グリーン!! 」
エディーはベッドから飛び起きた。
ドアがノックされる。
「おはよう、エディー
入るけど、いい? 」
声はジェシカだった。
「どうぞ」
エディーは軽く伸びをして、首を振ったり肩を回したりした。
ドアが開くと同時にジェシカは言った。
「なーに、大声だして?
それより夕べ、アンに偶然逢って、ジーニーがエディーに卒業パーティー誘ってくれるの待ってるんですってよ」
「ワオッ!
それ、本当!?
イエス!! 」
エディーは拳を引いた。
ジェシカは不思議そうに言った。
「処でさっきのグリーンってなんなの? 」
エディーはきょとんとした。
「グリーン? 」
一陣の風がカーテンをはためかせ菩提樹が枝を揺らした。
その時、エディーは誰かの声を聞いた気がして振り返った。
『エディー..........
約束だよ、生命を穢さないで.........』
fin
読んで戴き有り難うございました。
沢山の方に応援戴き、こんなにもいい人に囲まれ倖せな想いに浸りながら連載させて戴きました。
活動報告のコメントでぼやいたら、沢山の方が激励の感想下さったり、メッセージ戴いたり、本当に思い出深い連載になりました。
応援下さった皆様有り難うございます。m(_ _)m
また私の拙い作品を読みに来て下さった皆様、有り難うございました。
m(_ _)m